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1ー6:箱庭の中を見て回ろう(後半)

冒頭、◆◇◆◇の段まで汚い話注意です。

シモの話題が不快に思われる方はどうか飛ばしてください。

ベッドの上で目が覚めた。どうやら私はサロンで寝落ちしたらしい。

意識の浮上と一緒にやってきたのは猛烈な尿意だった。


「おふぉぅッ……!」


がばっと起きて思わず両手で股間部を抑える。

身体は3歳なのでオムツをしているため安心といえば安心なのだが、というか満足に動けるようになるまで普通にオムツで用を足してきたのだが。

今をきらめく美幼女リリスの中身はアラサー喪女な訳で、お漏らしはアラサーの沽券に関わる。

股間が危険で沽券がアカン。


暗い室内からドアをプシューっとさせて通路へ出る。薄明りのホールは無人だ。毎日出迎えてくれたロボットもいない。

そして私、今更気づいた。トイレどこだか教えてもらってない。大ピンチ。万事休す。


自分の喉元から溢れる「へぇえ~い」などという情けない吐息。ぎゅぎゅっと体が痛くなる。ヤバイ。これジョンジョロくるわ。放尿待ったなしだわ。

いやいや嫌だってマジ勘弁して。

焦って掻いた汗が目に入る。染みて思わず声を漏らす。

「おトイレどこですかぁ~!」


ぽぉん、と円いホールの一角が音を鳴らす。四角く空いた壁には見慣れたピクトサイン。丸の下に三角のやつ。を、明確に認識するより先にそこへ飛び込んだ。前開きの病衣みたいなパジャマの足元だけ脱いでオムツを豪快に外す。

うおお愛しの洋式便器ちゃん!便座あったか洋式便器ちゃん!

次のシーンは多分水が流れる音と綺麗な花束の様式美だろう。心の底からスッキリした表情でふぅってな私が現れる。

ところがどっこい、未来は例のジョンジョロ(きれいな薔薇のイラスト)を終えた後からがとんでもなかった。



  ああ~っ!!

  形状しがたきフワッフワが!?

  いたいけなデリケートゾーンをホワッホワっとぉぉ!?!



私のちいちゃな自尊心のために。めちゃくちゃ爽やか~になった。とだけ述べておこう。

前世で二千何十年かに来るとか言われてたシンギュラリティの向こう側にあるハイテクノロジー(?)もうスッゴイ。


用が済んだ後、真っ白な壁に向かって。

「場所わかんないから印つけといて!」

この憤怒からくる叫びは八つ当たりや逆じゃなく正当なキレだと思うの!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



今日も無事に夜が明ける。

室内の一角には蛍光に光る施設内地図が掲示されていた。

昨夜を思い出して恥じらいに頬を染めてみちゃったりするが、お陰で訪れた経験のある場所が分かる。


私はゲーム内で提示されていた情報とゲームでは知り得なかった位置関係を照らし合わせた。

『箱庭』は全部で4層からなる、底面が広く上面が狭い、よくあるタイプのウエディングケーキを横に伸ばしたみたいな形状の地下施設だ。

最下層は全て田園となっており、3層目は1/ずつ4ジム付き演習場とセキュリティルームが、残りの半分を図書館が占める。

2層目は1/3が図書館で(つまり図書館は昨日見た通りの2階建てだ)、2層目の余り1/3ずつに食堂とサロンが割り振られている。


最上部はそれでも地上よりたっぷり5メートルは低く、天井や壁と地表の間には防音や断熱その他諸々、厳重な外部との遮断処理を施して、その下がようやくヒトの居住区画となっている。

アダム候補とイヴとリリスが過ごせる各々の個室、トイレ、どこぞのスパか大浴場のようなバスルーム。

部屋を外側にした円い通路の中央にはイベント事に使えそうなホールが配置されており、ゲームでは実際に限定イベントの会場にもなっていた。


案内図を眺める。

ゲーム上のセキュリティルームはトゥーブとヴァーラの背景であるという以外の意味はなかった。田園に至ってはチュートリアルで『箱庭』内だけで完結できる衣食住についての説明に上ったきり。

