1ー4:箱庭の中を見て回ろう(前半)
注意!
リリスの中の人は性根が捩くれてます
室内が徐々に明るくなる。
私は自然と目を覚ます。
瞼を開けると、いつも通り、ドアの反対側の壁が一面に、朝みたいなグラデーションの光を放っていた。
上半身を起こして、短い手足で伸びをする。
爽やかだけど眩しい。カーテンが欲しいなあ。
ゲーム中ではイヴやアダム候補に各々の個室が設けられてて、家具や装飾なんかでそれぞれ特色が出てたから、私もそういうのを飾るのは可能なはず。
今度トニイさんに頼んでみよう。トニイさんならきいてくれるはず。なんたって執事っぽいし。上の立場っぽいし。
などと考え事をしていると、ハンナが湯の入った小さなタライとタオル等を持って現れた。
「おはようございます。フレンド・リリス」
「おはようございます、ハンナ」
何となく敬語になってしまう。物を訊いたり話したりする時はそんな事ないのに。
きっとハンナがとっても丁寧だから、こちらも合わせちゃうんだろう。
バンザイして服を脱ぎ、全身を拭いてもらう。
正確なところはトゥーブかヴァーラに教えてもらわないと分からないけど、リリスの外見は3才くらい。幼子だから真っ裸も平気だ。
清拭が終わったら着替え。昨日は病衣っぽい服のままだったけど、ハンナから手渡される今日の服は半袖つきのワンピース。
ハイソックスを履いたら一旦終わり。
ベッドに腰かけると近くの壁から簡易机がにゅっと出てくる。朝食を、これもまたハンナが持ってきてくれた。もう流動食じゃなくて、普通のご飯。
柔らかいパンと細かく刻んだ野菜のスープ、お菓子みたいな味がするカルシウムか何かのタブレット。
「ありがとう、ハンナ。いただきます」
「はい。ごゆっくり、お召し上がりくださいませ」
昨日、ご飯を作ってる人を知った。正しくはロボだけど。みんな好い人達だった。
だから、きちんと味を確かめながら残さず食べる。全部おいしい。
……本当は昔の癖でがっつきそうになったけど、一口目で噎せそうになってやめたのは黙っておこう。
遅いからって怒ったり取り上げる奴はどこにもいないし、急ぎの用もないんだ。自分にそういい聞かせる。
「ごちそうさまでした」
「お口に合いましたようで、何よりです」
ハンナにワンピースの腰部分へとベルトを通してもらい、床に揃えられた臙脂色の靴を履く。
「用意は終わりました、フレンド・リリス。行かれますか」
「うん、行こう」
私が頷くと、ハンナは手を繋いでくれる。
心の内でリラックスを図る。ドアが開きまーす。プシュー。
13人のお出迎えに、またもや圧倒される。
前世では物心ついた頃からずっと親戚どころか御近所さんともろくに付き合いがなくて、こんな大勢に囲まれた事なんてなかったな。
「おはようございます、フレンド・リリス」
「おはようございます、みんな」
でも、今日の私はびびらない。彼らが変な思惑を持っていなく、心から好意的って信じられるから。多分、ロボットって概念が示す絶対の説得力だろう。
『ファウンド・エデン』はインストール直後にスペシャルガチャチケットが1枚もらえて、『アダム候補』のうち初期メンと呼ばれる5人のSRカードのどれかが当たる。
ゲームのチュートリアルは、そのゲットしたキャラによる『箱庭』の案内という形で進行する。人と同じ外見でありながら表情の乏しいアンドロイド&ガイノイドを見て怯えるイヴに「お世話係達はロボット工学三原則が設定されている」と教えてたっけ。
うーん。表情、あるよなあ。
控えめだけど、みんな笑顔。嬉しいですってヒシヒシ伝わってくる。
このゲームとの違い、どうしてだろう。
でも訊くわけにいかないしなあ。
「私は生まれ変わりで、この世界がゲームだった世界から来ました。
ゲームの中で皆さんは無表情でしたが、今はなぜそうではないのですか?」って。
無理だよねえ。そんなの急に言い出したら私おかしい子じゃん。
最悪14人のお世話係に変な奴だって思われてもまだ救いはある。最悪なのはトゥーブとヴァーラにバレる事だ。何でかって、2人は作中で第零法則が設定されてる唯一(唯二?)のロボット。人類のためって大義名分が成り立つから、失敗のリリスを処分しようって判断ができたんだ。実行しなかっただけで。
