3.ベタ惚れする魔法少女
十月三十一日
人類根絶。
そりゃ人類だって生物として存在している以上、いつ終わりが来てもおかしくはない。
それが核戦争か伝染病の蔓延か、はたまた隕石の衝突であっさり滅ぶかどうかは、預言者でも未来予知能力者でもない僕には皆目見当はつかないけれど、数に限りがある以上、滅びない生物なんていない。
現実的に可能かどうかはともかくとして。
ともすれば、ある意味夢物語とも取れる人類根絶というワードに、僕が思う事はただ一つ。
自分と周りの人が何不自由なく生きていけるなら、他はどうだっていい。
無論、それが他者に冷たくしていいという論法になりえないのは当然の理だが、さりとて、大抵の人間は遠く離れた見知らぬ人間にそこまで情を寄せないものだ。
災害などで寄付金やボランティアに参加する事はあっても、自分の人生すべてを捧げてまで身を費やす事はないのと同じように。
地球の裏側にいる人間のために行動できるほど、僕は善良な人間ではないのだ。
まあ、こんなのは中学生のガキの詮無い戯言と思って聴き流してほしいところではあるのだが、なんにせよ。
何にしても、人類根絶と聞いてもいまいちピンと来ないというか、どうにも実感が湧かないというのが、今の僕の心境だった。
もちろん、人類根絶という野望──もしくは願望が決してよくない事は、捻くれ者の僕でもよくわかっている。
いっそ、はっきり『悪』だと断じてもいいだろう。
それでも。
そんな果てしない『悪』をなぜ彼女が成そうとしているのか、そればかりが気になっていて。
人類の生存よりも、彼女の願いの本質ばかりに思考が傾いていて──
「何にしても、詳しく話してみないとなんとも決められないなあ……」
閑話休題。
ハロウィンである。
元は秋の収穫を祝ったり、悪霊を追い出す祭だったらしいが、アメリカではお化けに仮装して楽しむ行事に変わってしまったように、日本ではただのコスプレをする日と化してしまっている。
それも、もはや宗教的な意味合いは微塵もなく。
そのせいか、今やすっかり日本でも定着した感のあるハロウィンだが、正直単なるバカ騒ぎをするための祭りと言っても何ら齟齬のない行事となっているように思う。
毎回ハロウィンが来るたびに、ニュース──特に渋谷方面で話題になるくらいには。
もっとも。
ハロウィンが定着しているのは都会だけのようで、我が町のような田舎には「そう。関係ないね」と言わんばかりに静かな夜だった。
まあ、こんな商業施設よりも住宅地が多い田舎であんな催しをされたら、それこそ迷惑にしかならないし、当然と言えば当然の結果なのだろう。
で。
そんな相変わらず閑散とした田舎の夜道を、僕は例によって一人で出歩いていた。
輝夜さんにまたキスをしてもらうためである。
言っちゃた!
ついに輝夜さんのキスが欲しいってはっきり言っちゃった!
と。
乙女みたいに恥じる僕であったが、実際は男ならではの欲望というか、単に美少女から接吻されて悦楽に浸りたいという邪な考えなだけなので、乙女と比喩できるほど綺麗なものでもなかった。
まあでも、素直になれた分、成長したという事で今回は温かく見守っていてほしい所存である。
なんて、だれにも対する言い訳なのかわからない事を考えつつ、僕はいつも行くコンビニの道を歩く。
前回、前々回とこの辺りで輝夜さんに会ったので、またこの道を──輝夜と最後に別れてから何度も通っているのだが、依然としてどういったタイミングで彼女が現れるかは、未だによくわかっていない。
完全に行き当たりばったり。
まさに当てずっぽうってやつだ。
なので、その日に輝夜さんと出会えなくても仕方ないかと多少落胆しつつ帰路に就くケースがほとんどだったのだが、今回は予感というか、今日なら会えるんじゃないかという謎の自信があった。
だって、今日はハロウィン。
合法的(かどうかは定かではないが)に悪戯かお菓子をねだれるこんな日に、輝夜さんが何もせずに過ごすなんて想像ができない──
「トリックオアトリート、慎之介★」
そうして。
もはや必然のごとく、僕の背後から愉快げな声が聞こえてきた
もはや誰かなんて言わずもがなであるこの人に、
「……あなたの場合、トリート一択の気がしてならないんですけどね」
と、僕は苦笑を浮かべながら後ろを振り返った。
肉まん、ピザまんと続いて、次に奢らされたのはカレーまんだった。
「『アンパンマン』の中にカレーパンマンってキャラがいやがるじゃないですか。あれって見た目は浅黒いUFOみたいですけれど、カレーパンというわりには揚げてあるように見えねぇんですよね。一般的に知られているカレーパンは、具材の水分が飛ばないように敢えて揚げてやがるんですが、だとしたらカレーパンマンの中身って、さっき言った通り揚げないままパン生地を焼いているのだとしたら、水分が抜けてカッチカチになってんじゃねぇですかね?」
と。
いつもの公園──いつものブランコで、輝夜さんは蘊蓄なのか単なる疑問なのかわからないことを呟きながら、美味しそうにカレーパンを食していた。
「それを言い出したら、パン自体が空気に触れ過ぎてパサパサしているんじゃないかって疑問が先に立つと思うんですけどね。アンパンマンにしろ、しょくぱんまんにしろ」
輝夜さんの隣のブランコに座ってココアを飲みつつ、僕は言葉を返す。
まあそこはファンタジーだし、不思議ないパゥワーが働いているのだろう。
よくは知らないが。
「てか、輝夜さんってほんとに中華まんが好きですよね。ハロウィンだし、今回はデザート類をねだられるのだとばかり思っていました」
「コンビニのデザート類がけっこう高けぇですからねー。一応奢ってもらっている身としては、安価な中華まんの方がいいかと思いまして」
「別によかったんですよ? デザート類を頼んでも。僕、あんまりお小遣いを使わない方なので」
「いえいえ。あんまり高けぇのを頼んでは、次から奢ってもらいづらくなりやがりますからね。それくらいの遠慮はわたくしでもします」
「でも、奢ってもらう前提なんですね……」
前々から思っていたけど輝夜さんって金欠なのだろうか?
