本心隠して別れに至る
ヒナヨは参加をすることに決めた。つまり…結果がどうなっても戻っては来れない。
桜が咲くまでの時間もあまり無い。例年通りだと残り10日ほどで始まる。
そこで、1週間後に最後の別れの時間を設けるため…家族揃って食事をすることを条件にヒナヨは自由を与えられた。
泣いた痕跡が完全に消えたことを鏡で確認し、ヘイトの元へと向かった。
「会うのも久しぶりに感じるなぁ…絶対泣き顔は見せてあげないから…」
ヒナヨは閉じ籠っている間にある二つを決意していた。
一つ、ヘイトには参加について何も教えないこと。
二つ、ヘイトには泣き顔を見せないこと。
買いかぶりではなく、ヘイトは公言通りヒナヨの為なら自身の命を平気で捨てられると理解していた。
今回の宴に参加することになった経緯を伝えれば、ヘイトは実家に戻ることも厭わないだろう。もしくは副臣家へ、ヒナヨと籍を入れることを条件に副臣家としてヘイトが代わりに参加し結果を残そうとするだろう。
見返りは何もなくても…ただヒナヨが少しでも幸せならいい、ただそれだけを言うヘイトがすぐ思い浮かべられた。
しかし、ヒナヨにもヘイトには幸せでいて貰いたかった。
ヘイトは美味しい料理もいっぱい作れるのに…
私は不慣れなせいで鶏肉にチーズを乗せ焼いたものにケチャップをかけただけの料理もすごく美味しいと笑顔で言ってくれたことが嬉しかった。
ヘイトは街に行くのに引け目を感じてるのに…
綺麗な景色が見たいねって言ったら、会えない日に内緒で何日も夜通し歩き周って見つけてくれた景色は、水面を霧が覆い尽くし、そこから顔を出す小島が浮島のように見えて幻想的で素敵だった。
いつもどんな時でも真っ直ぐ好意を伝えてくる言葉が恥ずかしいけど、嬉しかった。いつでもどんな時でも絶対に味方になってくれた優しい人。
ヒナヨはヘイトに…どんな形でも生きていて欲しいと願った。
後に私の参加を知って泣くことがあったとしても…いつかは私よりいい人が見つかって幸せになってくれるはず。
共に家を捨てて生きることも可能だが、残された家族を思うと笑って暮らせないし…その顔を見たヘイトが後悔することを望まなかった。
もう一度、2つの決め事を心で強く思い浮かべ…いつも通りの笑顔でヘイトの家に入って行く。
「久しぶり…かな?来ちゃったー!」
いつもなら帰ってきて宴に関しての考察をまとめたりしているのに、また声に気づかない程にのめり込んでいるのか…と、ヒナヨは苦笑しつつ玄関から奥を覗いた。そこにはヘイトの後ろ姿があったが、いつもとは微妙な違和感を覚えた。
気にしつつもヘイトの肩に手を乗せつつ、正面から声を掛ける…寸前、ヘイトの目の下にもの凄い隈ができているのに気付いた。
もしかしたら参加することを知られてしまったのかとも思ったが、知られていたらすでに直接ヒナヨに確認しに行くはずだと思い直し、改めて声を掛け直す。
「おーい、来たよー?目の下におっきなクマさんがいるけど、新しいお友達?体調は大丈夫?」
ようやく気付いたヘイトは、
「あれ?いつ来たの?クマさん…そんなバカな…本当だーっ!」
と、本当に声に気付いてなかったらしく、更には目の下に隈ができていることも自覚していなかった。鏡の前に行き、本気で驚いていた。
「もー…何してたのー?体調にもっときを使って?」
「いやぁ…ライとアグリと久しぶりに会えたから、久しぶりだからって朝まで寝ずに飲んじゃってたから、ね?」
ライとアグリと会ってから数日経過しているが、そこには触れず実際の寝不足の理由を時間を飛ばして伝えた。
「1週間後にうちで家族集まる用事があるから必ず帰らないと行けないけど…それまではずっと予定入れてないから一緒に過ごせるよ?そのために頑張ってたのに…体調悪いなら帰ろっかなー?」
