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1.落ちてきた魔法少女




 今すぐにでも、空から可愛い女の子でも降ってこないかなあ。



 男なら、誰しも一度はこんな妄想を抱いた事はないだろうか。少なくともこれまで一度も彼女が出来た事のない奴なら、ちょっとくらいは想像した事はあるはずだ。

 仮に、そんな夢みたいな事が現実に起きたとして。

 それが今まさに目の前で起きたとしたら。



 君だったら、どうする──?



「……僕だったらまず、自分の頬をつねるかなあ」

 夜中、勉強の合間に糖分でも補給しようと、コンビニに向かって歩いていた最中の出来事だった。

 時刻は夜の十時過ぎ。まだ補導される時間ではないとはいえ、中学生が一人で夜道(街灯はあるけど)を歩くのはそれなりに危険を伴うため、一応防犯ブザーを携帯して、徒歩五分のコンビニに向かっていたところ、空からキラキラ光るような物が見えたので、しばらく目を凝らしてその場に留まっていたら、女の子が仰向けの体勢で降ってきたのだ。

 しかもただ落下しているわけではなく、ふわふわと浮いた状態で。

「まるでアニメみたいだな……」

 この状況にしても。あの子の服装にしても。

 背丈を見ると、十四歳の僕よりやや低めなので、たぶんそれほど歳は変わらないと思う。

 そんな僕と同年代と思われる女の子が、ゴスロリっぽい服を着ていた。

 というか。



「あれ、完全に魔法少女だよな……?」



 十字架だの星だのが散りばめられた、漆黒のフリルドレス。

 何よりその子の手には、どう考えても魔法のステッキとしか思えないものを、しっかり握っていた。

「夢でも見てんのかな? 僕……」

 いや、それはないか。

 頬をつねったら、普通に痛かったし。

 それよりも、気になったのは。

「あの子、大丈夫なのか……?」

 魔法少女らしく、どこかでバトルでもしてきたのだろうか、見るからに服はボロボロだし、所々怪我もしているようだった。

 そもそもあの子、ちゃんと意識はあるのか?

 さっきから身動ぎ一つしないんだけど……。

 と。

 信じられない光景に終始呆然としていた、その時だった。



 それまでふわふわ浮いていた魔法少女が、突然重力を思い出したようにすごい勢いで落下し始めたのだ。



「!? ──やばいっ!」

 慌てて、しゃにむに魔法少女のところへと全力疾走する。

 距離にして約四十メートル。あの子にいた高さから言って、かなりギリギリなライン。

 下手をすれば、僕だって安全の保証はない。

 それでも僕は無心で走った。

 別に運動が得意というわけでもないが、これでも走るのは速い方なのだ。その特技を今生かさずしていつ生かす。

 がむしゃらに──それこそ死に物狂いで疾駆する。

 いつ心臓が破れてもおかしくないくらいに。

 時間にして、あと五秒程度か。

 腕を伸ばせば、おそらくギリギリ間に合う。

 でもその後は? 推定三十キロ以上はある人体の落下を無事に受け止められるだけの腕力が僕にあるか?

「んなもん、知るかあああああっ!」

 弱気になった己の小胆を叱咤して、僕は疾走しながら全力で両腕を伸ばす。



 果たして魔法少女は────どうにか無事にキャッチする事ができた。



 というのも、想像していたよりずっと軽かったのである。

 それこそ、赤子でも抱いているかのような重量で。

 まさか本当に乳幼児と同じ体重とは思えないし、これも魔法よろしく不思議な力でも働いているのだろうか?

 まあ、それはそれとして。

「……この子、めちゃくちゃ可愛いな」

 改めて間近で見ると、空から落ちてきた魔法少女はとんでもない美少女だった。

 混じり気一つない美しい銀髪。ショートヘアにフリル付きのカチューシャで髪を止めていて、整った顔立ちも相まって、まるで精巧な人形のようだ。

 見た目はやはり僕とそう変わらない年齢と捉えてよさそうだが、意識が無くても滲み出る気品の良さが、どこぞのご令嬢を思わせた。

 きっとクラスにこんな子がいたら、学校中の注目の的になっていた事だろう。

 それくらい、完璧な美少女だった。

 しかしそんな完璧な美少女も、今はあちこちに生傷を作っていた。

 すぐに命に関わるという怪我でもなさそうだけど、重傷には変わりない。早く治療しないと。

 でも、どうしよう。病院に連れていくにしても、何て説明する?

 ボロボロの魔法少女が空から落ちてきたので、思わずキャッチして病院に連れてきましたとか?

