アンデッドでもスキルは有効らしい
貴族の令嬢やお姫様が山賊や盗賊に襲われるところに出くわすのもなろうテンプレですよね
新たに拠点を構えたばかりらしい山賊団は、速攻での移動を選択した。勿論、それに文句をつける下っ端もいたが……俺のスキルのことをお頭から話されると、皆二つ返事で移動に賛成した。強い戦力が居るのだからもっと稼げるところで稼ぐ?……違う、こんな反則としか言えないスキルを持っている奴が傷一つなく死んでいた、というのが問題なのだ。
つまり、この辺りにはこれだけ強い奴でも傷一つ付ける事無く殺す事ができる奴が存在する。
それを警戒し、逃げを打つのは当然のこと。勝てない相手に挑むのは勇気ではなく無謀だ。
……まぁ、いないんだけどね、そんな奴。
「冗談じゃねぇ……この辺りにそんなバケモノが居るなんて聞いてねぇぞ……!」
「……なぁ、お頭……仮にあの化け物をそんな簡単に殺すような化け物が居たとして……俺たちは…」
「狼狽えるな!居ると決まったわけじゃねぇ!……それに、いたとしても、逃げる時間くらいは稼いでやる」
やだ、お頭男前。まぁモブ的な髭面なんだけど。というかどう見てもモブだよな。特徴を表してみたいが特徴と言える特徴がない。髪はぼさぼさで、伸びたのを後ろで一まとめにくくっている。右目を眼帯で覆って、髭面でやたらとガタイが良い。バンディットメイルを身に纏っていて、得物は斧。
細かく説明すると逆に分からなくなる、そこら辺にいる山賊の親玉A、と表現したほうが過不足なく伝えられるだろう。さすがお頭。特徴がないのが特徴な山賊だ。
で、俺の体はというと……多量の荷物を括りつけられて運搬車代わりになっていた。デブの命令に従って魔法で制御されながら自動で動くので、前が見えないほど荷物を載せられてる割に転ばない。
「けどよ、お頭……どうすんだ?これから……」
山賊達はお頭を頂点として統率されているものの、その結束は不動のものではない。この状況が続けば離反、離脱する者も出てくるだろう。手下の幹部Aの発した言葉はそれら全てを含めたものであり、お頭が沈黙を返したのも、生中な事は言えない、と判断しているからだ。
「大丈夫だ、ジョニー……心配すんな」
お頭の野太い声が、なぜか優しく感じられた。
「さて……で、次のヤサだが……」
お頭が言いかけたところで、不意に手下の一人が耳をそばだてる
「すいやせんお頭、ちょいと音が……」
「いい、続けろ。狼人のお前の耳と鼻が俺らを上回ってるのは皆知ってるからな……新入り、ゾンビを荷ほどきしておけ、余った武器があれば持たせていい」
部下の皆さんがてきぱきと武器を手に取り、持ち場に着く。
「初手はゾンビをけしかける、あれに気が向いたところを仕留めるぞ」
音の方向を観察しながら、お頭が小声で言う。山賊団に緊張が走った。……ほどなく、ガラガラと車輪の回る音と、馬の蹄の音が聞こえた。
「……ち、商人の馬車みてぇだが……護衛付きか」
誰かがつぶやいたように、幌馬車を中心として何人かの武装した男が周囲を警戒していた。
彼ら自身の立てる音に遮られ、山賊団の存在には気づいていないようだ、だが、気配は感じている。そんな動き。俺の手が意思と関係なく手近な槍を二本掴む。
「よし、行け」
「ドゥフフ……さぁいきなさい、愛おしき我が傑作よ」
次の瞬間、誰もがそうと認識するよりも早く。
俺の体が放った突きは
幌馬車の御者席に座る商人らしき男を
貫いた。
「え?」
放たれた一撃は、まるで先にその結果があったのかのように商人らしき男の心臓と肺を貫いている。槍の先に大人一人分の死体が貫かれているというのに、俺の体はその重さが無いかのように槍を振り回し、商人の死体を、護衛の一人にぶつける。
「なっ……がっ!?」
混乱する暇もあらばこその追撃が、商人の死体を貫いて護衛の一人……軽装で杖を持った、おそらく魔導士……の喉を刺し貫いた。振り向きざまに投擲された槍は、聖職者らしい装備の青年の顔面を深々とえぐり、彼を地に縫い留めた
「野郎!」
続けざまに仲間を殺された剣士らしい男が怒りの声を上げ、両手持ちの剣を大上段に振り上げて切りかかってくる。だが、その動きは遅い。事実、俺の体は余裕でその一撃を回避し、両膝、両肘を破壊する。響く悲鳴、その声に耳を塞ぎたくなるが、俺の体はそれを無視し、次の獲物に狙いを定める。こちらをクロスボウで狙う、おそらくエルフ……しかし彼は、横から五月雨のごとく打ち出された矢に全身を射抜かれ、絶命した。
「……パねぇな」
「楽ができていい……おい」
お頭の言葉に頷いたデブが俺を動かして、幌の一部を切り落とさせる。
直後、視界が大きくブレて、空が大写しになる。正面に戻った視界に入ってきたのは、いかにもお姫様然とした15~6の少女と、彼女を守る様に弓を構える、いかにも盗賊、と言った装備をした小柄なポニーテールの女の子。急所に矢が刺さったというのに死なない俺を見てびびったのか、呆然とした表情をしたまま、矢をつがえるのを忘れている。
「ひっ……!」
「っ!」
躊躇いは一瞬。弓を放り出し、腰に差したダガーを抜くと侵入者たち……気づけば俺の後ろから馬車に入り込んできた山賊の皆さんに突き付ける。その目はまだ生き残ることを諦めていない。
「おい、諦めな。周りを囲んでた連中は皆仕留めたぜ」
「……そんなんで、さっさと降伏すると思う?」
「別に悪いようにはしねぇさ、ヨがりすぎて壊れるかもしれねぇけどな」
嘲笑が響く中、彼女は眼だけで回りを見渡す。隙を探しているのだろう。
一番最後に乗り込んだお頭の言葉に、盗賊装備の少女は目をそらさず、言い放つ。
「お断りよ、あいにくとお相手は間に合ってる……のっ!」
気合と共に一足飛びにお頭の懐に潜り込む盗賊少女、その狙いはお頭の喉首だ。想定した通りのタイミングで、刃が肉にめり込む感触がしたに違いない。彼女は、これでお頭を倒した、倒せずとも隙を作れた、と思ったはずだ。
「なっ!?」
しかし、その表情は驚愕にゆがむ。なるほど、確かに彼女のダガーは皮を裂き、肉を抉り貫いていた。
お頭ではなく、俺の腕のを
「残念だった……なぁっ!」
お返しとばかりにお頭が盗賊少女の足を掴み、馬車の外へと投げ飛ばす。打ち付けられた衝撃に「きゃあっ!」と悲鳴を上げて、それでも
「メリル!逃げて!」
抑え込みにかかった手下の皆さんをいなし、蹴り上げながら盗賊少女が叫ぶ。しかし、メリルと呼ばれたお姫様が逃げることはできないだろう。
なぜなら、彼女の喉元には……
俺の構えた槍の切っ先が、突き付けられているのだから。