「ずっと一緒?なに…やった!ちょちょ…待って待って!帰らないで!元気だから!気を付けるからーっ!」
ヘイトはヒナヨの言葉の一つ一つに反応しては表情をコロコロ変えていった。
そんなヘイトを見て、心から笑ってから…しばらく一緒なんだからと、今日はもうゆっくり寝かすように強めに言い、明日から何をしたいかを話し合いながら眠りに就いた。
ヘイトはそれからモヤモヤした気持ちは抱えながらも、久しぶりの長く一緒にいられる時間に幸せを感じて何も聞けずにいた。
ヒナヨの家族が集まるという予定の2日前、少し様子がおかしいヒナヨに意を決して聞いてみることにした。
「俺に何か隠してること、ある?」
「いっぱいあるよー?ヘイトの好きなとこにー、昔の恋人にー、初恋の人にー、好きなタイプとか…いろいろ内緒ー!」
ヒナヨの返答にヘイトは思わぬダメージを受けつつも、
「ぐぬ…初恋…?ぐ…いやいや、そうじゃなくて…俺は裏切られてないよ、ね?大丈夫だよね?」
「…どういうこと?私から裏切るようなことをすることはないよ?説明してくれる?」
真顔のヒナヨに、こちらも真剣に正面から向き合うことにした。
「俺以外に特別な親しい男の人っている?」
「いないよ?もしかして疑われてる?なんで…信じられないの?ものすごいクマができてたのはそのため?」
「疑いたくないし、信じてるよ。ただ、心配はするよ。ヒナヨはものすごく綺麗だから、誰でも男は好きになっちゃうよ…もし、その中からヒナヨの理想の男の人がいたらって考えたら不安なんだよ…」
ライとアグリから聞いたとは…二人がヘイトを大切な相手と思っての行動に迷惑はかけたくないと、本音を言うことでごまかした。
「そんなことあるわけないじゃない?信じられなくなることでもあった?」
咄嗟にヒナヨに対して嘘をついてしまう。
「ヒナヨが毎日書いている日記、見ちゃったんだ。知らない男の人の名前があって楽しかったって書いてたから…」
ヒナヨは絶対誰にもに見せたくないと、日記を書くときも見せなかった。しかし、ヘイトは一般よりも視野が広く、視界の端でたまたま写った内容が見えてしまった時が過去に何度かあった。
実際に過去にそういった内容が書いてあったことはあるが…美容師についての内容であり、髪型が想像通りに出来上がりヘイトが喜ぶかなと書いていたということをヘイトは知らなかったが。
「そっか、だったら私達もう無理だよ…別れよう?日記は誰にも見られたくないんだって知ってるよね…」
ヒナヨは日記を見られたことで宴に参加することを知られたかと一瞬思ったが、記入してないことを思い出し…この話を利用してヘイトと会わない理由を作ることにした。実際、日記にはヘイトどころか家族すらにも見せられない恥ずかしい内容が書いてあることもあるため、怒ることも自然だと思った。
「なんで…無理だよ、別れたくない!俺が一番じゃなくってもいいから…利用するだけでもなんでもいいから別れるなんて言わないでくれ!」
「ごめんね?一番じゃない人とは一緒にいることはないよ。もう一緒に居られない…朝になったら帰る。もう来ないから…」
「どーしてっ…なんで!そんなにダメなことだったの!?もうしないから!本当にごめん!見たことはなかったことにできなくても、見た内容は言わないし物理的に忘れるから…」
ヘイトは頭を床に何度も叩きつけた。そんなヘイトをヒナヨは優しく抱きしめ…
「そんなことしたら死んじゃうよ?好きじゃなくなっただけで、嫌ってないよ?恋人にはもう無理なだけで…もし死んだら嫌いになるけど、いいの?死なないで…生きて?」
