転生
思いっきりコテコテの異世界転生ものです
なんてことはない毎日は、なんて事無く失われる。
強盗殺人だって、路上での無差別殺人だって日常茶飯事のようなもの、数日はニュースをにぎわせ、それで終わることでしかない。
いわんや、ただのモブ高校生が大型トラックにひき逃げされた程度では、ニュースで概要が流れ、それで終わりだろう。
そんなことを考えているうちに。
俺の意識は
途切れた。
***
そして気が付くと、真っ白な場所に立っていた。何もない空間、というのがもっともしっくりくる場所。
「……? 」
思った以上に言葉が出てこない。トラックに撥ねられてタイヤに頭をつぶされたのは覚えている。けど、今体には傷一つない。
「初めまして、鈴木太郎さん」
不意に名前を呼ばれた。何事かとそちらを向くと、そこには目の覚めるような……サラリーマンのおっさんが立っていた。
「あ、ども……はじめまして」
きっと俺の声は、警戒心ばりばりに出まくっていたに違いない。
「あぁ、申し遅れました、私こういう者です」
まばゆいバーコードで俺の視界を殺しにかかりながら、リーマンのおっさんは名刺を差し出す。
「あ、どうも」
反射的に受け取ってしまった俺はきっと悪くない。受け取った名刺には『天界日本支部転生・転移担当 一級神 山本 卓』とあった。
「あ、すみません……学生なもんで名刺は……鈴木です」
「存じております、ここは手短に参りましょう。時間は無限にありますがあまり時間をかけても仕方のないことですからな」
山本さんがふいと手を動かすと、そこに椅子と机が現れる。「どうぞ、おかけください」と言われるままに椅子に腰かけると、山本さんは対面の椅子に座り、何枚かの書面を取り出した。
「さて、早速でございますが……この度の鈴木様の死は我々にとってもイレギュラーであった事を先にお話しさせていただきます」
「イレギュラー、ですか?」
オウム返しに言う俺の言葉に、山本さんは一つ頷く。
「はい、こちらの予定では鈴木様は高校はどうにか留年せずに卒業するものの、大学卒業の時期と未曽有の大不況が重なり社会的な正社員から派遣・契約社員への主力の移行の時期にぶつかり就職に失敗、その後4桁単位で就職試験を受けるも軒並み書類選考による不合格、40代でどうにかビル清掃の派遣に収まる事ができるもその会社は数年で不渡りを出し倒産、その後特養に拾われボケにボケた老人の排泄物処理係として過ごし、碌な貯蓄もないまま、高校時代のバイト代とごくわずかな収入を切り崩し、なまじ収入があるために生活保護の類も一切受けることができず、64歳11か月で心臓麻痺で死亡……あぁ、もちろん65歳定年です。その3年後、腐敗臭により隣家が警察に連絡を入れたことにより死亡が確認されるという予定でした。勿論恋人、結婚相手もおらず生涯童貞です」
「すみません死んでいいですか」
「鈴木様はすでに死んでおられます、しかし、雇用の調整弁の世代に丁度ぶち当たったとは言え……これは今死んで正解だったかもしれませんね」
確かにそんな人生、死んだほうがましだ。
一通り俺が歩むはずだった人生を知らせると、山本さんはファイルを閉じる。
「さて、改めて申し上げますが、今回の鈴木様の死は我々にもイレギュラーです。特例として鈴木様は復活することができm」
「断固としてお断りします」
「ですね、私でもそうします。さて、そうなると我々としましては、鈴木様に転生、転移をご紹介することができます。本来、この世界で死んだ方はこの世界に転生するのが決まりなのですが……その、鈴木様の人生があまりにアレな上死因も相当にアレなもので、多くの神が「あまりにもあんまりだ」「この世には神も仏もないのか」と抗議の声を上げておりまして」
人の人生指さしてアレ扱いだった。
「というか、本来のはともかく、今回のはトラックに轢かれたのが死因では?」
「鈴木様に起こった事、だけを上げればその通りです……しかし、連続稼働140時間以上で覚せい剤まで使って仕事をしていたドライバーが9割寝たまま運転していた大型トラックに轢かれて、その衝撃で我に返ったドライバーが車を止めようとして間違えてギアをバックに入れた結果頭つぶされただけでなく心臓までひき潰されるダブルタップを喰らったとなると流石にかのハデス様も「こいつを地獄やら冥府やらに寄越すつもりなら俺は冥府の管理をやめる」と言い出すほどでして」
頭と心臓に二発ずつ喰らっていた。そりゃ助からんわ、と頭の中の変に冷静な部分が変な納得をする
「ちなみに犯人……いや、トラックの運転手さんは……?」
「心神喪失による無罪となっております、むしろこれを奇貨とし、これまでの企業の都合だけを最優先した求人や労働条件を改善しようという動きが出ております」
