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1ー5:箱庭の中を見て回ろう(中盤)

仕事があるというドミニクとセーラから離れて調理場と食堂を後にすると、次の向かったのは学習室。

中央が吹き抜けの二階で、二階部分が出入口と、壁際が本棚。一階はテーブル席と機器類。

高い天井には見知った絵画が大写しになっていて、段々と模様が変わっていく仕組みらしい。部屋というより、ネットで見たどこかの大学の図書館みたい。


ナタリーとジャンダーが私の手を引き、辺りをキョロキョロ見上げて転びそうになれば抱え上げ、調理室の時と同じようにあちらへこちらへと目まぐるしく案内を始める。

通路の壁際いっぱいに設置された大きな本棚に陳列された大量の書籍。コード付きヘルメットの学習装置。AR映像(?)のプロジェクター(?)にもなるというタブレットっぽいもの。

情報管理・研究室のサーバーと連動しているというタブレットは項目を選ぶと立体映像が再生されるし(しかも映像の物体を触るような動作をするとそこだけ回転したり拡大縮小できちゃう)、ヘルメットを被るとVRっぽい空間に放り込まれて、空間内で見聞きした内容も脳内に刻まれる感じになる。


文字通り世紀を超えたハイテクメカをどうにか覚えようという空しい努力の末に3D酔いを起こしたところで、ドクターストップならぬハンナストップがかかって学習室は終了。

じょ、情報の洪水……。

自室へ戻る事を強く提案するハンナを宥めすかして説得し、案内の続行を要求する私の目の前にトニイさんが表れた。


「フレンド・リリス。では、サロンに参りましょう」



前世の知識ではサロンといったらヘアサロンしかない発想が貧弱な私は瞬きも忘れて見蕩れてしまった。

両開きのドアを開けると、まず足元がふかっとして、目に飛び込んだのは複雑な模様の絨毯。

次いで認識したのは1人掛けや2人掛けのソファに囲まれた円形のテーブル。モノトーンの壁には様々な風景画が、席と席の間にはバロック調とでもいうのだろうか、瀟洒な調度品が適度に配置され、天井にはシャンデリアからランプやランタンまで、実に多種多様な照明の数々。


色彩の暴力であろう空間はしかし、不思議と調和が取れていた。


エスコートされるままについていくとトニイさんは近くの椅子を引いてくれ、私は半ば惚けたように腰かける。

肘掛けの位置が高くて、適度な反発力を持つ背凭れに体重を預ければ、頭まで沈んじゃいそう。

と、後方、ドアの辺りから、何か良い匂いが漂ってくる。腕に頬を乗せて覗くと、居たのはドミニクとセーラだ。

何かカートのようなものを引いて、私の所まで笑顔でやって来る。


「疲れましたか、フレンド・リリス」

ポットとカップのセットを用意して、セーラが紅茶を淹れてくれる。

「少し休憩にしましょう」

ドミニクが小粒の赤い宝石を積んだみたいなミニタルトをテーブルに置いてくれる。


「わぁ……」


思わず嘆息が出てしまう。

宝庫の中で、美術品のような……おやつ。

いや、違うか? スイーツ……アフターヌーンティー?

うわっ……私の語彙力、低すぎ……?


気を取り直して周りを見回すと、実に使用人よろしく遠巻きにしながら私を取り囲む、14人の直立した男女。

にこやかとはいえこの事態は非常に気まずい。

決して、決して醜態的な意味ではなく。1人だけ寛いじゃってるって「あっ、なんか、いいんですか? だ、大丈夫ですか? 私も立ってた方が? 立ちましょうか?」的な、あの、その、こう、小市民的な感性がですね。

というか独り立ち後のぼっち飯が一番リラックスできた前世持ちとしては、ハンナ1人でも感覚を“今”に切り替えないとおいしさが存分に楽しめないのに、多分味しないぞこんなんじゃ。