ヘイトは悲しみと絶望から…涙が止まらなかった。ヒナヨも同じように涙を流している。何よりも大切な相手を泣かしてしまったことを自覚し、頭が正常に働かない…
「ヒナヨと恋人じゃないなら生きていてもしょうがないんだよ…ヒナヨがいないと幸せじゃないんだよ!嫌ってもいいから…終わりなら死なせてくれよっ!」
「どうしても死ぬって言うなら、わかった。その代わり、ヘイトが本当に死んだら私もすぐに死ぬから…ヘイトはそれでいい?」
「っ…なんでだよっ!?別れたんなら俺が生きてようが死んでようがどうでもいいだろ!?俺が死んでも…本当に好きな人と幸せになってくれよ!忘れて放っといてくれ!」
「ダメだよ。ヘイトが死んだら私も死ぬ。気持ちが落ち込むのは別れても関係ないじゃない?ヘイトが死んだら私も死ぬのを止めれないでしょ?」
「なんでだよ…なんで…」
「ヘイトは優し過ぎるんだよ…いつも優しくて甘えさせてくれるから、このままじゃ私が何もできないダメな人間にしかなれない…ヘイトにはきっと私よりももっといい人ができるから、その人を優しく大切にしてあげて?お願い…」
「俺には…ヒナヨしかいないんだよ!ヒナヨ以外に大事にしたいものなんかないんだ…優しい俺じゃダメなのか?」
「…ダメなの。恋人としての最後の約束、してくれる?絶対自分から死のうとしないでね?泣かないつもりだった私を泣かせた罰だからね!お願いだからね…」
「…ああ、わかったよ。どうしても無理なんだよな…知ってたよ。ヒナヨの芯が強いところは誰よりも知ってるよ…そこが一番好きなところなんだから。約束する。なら、俺からも一つだけ約束して欲しいことがあるんだけど、いい?」
「ありがと…なに?」
「どうしても危ない時や、助けが欲しい時があったら、遠慮せずにどうにかして俺に伝えて欲しい。新しい恋人に頼めなくても、内緒にしたいことでも…俺が必ず力になるから!そのためなら生きてここにずっと変わらず住んでるから…」
「わかった。必ず、約束するよ…それじゃ、もう帰るね…」
「まだ深夜だから危ないし、最後なんだから朝までは帰らないで欲しい。恋人としてじゃなくても心配はまださせて欲しい…」
「わかった。」
ヘイトとヒナヨは過去に過ごした今までの話をお互いに話した。
ヘイトは話しながら、ヒナヨのための食器や家具、今までにヒナヨから貰った贈り物を集めた。
「思い出すから…他人に戻るなら…悪いけどこれは壊すね?欲しいものがあったら言ってくれたら、返せないけど代金は返すから…」
言い終わると同時に集めた思い出の品々を全て右腕で叩き壊していく…
右腕がどんどん青黒く変色し、そのうち血に塗れ赤黒く変わっていく。
今度はヒナヨは止めなかった。
やがて全てが粉々になると、ようやく動くことをやめた。
お互いに涙は止まらなかった。
「ヒナヨ…泣くなよ。笑えよ。お前が別れを望んで、その通りになったんだから…ヒナヨが泣くのはおかしいだろ?いや、他人なんだからヒナヨって呼ぶのもおかしいか、副臣さん…笑ってろよ…」
「それならヘイトも笑って?」
「俺は振られた側だから笑えなくても、泣いてもいいんだ…」
お互いに泣きながらの不自然な笑顔を向け合う。
もう元の関係に戻れないならと、ヘイトは最後にせめて…
「もう恋人じゃないなら…最後に体を貸してくれ…」
「わかった。いいよ…」
いつもとは違い…ヘイトは乱暴に雑に扱った。ヒナヨはそれに対し…声をあげることもなかった。いつもとは違いヘイトの背中にはヒナヨの爪痕が血を混ぜていくつも付けられたいった。
いつも以上の時間が経ってもヘイトが果てることは遂に一度もできず、ついに心が決壊した。
「あー!もうっ!なんで嫌がらないんだよ!なんで逃げないんだ!どーして受け入れるんだよ!もう他人なんだろ?嫌ってくれよ…」