「……どう考えても信用してもらえそうにないな」

 じゃあ、どうする? さすがに店で買えるような治療道具でどうにかなるような怪我じゃないぞ。

「ん…………っ」

 と。

 あれこれ悩んでいる間に、腕の中の魔法少女が身動ぎした。どうやら意識を取り戻したようだ。

 そうして、そんな魔法少女の第一声は──



「…………あなたは?」



 という、いかにも不審げな一言だった。




「うめぇですね、この肉まん」

 魔法少女が目を覚ましてから、数分の事だった。

 お腹が空いたと言うので、僕一人で走ってコンビニまで行って買ってきた肉まんを、黒衣の魔法少女が公園のブランコに乗りながら美味しそうに食べていた。

「怪我の方はもう大丈夫なんですか?」

「ん?」

 咀嚼しつつ、魔法少女は僕の質問に顔をこっちに向けてゴクンと口内の肉まんを飲み込んだ。

「ああ、それなら大丈夫。さっきも見せましたが、この小瓶の力で完全に治ったので」

 言いながら、魔法少女は懐から取り出した小瓶を掲げて見せた。

 見た目は本当にどこでもあるような小瓶だが、その中身は青というより蒼といった色の液体がほのかに光を帯びていた。

 実を言うと、コンビニに行く前にまず病院に連れて行こうとしたのだが、

「それなら問題ねぇです。この魔法の小瓶ですぐ治りやがるので」

 と魔法少女が言ったあと、おもむろに懐から件の小瓶を取り戻して、少量だけ口に含んだ。

 そうしたら驚く事に、魔法少女の言った通り、みるみる内に全身の生傷が消えたのである。

 まさに魔法。

 もうこんなものを目の前で見せられたら、不思議な力の存在を信じる他なかった。

 それまで超能力や心霊現象など、そういった不思議な出来事をすべて胡散臭いものとしか捉えていなかった、この僕がだ。

 ちなみに、僕がキャッチした時に赤子のように軽かったのは、やはり魔法の力のようで、何かの不遇で地面に落下した際、少しでも衝撃を和らげるために元から備わっていた効果なのだとか。

 すげぇな、魔法。

「それで、えーっと……」

 なんて呼んだらいいかわからず、少しの間言葉を選んでもいる内に、肉まんを食べ終えて包を丸めていた魔法少女が、

「ああ。わたくしの名前でやがりますか?」

 と僕の意図を汲んで訊ねてくれた。

輝夜かぐやです。輝く夜と書いて、輝夜」

「輝夜さん、ですか。えっと、僕、十四歳なんですけれど、同い年くらいですか?」

「それならわたくしの方が一つ年上ですね」

「十五歳ですか……」

 十五歳の魔法少女。

 なんかちょっと、ギリギリ感があるな。

「今、失礼な事を考えやがりませんでした?」

「い、いえ。とんでもない」

 慌てて首を振る僕。

 いけない。危うく怒らせるところだった。

「それで輝夜さんは、魔法少女という事でいいんですかね?」

「むしろ、この格好とさっきまでの不思議な現象を見て、魔法少女以外のなんだと思ってやがったんですか?」

「仰る通りで……」

 どうやら、つまらない質問をしてしまったようだ。

「で、その魔法少女が、こんな町中で何をしていたんですか? しかもボロボロな状態で」

「聞きてぇですか?」

 指に付いた油分を艶めかしくペロリと舐めながら、挑発するように口端を歪める輝夜さん。

 身の安全を考えるなら、ここはさっさと別れを告げて逃げるべきだと思うが、ここまで関わってしまったのだ。

 ここで何も知らずに帰るなんて、それこそ精神面に悪い。

「聞きたいです。このまま帰るのは、すこし落ち着かないので」

「へえ。なかなか勇気があるじゃねぇですか」

 無謀とも言えなくもねぇですが、と輝夜さんは不穏な一言を添えて、唐突にブランコを漕ぎ始めた。

「まあ助けてもらった恩もありますし、少しだけなら教えてあげますよ。でも、本当に少しだけですよ?」

「はい。それで十分です」

「素直ですね。良い心がけじゃねぇですか」

 そう嬉しそうに微笑んで、輝夜さんはブランコを漕ぎながら説明を始めた。

「この町には、色んな魔法少女が集まってやがるんですよ。その目的は様々ですが、わたくしもちょっとした事情があって、この町に来たってわけです」

「この町に来たって事は、輝夜さんはこの町の人ではないんですね」

「そうです。でも住所までは言えねぇですよ? プライベートな話まではさすがに秘密です」

 人差し指を口許で立てて、艶美に笑む輝夜さん。

「で、わたくしがボロボロになった理由でやがりますが、ちょっと他の魔法少女とバトルをしていて、それでうっかり怪我しちまったんですよ」

「……バトルって、他の魔法少女とケンカしていたって事ですか?」

 なんだか、昨今の魔法少女系アニメのような話だ。

「んー。ケンカというより、奪い合いって言った方が合っているかもしれねぇですね」

「奪い合いって、何を?」

 まさか互いの命を……?