プレイヤーは内部を自由に探索する事もなく、ただ『どこへ行こう?』と提示された選択肢をタップするだけだった。

元が女性向け恋愛シミュレーションとカードバトル型RPGを組み合わせたスマホゲームだから当然といえばそうかもしれないが。


雲間から差し込む朝焼けに似た照明を浴びながら、私は軽く背伸びをする。

この体は『リリス』で、彼女はホムンクルス。ゲームの情報を信じるなら、ホムンクルスである彼女はアニマを得られない限り18歳で生涯を閉じる。

アニマは成熟した男体が分泌するもので、『ファウンド・エデン』の世界に男性はアダム候補しかいない。

10名のアダム候補のうち晴れて成熟――アダムとなれるのは、唯一の女性『イヴ』と結ばれるただ1人。


ゲーム本編における『リリス』は外見こそナイスバディな美少女ちゃんだが、製造責任者たるトゥーブとヴァーラが処分を検討するくらい失敗なので、彼女は自らのアダムを選んで結ばれる事も、イヴから想い人を横取りする事も、引いてはアニマを得る事も叶わない。

つまりは私の寿命は18歳で決定している訳で、こうなってしまっている以上は各方面の諸事情などに深く立ち入るつもりはない。

ならば、私ができる事は、目的は、1つ。


ゲームの世界観をタイムリミットまで精一杯に堪能してやるぅ!!!


ハンナが来る前に3歳くらいの短い手足で立ち上がる。通路へ出て、まず向かう先はトイレ。昨晩の痴態で身に染みた。幼児のトイレは近いのだ。便意を催したらもう限界なのだ。余裕をもって行かねばならぬ。