いや、別にいいけどさあ。
こうして輝夜さんと話せる口実にもなっているし。
「それで、今日もまた『トゥインクルマギカ』を探しに行ってきたんですか?」
「ご明察。今日はなんと、三つ目の『トゥインクルマギカ』の強奪に成功しました〜★」
この人、なんの臆面もなく「強奪」って言っちゃったよ……。
何とも言い難い気分に嘆息しつつ、僕は「で」と声を発する。
「パッと見は無事そうですけれど、怪我とか大丈夫だったんですか?」
「今回はちっとばかし手こずりましたね。不覚にもちょっと怪我もしちまいました」
「えっ! ど、どこを!?」
驚く僕に、輝夜さんは平然とした顔で「ここ」と袖を捲って二の腕を見せた。
確かにそこには、火傷と思われる痛々しい傷が見受けられた。
どこも服は破けていないので、熱した鉄か何かで袖の上から強引に押し当てたのかもしれない。熱々のアイロンで服の上から肌に当てたらこうなるという見本のような火傷だった。
「うわあ、痛そうですね……」
思わず顔をしかめながら、僕は訊ねる。
「怪我は腕の方だけなんですか?」
「ええ。奴さんの魔法を躱したつもりだったんですが、上手くぶつけられちまったようで。次にあれと相対した時は、全身の肌を剥いでリアル人体模型にしてやる予定です」
「…………………」
どうしよう。輝夜さんが言うと、本気なのか冗談なのかわからなくて反応に困るのだが。
……うん。聞かなかった事にしておこう。
「でも、どうして傷をこのままにしてあるんです? 輝夜さん、前に傷を治す魔法の薬みたいな物を使ってましたよね?」
「あるにはあるんですが、あれも数に限りがあるせいで、気楽には使えねぇんですよね〜。なるべくここぞという時に使うようにしてるんです。まあ幸い、目立つような怪我でもねぇですし、痛みもさほど無いので我慢しますよ」
「いやけど、やはりちゃんと治療くらいはしておこないと、跡だって残るかもしれませんし……」
「だから大丈夫ですって。わたくし、魔法少女なんですよ? これくらい心配ねぇですって」
「心配しますよっ!」
と。
思わず大声を出してしまったあとに、僕はハッと口を噤んだ。
いけない。つい感情任せに叫んでしまった。こんな風に怒るつもりはなかったのに……。
でも幸いと言うべきか、輝夜さんはキョトンとするばかりで、機嫌を損ねた様子は見られなかった。
「すみません。いきなり怒鳴ったりして……」
謝りつつ、僕は膝元に置いていたコンビニの袋の中を漁り始めた。
「ただ、今の輝夜さんの言い方だと、僕という存在を日々すれ違うだけの通行人みたいに扱われたみたいで、なんだか嫌だったんです……」
まるで、お前なんて取るに足らない存在だと言われてしまったかのようで。
「もちろん、輝夜さんが僕をどう見ていようが自由ですし、実際まだ会って三度目なので、そこまで親密に思っていなかったとしても仕方ないと思います。けど僕は──僕だけは、輝夜さんを大事な友達だと思っているんです。だから──」
そこまで言って、袋の中にあった目当ての物を取り出したあと、僕はまっすぐ輝夜さんと向き合った。
「だから、心配くらいはさせてください。友達として治療くらいはさせてください」
僕がコンビニの袋から取り出した物。
それはガーゼと包帯だった。
前回はうっかりというか、コンビニに行く直前まで全然頭に無かったが、もしも輝夜さんが怪我をしていて、それが自分で治療できない状態──たとえば初めて会った時よりも重傷を負っていた場合、どうしたらいいのだろうかと考えた際、まず思い付いたのがガーゼや包帯といった応急処置だった。
余計なお世話かもしれないし、そもそも輝夜さんは傷をあっという間に治す魔法の瓶を持っているので、必要ない物かもしれないと思っていたのだが、まさかこんなに早く使う日が来るとは思ってもなかった。
まあでも、よくよく考えたらその魔法の瓶だって無限に使えるとは限らないし、実際輝夜さんも数に限りがあると言っていたので、僕の判断は必ずしも早計ではなかった事になるわけで。
そう考えると、少しだけ嬉しかった。
こんな何も取り柄のない僕でも、こんな風に役立てる事が出来るのだから。
「慎之介は」
と。
そのままガーゼと包帯を突き出したまま少し待っていると、輝夜さんが掠れるような──ともすると聴き逃しそうなほどか細い声量で、不意に口を開いた。
「慎之介は、そんなにわたくしが心配なんですか? わたくしをそこまで大切に想ってくれやがってるんですか?」
「はい。もちろん友達としてですけれど。まあ輝夜さんが綺麗な人だからという理由もなきにしもあらずですけれど……って、今はそんな事より先に応急処置をしましょうよ。あ、でも火傷の上に直前ガーゼを貼るのはまずいんだっけ? えっと確か、一緒に軟膏も買ってたはず──」
と。
コンビニの袋から軟膏を取り出そうとした、その瞬間。
輝夜さんにキスされた。
それも、口と口とで。