ハンナは私の懸念をみんなで共有するって言った。将来も含めた知り得ない情報を持ってるなんて自分から明かしたら、『箱庭』運営総合管理責任者――つまりトップの2人には確実に知られる。
せっかく生まれたこの世界、満喫する前に解剖なんてされたくない。
だからゲームで得た知識は隠しておくに限る、と、ウェルカムモード全開のみんなを前に、私は場違いじみて後ろ暗い決心をするのだった。
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ドミニクとセーラに挟まれて両手を引かれる、捕まった宇宙人状態の私です。
向かう先は部屋と同じ階層にあるという調理室と食堂だ。
23世紀の末頃に『箱庭』は閉ざされ、同世紀内に箱庭をシェルターとして利用していた人は全員死んだ。子孫はいなかった。
『ファウンド・エデン』では人類衰退は病気や寿命問題と引き換えに繁殖能力が極端に落ちた事も要因の1つって理由付けがなされてた。
ともかく、料理を提供すべき対象の不在が長く続いて、調理師の2人はひどい抑うつ状態に見舞われて、トニイさんの指示で毎日毎日ずっと畑の手伝いをしていたそうだ。
なすべき職務を全うできないのはロボットにとって大変なストレスだそうで、人間だったら好きなだけダラダラしちゃうのにな~って思ったけど、冷静に考えると100年以上も無職はキツい。
で、トゥーブとヴァーラがリリスを作って、機能が正常に作動するかどうかの観察に起こしてみたら自我なんて持っちゃってて、ドミニクとセーラはようやく自分の仕事をする事が出来るようになったって訳。
流動食だーってウッキウキで穀物や野菜をペースト状にしてたらしい。今朝なんて完成したパンとスープを前に感動のあまり一瞬フリーズしかけたとか。
くすみや水垢がどこにもない、壁や床の四隅までピカピカなシステムキッチン。
整然と置かれたフリーズドライ状態の調味料類。食材ごとに自動で適切な管理がなされるハイテク冷蔵庫を開ければ新鮮野菜と果実と卵。
ドミニクが「これを見てください、フレンド・リリス」と私の手を引けば、「さあフレンド・リリス、こちらをご覧になってください」とセーラにくるりと回転される。
生きてるだけで丸儲……感謝感激されるってすごいな私。いや、状況がすごくさせてるだけで私は別にすごくない。
でもこれ、前世の記憶がある私だから「いやいや違いますって、こちとら普通未満の取るに足りない矮小な存在ですって」ってスンとなれるけど、無垢な子供だったらチヤホヤ状態を当然と受け取って自分が選ばれしファンタスティックでブリリアントでエクセレンツでセレブリティなスペシャルパーソンだと勘違いするんじゃなかろうか。
そういえばアダム候補の初期メンに居たな、強引で偉そうな俺様キャラ。自称最初にして最高のアダム。
この場に、というか『箱庭』内の感知できる範囲に、私の他にはあいつどころか誰の気配もない。
あーこりゃあやっちまったーと思うけど、自分の気持ちを正直に表現するならば。
最初の大歓待、現在進行形で奪っちゃってごめんね。悪いとは爪の先くらい反省しとくから。って感じ。
自称最初にして最高のアダムさんはネット動画で広告塔に相応しいブルネットに碧眼の強気イケメン。ボイスも知名度高めの看板声優が当てた超絶イケボ。
でも根拠なく偉そうなの、ファンの間では賛否両論だったし、私も苦手で積極的な好感度上げはしてない。
私はネクラの喪女なので、彼の言動はどう接してもイラつかせるように思えてしまい、現実逃避先でまで疲れたくなかったのだ。
そんな件の人物には今後必ず会うとしても、少しくらい鼻っ柱折れといた方がいいと思うの。
私のストレス軽減のためにも。
せっかく美幼女のリリスになれたのに、今生くらい対人関係で胃をキリつかせたくないのアタイ。
だからこの予期せぬアクシデント的なやつ、よっしゃーです。もしも神様がおわすならグッジョブです!
書きそびれましたが、面白かった、ここが気になる、などの指摘や評価いただけると嬉しいです。
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