使用者に合わせて自動で位置を調節してくれる洗面台で手洗いうがいを済ませれば、最終目的地は食堂。


おはよう(たのもう)!」

プシューっと勝手に開くドアを待って、私は威勢よく挨拶をかます。

鼻息荒く気分はすっかり戦闘準備万端で殴り込みをかける道場破り。


24の瞳が一斉にこちらを向く。

あれ、2人足りない。ええと、ドミニクと……


「おはようございます。フレンド・リリス」

目の前の12人じゃなく背後から声を掛けられて、喉から心臓が飛び出ちゃうくらい驚いた。


「フォドゥッ!?」

「はい、なんでしょうか」

吃驚しすぎて思わず噴出した言語化不可能な音に律儀なハンナが応じる。やめて。恥かしいからやめて。


「ハンナ」

「はい」

「……見てた?」

「はい、フレンド・リリス。私は、あなたの様子を見守っておりました」


なるほどー。その気持ち、わかるー。『リリス』はまだ重心高い系ちびっこだもんねー。

わかるけど脅かすのはなしでしょー。やめてー。トイレ行ってなかったらちびるところだったでしょー。


被害妄想的にグヌヌる私の元へと、トニイさんが静かに、しかし足音を立てながら近づいてきた。どうやら気配なく現れられるとビビる矮小なこの性質に配慮してくれたらしい。

他の人達は私に微笑を投げかけたりウインクしたり、手をひらひらさせてから関心を食事や雑談に戻す。

ここ2日くらい過ごしてきて、つくづくみんなの対応能力が高すぎると思う。


「良く眠れましたか。フレンド・リリス」

「うん。昨日は途中で寝ちゃってごめんなさい」

「支障ありません。こちらこそ、無理をさせてしまい、申し訳なく存じます」


深々と謝罪をされ、私は慌ててかぶりを振った。


「ううん、大丈夫。よかったら、今日もよろしくね」

「はい。畏まりました。

 ハンナ。フレンド・リリスに席の案内を」


トニイさんはそう言って、一旦壁際に踵を返した。他のロボットを呼ぶ時に名前の頭に『R』を付けないのは、もしかして私に倣っているのかな。

ハンナと連れだって空いている場所へ行くと、トニイさんが椅子を1脚脇へ寄せる。

広がったスペースに置かれたのは子供用の椅子。食堂のテーブルはサロンと違って位置が高いのだ。

もし私が大人用の椅子に座れば天板の側面と鼻っ柱の位置がちょうどぴったりくらいだろう。


トニイさんは流れるように自然な動作で私を両脇から持ち上げて、席に着かせてくれる。きっちりと会釈をして自席へと去るトニイさん(彼には“出来る執事”の称号を贈りたい!)を見送り、テーブルに置いてあるメニューを見る。

おお。レストランにありそうなメニュー帳、3歳児には重い。横からハンナが支えてくれる。


「どうぞ。フレンド・リリス」

「ありがとう、ハンナ」

「ええ。ごゆっくり」


慈母かと見紛うばかりの柔和な表情と笑みを交わす。ページを捲ると和洋中の多種多様な料理の数々が写真付きで載っていて、写真に触れると食材などの図解まで示される。

なんてことだ。ドリンク欄にメロンフロートがある。あのレシピを公開しない会社のコーラまで。

ああっ、オムライスのケチャップは模様や文字が指定できるだって! これは幼心(おさなごころ)を鷲掴まれずにはいられないぞ!!


いいの!? 前世も含めた人生初もえもえキュンしちゃってもいいの!?

「おかわりもいいですよ」

それはなんか前にネットで見た怖い記憶が蘇りそうだからやめとく!


ハンナに促され、料理の文字を2回タップして、出てきた確認ボタンをタップ。

食堂っていうか、レストラン? こんな雰囲気なんだ。わくわくしちゃう。

昔、町の図書館で時間を潰していた頃の記憶がふと蘇る。確か小学生高学年の頃だ。片親が鍵を掛けて出かけてしまい、家に帰れなくなってしまって。

『よくある』と『時々ある』の間くらいの頻度で締め出されたから、早いうちに慣れた。


児童書はちょっと現実逃避にしても辛かったので、エッセイとか気軽な心理学とか、そういうのばかり読み流していた。

ほとんど覚えていないけれど、そんな中でもインナーチャイルドとかいうのが心に残った。曰く、多くの人には心の内側に傷ついた子供を抱えていて、その子供を甘やかして育てなおして、自身の問題を解決しちゃおう的な内容だった。

当時の私にはよく納得できなかった。実践しようと試してみたけど、死ぬまで実感が湧かなかった。


けれども、今では私が3歳児。インナーでなくガワがチャイルド。

みんな『私』が正真正銘の『3歳』の『リリス』だと信じて疑わない。これを利用しない手はないよね。

勿論悪事は働かないよ。絶対後悔するもん。でも子供として存分に愛でてもらったってバチは当たるまい。


然して外見も愛想もよろしくなかった前世の私が狼狽えてても救いの手を差し伸べてくれる他人はいなかった。

ところが今はどうだろう。周囲はヒトに尽くす事を至上としている親切なロボッツで構成されている上、こっちは顔面偏差値超絶高々のあどけないリリスちゃんだ。

誰に憚る事なく善良な大人達の庇護欲を大いに掻き立てながら伸び伸びと生活できちゃうのだ。へへへ。


ふと得も言われぬ好い匂いが鼻孔を擽る。私の目の前にすっと配膳されたのは、決して手の届かない越えられないガラス窓の向こう側にあった『おこさまセット』だ!

輝くチキンライスに刺さった旗はどこの国だかトリコロール。くるんと巻かれたナポリタン。小さな目玉焼きの乗ったハンバーグ。尻尾付きのエビフライ。脇に添えられたプチトマトときゅうり。

そ、そ、それから、プリン! これぜったいプッチンじゃなくて蒸したやつ! テレビでしか見たことないやつ……!