外はかなり明るくなってきていたため危険も少なく、ヒナヨが嫌がって逃げてくれることをヘイトは望んでいた。
それによりヒナヨが最後に強くヘイト嫌うことになり、ヘイトに対しての思い出を全て悪い記憶へと結び付け、ヒナヨの次からの恋愛において思い出したり比べたりしないようにとの不器用ながらの最後の思いやりだった。
自分が嫌われ役、汚れ役になり、少しでもヒナヨが楽に立ち直れるなら…と、最後ならばと頑張ったが、全て受け入れたヒナヨに心が溢れてしまった。
「だって、ヘイトは優しいもん…優し過ぎるもん。いくらヘイトがこんなことしたって、すぐわかるよ?気付いてる?最初は涙我慢してたみたいだけど、途中から涙止まらなくなってたよ?こんな優しいところが本当に好きだったよ?」
「過去形、なんだもんね…俺はね、こうなっても今でも好きなんだよ。何があってもずっと好きなままなんだよ。だから、嫌われるしかないって思ったんだ!そしたらいくら俺が望んだってヒナヨはその気にならないし、俺は気後れすることになるし…何より、これからのヒナヨが俺との思い出全てを悪かったことにして気持ちが少しでも楽になるかもって!ごめん…あーぁ、全部言っちゃったよ。かっこわるいなぁ、やっぱ俺…」
「うん、見え見えでかっこわるい!でも、見た目や見せかけだけのかっこよさよりも…優しさが伝わるかっこわるさの方が何倍も素敵だと思うよ?私以外ならイチコロだよ!ほら、もう一緒に居られる時間少ないから笑った顔見せて?」
「わかったよ…最後だからお互いに下手くそな笑顔じゃなくて自然な笑顔でいよう。それと、帰るまでは抱き締めさせて?」
「いいよ。ちゃんと顔見せてね?」
横になったまま、お互いに抱き締め合いながら顔を見て今までの不満を冗談を交えて笑いあった。
「本当に元に戻れないんだね?」
「そうだよ。」
「わかった。気を付けてね?俺を捨てた分、ちゃんと幸せになってね?」
「ヘイトも幸せになるよーにね!」
「俺は無理だよ…その分をヒナヨが幸せになれるように願ってる!」
「もーう…それじゃあまたね?」
「俺からは会いに行くことはないから…また、ではないよ。いつもと違って送らないから…さよなら。」
いつもならば、ヒナヨが帰るときは安全なところまで送っていた。
いつもならば、ヒナヨとまた会える日が必ず来るため別れもなんてことなかった。
いつもならば、取られて困る物もないので施錠することのない玄関であるが…追いかけてしまいそうな心を殺し、決死の思いでヒナヨと最後の言葉をかわしてすぐに扉を締めて施錠した。
玄関に崩れ落ちたまま、飾っていた写真を見て呟いた。
「あーぁ、ネックレスだけ処分するの頼み忘れたなぁ…」
写真には幸せそうな顔をしたヘイトと、ヘイトからの熱い抱擁に困った顔をしているヒナヨが写っている。
そのヒナヨの首もとには銀のネックレスが写っている。
首にかかったチェーンの先には四つ葉のクローバーの1枚が鍵になっているネックレス。
ヘイトが交際してから初めてのヒナヨの誕生日プレゼントに初めて贈ったものだった。
金銭に頓着しないヘイトが大金を掛けようとしていたところ、ライとアグリに宥められて思い留まり、ふらっと立ち寄った雑貨屋で似合うはずと、一目惚れしたもので値段はそれほどでもなかったがヒナヨがとても喜んでくれたヘイトの一番の宝物だった。
ライとアグリがヒナヨに横恋慕し、別れさせた上でどちらかがその手にしようとしたことを…ヘイトもヒナヨも知らない。
ヘイトがきっかけにした親しい男の話がライとアグリの作り話だったことを…ヘイトもヒナヨも知らない。
ヒナヨが宴に参加することを決めていることを…ヘイトもライもアグリも知らない。
それでも桜は咲くのをやめない。