 なんて物騒な考えが脳裏を過ぎる中、輝夜さんはおもむろに懐をまさぐって、

「これの事です」

 と、手のひらにある物を乗せて、僕に見せてきた。

 それは虹色に輝く、星の形をした宝石のようだった。

 大きさで言えば、ちょうど一円硬貨くらい。小さな女の子が見たら喜びそうなほど綺麗だった。

「なんですか、これ? なんだか玩具のようにも見えますけれど」

「これは『トゥインクルマギカ』と言って、五つ集めると願いを一つだけ叶えてくれる魔法の石です」

「ね、願いをですか……?」

 いよいよもって、魔法少女系アニメみたいな話になってきた。

「わかりやすく例えるなら、ドラゴンボールと同じですね」

「いや、わざわざ有名作品で別に例えなくても……」

 わかりやすくはあったけども。

「で、輝夜さんはその魔法の石を巡って、他の魔法少女と争っていると? もしかしてバトルロワイアル的な、相手を倒して奪わないと手に入らないとか?」

「いえ? 別段魔法少女と争う必要はねぇですよ。バトルロワイアル方式というわけでもねぇですし」

「じゃあなんで、他の魔法少女とバトルなんてする羽目に……?」

「それは、わたくしが相手が持っていた『トゥインクルマギカ』を奪おうとしたからですけれど?」

「あんたが悪いんじゃねぇか」

 思わずタメ口になってしまった。

 もっと深い事情があるのかと思っていたのに、それが単なる強奪だったなんて……。

「やってる事、完全に悪役じゃないですか。それとも輝夜さんは、世界征服を企む悪の秘密結社の一員か何かなんですか?」

「別にそういうんじゃねぇですし、魔法少女自体、みんな元はただの一般人ですよ。さっきも言った通り、それぞれ目的があって、みんなして『トゥインクルマギカ』を集めようとしているだけで」

「だったら輝夜さんも普通に集めたらいいじゃないですか」

「それが簡単だったら、元から奪おうなんて発想は出てこねぇですよ。普通に集めるより奪った方が早そうだったから、向こうが持っていた『トゥインクルマギカ』を奪っただけです」

 そのかわり、寄ってたかってボコボコにされちまいましたが、とケラケラ笑う輝夜さんに、僕は顔を引きつらせた。



 やばいな。

 もしかして僕、とんでもない人を助けちゃったのかも……?



「あの、それって、これからも続けるつもりなんですか? 部外者が言うのもなんですけど、そんなジャイアンみたいな事を繰り返していたら、いつか痛い目を見ると思いますよ。もうすでに見ているとは思いますけれど」

「ご忠告どうも。けど今のやり方を変える気は一切ねぇので」

 さて、と呟きを漏らしたあと、輝夜さんは不意にブランコを止めて立ち上がった。

「わたくし、もう行きますね。あんまりここで長居していると、他の魔法少女に見つかっちまう可能性があるので」

 どのみち僕に止める権利も力もない。

 むしろ余計なトラブルに巻き込まれずに済みそうで内心安堵していると、輝夜が綺麗な笑みと共に僕をジッと見つめてきた。

「お別れの前に、あなたの名前を聞かせてもらってもいいですか? 恩人の名前を知らずに去るのもさすがに心苦しいので」

 この人にもそんな良心があるのか。

 なんて失礼な事を考えつつ、

「えっと、慎之介しんのすけです……」

 と戸惑いがちに答えた。

「慎之介、ですか。埼玉県の春日部にいそうな名前ですね」

「よく言われます」

 言われ過ぎて、もはや慣れっこレベルではある。

「では、慎之介──」

 そう艶然に微笑んで。



 輝夜さんは、さながら肩に付いたホコリを取るかのような自然な動作で、僕の頬にキスしてきた。



「────っ!?!?!?」

「これはわたくしを助けてくれたお礼と、肉まんとセットでのお礼です」

 狼狽する僕を見て楽しむように目を細めながら、輝夜さんは数歩後ろに下がる。

「ジャイアンだって、劇場版の時は良い奴になったりしやがるんですよ」

「……一年に一回しか良い奴になりませんけどね」

「ふふっ。ほんと慎之介は面白おもしれぇ奴ですね。ますます気に入りました」

 そう言って、輝夜さんはどこからともかく魔法のステッキを取り出して、ふわふわと浮き出した。

「ではでは、ごきげんよう。慎之介──♪」

 そうして、漆黒の魔法少女──輝夜さんは。



 映画のワンシーンのように、夜空の彼方へと消え去ってしまった。



 それは、秋も深まろうとしている季節。

 九月二十七日の出来事だった。




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