持ってきてくれたセーラへのお礼が疎かになっちゃいそうで、イカンとばかりに見上げれば、めちゃめちゃ微笑ましい顔が輝いていた。


「あなたが神か」

「違います」

「知ってる! でもありがとう!」


ハンナの頼んだクロワッサンとカプチーノを運んできたのはドミニクだ。

サロンの時とは違う引き出しのない簡素なワゴンから、他にもチーズクリームを掛けた野菜サンドパンケーキの皿と、スクランブルエッグとカリカリベーコンと平べったい食パンを盛った皿がテーブルに彩りを添える。


「同席しても?」

「どうぞ」

セーラに答えると、ドミニクも一緒のテーブルにつく。パンケーキがドミニクで、ベーコンがセーラだ。


確か、アメリケーンな食事を好んでたアダム候補がいたなーなんて思い出す。

限定イベントの『イースターのヒミツを追え!』や『大乱走・七面鳥兄弟(ターキーブラザーズ)!』で入手できる奴のカードには、ミートパイだのベーコンケーキだのがテーブルいっぱいに並んでたっけ。

きっと、そういった料理だって2人が頑張って作ったんだろう。


「いただきまーす」

「はい、お召し上がりくださいませ」

ドミニクがカラッと笑んで、みんなで手を合わせる。


それにしても色々混じり合ってもいい匂いとは、おこさまセット超美味しいのに尚も腹が減りよる。

エビフライが衣サクッ中身ぷりっ。ドミニクのチーズソースいいなあ……。

あーん、ナポリタンの麺同士をくっ付けるケチャップ具合が最っ高。ハンナのカプチーノったら濃厚で苦甘そうな雰囲気素敵やん……。

おおおう、このチキンライスと目玉焼きとハンバーグの完璧なハーモニーよ。なにぃ!? そ、そんな! クロワッサンの中にチョコだとぉ!


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

私と同じタイミングでハンナが食事を終える。紙ナプキンで口を拭うと盛大にオレンジ色だ。大人になってからじゃここまで汚れないんだよなあ。


「ねえ、私も手伝っていい?」


椅子から腰をあげると同時にごく自然な動作で片付けを始めた2人に声をかける。


「おや、フレンド・リリス。それではカトラリーの回収を頼みます」


返事をくれたのはドミニクだ。セーラも微笑みを浮かべて頷いてる。

ドミニクは私が学費をもらいに行った時の父親くらいの年齢で、変に身構えずに済むから好き。

初老っぽいトニイさんと、存分に慣れたハンナと、ドミニク以外は実は少しだけ、ほんのちょっとだけ、身体が強張らないように努力しないといけない。

みんないい人だって分かってるのに、前世の記憶って難儀なものだ。


他のみんなが三々五々と職場へ向かった後の食堂で、私はハンナを巻き添えにテーブルなんかを拭いちゃう。

職業体験だこれ! お子さまだから張り切っちゃうもんね。こういう大人の階段登ってる感、お子さまって大好きだと思うんです。

いや実を申さば何ていうか、手持ちぶさたと申しますか、多少親しい知人の前でボーッとするのに罪悪感があると申しますか……。


布巾を折り変えて机の角を綺麗にしていると、背後の、少し遠くの方から、低くて落ち着きのある声をかけられた。トニイさんだ。

身体ごと振り返ると、初老の執事は私に向かって恭しく頭を下げた。再び現れた顔はどことなく、困惑の表情を浮かべている。


「フレンド・リリス。本日の目的地ですが……」


おや、なんだか歯切れも悪い。


「うん。一番下の田園に連れて行ってくれるんでしょう?」


そう聞くと、トニイさんはゆるゆると(かぶり)を振った。

残念そうな、だけど嬉しそうな、相反する感情を浮かべて、私と、いつの間にか私の斜め後ろに立つハンナに言い聞かせる口調で続ける。


「私には新たな職務が与えられました」

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