「フレンド・リリス、いかがなさいましたか」


うん、察してた。みんなはお世話ロボだから、私と同じ立場じゃない。ヒトに仕える存在で、だから、私の命令を待っている。

下がれ、と言えば部屋を出ていくだろうし、控えていろ、と言えば今のまま彫刻みたいに直立不動で射続けるだろう。


前世の私なら独りがよかった。豪華絢爛なサロンじゃなくて、もっと狭くて薄暗い隅っこで。

でも今はリリスだ。リリスは、ゲームのお邪魔虫ビッチな彼女は、我儘で根性曲がりの構ってちゃん。

3歳くらいのさみしんぼ幼女ならどうするだろう。ううん、もう自分でも分かってる。


「私一人じゃさみしいから、みんなも席についてほしい」


その途端、二人の調理係はカートから洋菓子と紅茶をどんどん出してテーブルにすいすい置いていく。

次から次へ、手品みたいに14セット。人数分って壮観だ。

私のテーブルは一人掛けのソファが四つで、右隣にはジャンダーが座ってる。こ、こやつ、いつの間に。

思い返せば初対面からそんな感じだった。ジャンダーはちゃっかりな子。リリス覚えた。

左隣にハンナ、正面にトニイさん。他の席は職務ごと、農業組は男女別。


「ドミニク、セーラ、ありがとう。いただきます」


おやつの時間の開始と同時に雑談も始まる。

ロボット同士の会話に興味がわいて聞き耳を立ててみたけど、なんていうか、普通だ。

作物について、料理について、季節ごとの模様替えについて。また、時折誰かが冗談を飛ばし、反応は律儀という訳でなく本当に楽しそうに笑う。


ミニタルトはナイフでさっくり割れる。ベリー系の甘酸っぱい匂い、バターの香り。

一口大をフォークで刺して口に入れる。ぎゅっと詰まった甘み、後からチーズの濃厚な酸味。


「むふふ、おいひい」


私の独り言を聞いて、セーラがにんまりする。ドミニクがセーラを見て、私の反応を知って、こちらに向けて親指を立てた。

タルトを食べて、ガイノイドさんの半数はとても女子力の高そうなリアクション。

何人かは紅茶じゃなくてコーヒーを飲んでるらしい。メイドのナタリーは眼鏡をかけて本を読んでる。


思い思いのくつろぎ方に、私は“過去”を幻視する。

『箱庭』に残った最後の人々。子孫が作れなくて100年以上も昔に死に絶えてしまった人々。

彼らもこんな風に暮らしてたのかな。


「ねえ、トニイさん」

ぽつりと声を出していた。

「はい、フレンド・リリス」


「私の他にヒトはいないの?」

「現在活動しておられるヒトは、貴女様ただ御1人です」


嘘をついてはいないけど、教えるつもりもないらしい。

けど、私が居て、トゥーブとヴァーラが居た。

ゲームの背景画として描かれていた食堂に特徴的な学習室とサロンもあった。……画面上はキャラクターを邪魔しない程度に簡素化されていたものが、現物はこんなにも迫力があって、大きくて、繊細で、素敵だなんて思いもよらなかったけど。


多分もう確定だ。私は“あの”リリスで、10人のアダム候補はこれから現れる。

あと十何年か経ったら『イヴ』も。


トニイさんもハンナも察知する能力は高いと思う。私のまだまだ低い体力を慮って色々してくれる。

他のみんなも、私がこれから『箱庭』の中でどう過ごせば良いのか、色んな事を教えて道を示してくれる。

私が発した質問に関してだけは、聞かれた事に対する答えだけが提示されてきた。けれど、意外と居心地は良い。

余計な装飾を付け加えて3歳の子供を混乱させないための気遣いだって分かったから。


「今みたいに楽しいのが、いいな。

 私だけじゃなくて、みんな思い思いに活動してるのが」


前世で読んだ小説には、ロボットにも感情があると書いてあった。

それが書かれた頃から200年以上経った後の世で、きっと、『箱庭』の人が望んだんだろう。

プログラムであれ、何であれ。彼らがヒトのように喜怒哀楽を持って立ち振る舞う事を。


ゲーム画面を通じて見ていた『ファウンド・エデン』を思い出す。

お世話係のロボットは表舞台にほぼ出てこない。

脚本上の必要に迫られて登場したのは、無個性で無表情で、外見だけを取り繕った、人間らしさの欠片もない機械。


ここにいる14人の個性豊かな面々を眺める。

ゲームの本編に向かう時間は止まってくれない。いつか彼らはゲームと同じ『設定』になる日がくるのだろうか。もしかしたらこんな日なんてこなくて、あんな風にはならないかも知れない。


私の発言がどんな影響を持つのかも分からない。

でも私はみんなが今のままでいるのがいい。私や他のヒトの命令に従うためだけに機能していて欲しくはない。

みんなが私を大事にしてくれてるのはとても有難い。けれどそれぞれ別個の仕事があって、趣味もあって、笑ったり口を尖らせたりしてて。その大きな輪の中に私も時々いるのがいい。


我が儘な願いを込めて、私は3歳の子供を見守る人々を見上げる。


「承りました。フレンド・リリス」

トニイさん。ハンナ。ジャンダー。三人は賑やかな空間で、実に楽しげに笑った。

施設内の案内が予想以上に伸びました

次回で終わる予定です


読者様からの反応がゼロ

ちょっと寂しいです

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