「人が死んだら景気が良くなる予兆が出てきた」
「まぁ効果が出るのは三代先からでしょうが……そのころには国の維持も危ういほど人口減ってるでしょうから、それどころではないでしょうな」
「死にたい」
「鈴木様はすでに死んでおられます」
***
さて、と場を仕切りなおして、山本さんが新たなフォルダを取り出す。
「一口に転移・転生と申しましても、ほいほいとどこぞの世界に魂を放り込むわけにはいきません。なぜなら外から来た魂というのはその世界に関して問答無用で外来種という事ですからな」
そう言いながら山本さんはいくつかのパンフレットを机に広げる。
「これらの世界はそれがたとえ外来種であろうと受け入れざるを得ない状況となっている世界です。ほかに比べて拒絶反応はとても小さいと思われますが……」
「でもそれって魂が世界を維持できないほど減って、増える要素がないって事ですよね?」
「……その通りです、これらの世界はいわいる滅びに瀕している世界ですな。一部世界では神々が滅んでいるので完全に滅ぶまでのロスタイム、という所もございます」
軽く頭痛がする頭を押さえる。チョイスすんな、そんな世界。捨ててこいブラックホールに
「もっと普通の、チート貰って冒険できる中世ファンタジーな世界、とか無いんですか?」
「そういう所は上位神が直々に対応したような方の魂をねじ込んで、基本破裂寸前ですからな、無理に入れれば入らないことはないですが遠からず世界が崩壊するかと」
「……じゃあ、余裕のあるところでマシなところって無いですか?」
「綱を針の孔に通すような事を仰いますね……お待ちください、確認いたしますので」
そういうと山本さんは自分の隣に作業机とPCを作り出し……よく見るとPC98だった。メモリ8枚刺しで8Mとかいう化石だった。
「ん?……」
呟くと、猫背をさらに丸めて目を画面に近づけ、キーボードをがちゃ……がちゃ……と一本指打法で打っている。その姿に、なにか、耐えがたい悲しみのようなものを感じた。
「あぁ、ありましたよ、一か所だけ」
「まじすか!?」
思わず身を乗り出す。
「はい、担当の者の所にお送りいたしますので、そのままお待ちください」
続いて山本さんが何かつぶやくと、山本さんの姿が掻き消える。え、と思うまま待つことしばし、いやかなり……。
「で?あんたが転生者?」
現れたのは、50がらみのおばちゃんだった
「ま、なんでも良いけどねー、そこに転生特典?ってのまとめられてるから、選びなさい」
こちらには全く興味なさそうに書類を手書きしている。まぁお役所仕事というのは得てしてそういうもんなんで、俺もあまり気にせず内容を確認する。
転生特典は色々なものがあった、その中で目を引いたのが「身体再生」と「武芸百般」
「身体能力向上とか、基本的知識は転生時に身につくからね、そこらは気にしなくていーわよ」
せんべいをバリバリ齧りながらオバちゃんが言う。
「あ、決まりました。この武芸百般と身体再生、それと無尽蔵の魔力ってOKですか?」
「あ~、それね。はいはい……ちょっと待ってよ」
せんべいの食べかすを払って、下敷きにしていた書類に何か書き込んで……まて、提出書類をせんべいの食べかす集めとく下敷きにしてたんかあんたは。
「はいはい、承認……と、上の方の同情集めてると人生楽でいいわね~、羨ましいわ」
オバちゃんがハンコを押すや否や、俺の体が不思議な光に包まれる。
「今度はうかつなことで死ぬんじゃないわよ、面倒だから」
そんな声に送られて、俺の視界は真っ白に染まった。これが転生というモノなのだろうか、どっちかというと転移のような気が……いや体自体は死んでるから転生でいいのか?
そんなことを考えているうちに足が地面に着く。周りを見回すと、どうやら森の中らしい。一つ大きく深呼吸し。
俺の意識は
途切れた。
***
事故報告書
転生事故
氏名:鈴木一郎
状況:転生先の空気成分に体が適応せず死亡
死因:硫黄ガスによる中毒死
原因:①転生先の環境に適応できるよう対応する処理を怠り、死亡時の生体情報のまま転生処理を行ってしまった。
②そもそも人員不足であるところに、昨今は転移転生の割合が多くなっており、職員の疲労大きく、人員の補充ないため、労働時間も長時間となり、ミスの原因となった。
再発防止案:①転生、転移を行う際には対象の状況、転移先の環境などの指さし確認を行う
②そもそも現在の人員数で現状の転生、転移者の対応を行うというのが荒唐無稽な事であり、当該のミスは起こるべくして起こった事である。職員の不足によるミスの増加は以前から強く指摘されており、特に人の集中する転移・転生課への人員補填は急務だったはずである。精神論を振りかざすだけでなく、具体的な人員増加の対策を行わない限り、同様のミスは多数発生するものと思われる。