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 伍平の家の周りは、山間の小さな里だから、当然、市なんてものは開かれない。

 市が開かれるのは、もう少し山を下ったところにある町らしい。とはいっても、小さなものらしいけれど。

 私は、かんじきと蓑を貸してもらって、伍平と共に雪の山道を歩く。

 今日はすごく良いお天気だ。とにかく、辺りが真っ白なので、眩しい。日差しはあるんだけど、空気はすごく冷たく、頬がピリピリする感じ。

 かんじきを履いているから、埋もれにくいんだけど、時々、深いところにつっこむと、ひどいことになる。でも、面白い。抜けられなくなって、思いっきり、迷惑かけちゃうけど。

「もみじちゃんは、何歳?」

 伍平にたずねられて、私は首を傾げた。

 天界と、地上では時間の流れが違う。地上界のほうが時間の流れが速い。

 とはいえ、たぶん年の取り方はそうは違わないはずだ。

「十七歳です」

「おやまあ。じゃあ、すぐに嫁っこに出さないといけないのかな」

「え?」

 それでは、話が一番最初に戻ってしまうではないか。

「でも、せっかく子供として神さまが授けてくださったのだから、もう少し、うちにいてもらいたいなあ」

伍平の顔は申し訳なさそうだ。

「私もそうしたいです」

 だいたい、ここで嫁入りさせられたら、何しに来たのかわからない。縁談なんぞ要らないからね。

「でも、もみじちゃんは、とっても可愛いから、ちょっと心配だなあ」

 たった一晩泊まっただけなのに、伍平の顔は、まるで本当の親のようだ。

 私の両親は、私が幼い時に亡くなった。もちろん、第六天魔王の叔父がいるので、生活に不自由するなんてことは全くなかったけど、こんな風に思ってもらえるって嬉しい。

 天界の人間は、寿命が地上より長いけど、死なないわけじゃない。私たちは、どの世界にいても生死から逃れることはできないのだ。

「変な男がよってくるといけないから、あまり離れちゃいけないよ」

「はい」

 よほどの事がなければ、天界でも他人に遅れをとる事の無い私ではあるけど。まあ、今日は魔力使っちゃったし。普通の女の子らしくおとなしくしてないとだよね。

 人の集まるところで、目立つと天界の王に気づかれる可能性があるし。

 でも、光華(こうか)晦冥(かいめい)玲瓏(れいろう)の三人も、私がいなくなったら、気が変わるかもしれない。案外、誰も私の行方を捜さないという可能性もある。

 それなら、それでありがたい。だいたい、なんで私が王にならなきゃらないんだって、本当に思う。三人がどうしようもなく使えないって人間ならしょうがないけど、そんなことはない。

 妻帯が必要なら、宮中で立候補する女官は山ほどいるだろう。意味が分からない。

「見えてきたよ。あれだ」

 伍平が指をさす。眼下に集落が広がっていた。

 町だ。家と家が密集している。それほど大きいものではないだろうが、伍平の家のあたりとは全然違う。

「もっとも、見えてからが長いんだけどね」

 肩をすくめて、伍平が苦笑いする。

 ここは高台で、家の大きさからみると、まだ随分と山を下らないといけない。たしかに、ここからもそれなりに遠そうだ。

「坂がキツメだから、危ないんだ。ここからは、特に気を付けて。行こうか」

「はい」

 私は頷き、ゆっくりと山道を下り始めた。


 

 雪が降り積もった広場に、むしろを広げて、たくさんの人が商いをしている。

 町の入り口に近い河原で、人々は市を開く。

 売り子は、特に資格はなくて、場所さえ空いていれば自由にモノを売ることができるらしい。もっとも、売りあげたら、その一部の金額を役所に納めないといけないんだけど。ちなみに、細かい規定はないんだけど、盗品なんかが流れてこないように、役人が時々監視することになっているとのことだ。

 雪は積もっているけど、天気は良いから、市は賑わっていた。売っているものは、食料品から、生活雑貨まで、本当にいろいろだ。

「もみじちゃん、こっちこっち」

 伍平は市の中心から少し離れたところに、持ってきた傘をならべた。

 全部で十だから、大した量ではないけど、かさばるものだからしかたない。それに、きっとこれを作るのって、すごく時間がかかるんだろうな。

 伍平は自分の蓑をぬぐと、それを雪の上においた。

「ここにすわって」

 蓑を脱いじゃったら、寒いんじゃないだろうかって思うんだけど。

 多分、雪の上に座ると冷たいから、気を使ってくれているんだろうな。

 気温は、山道にいた時よりは高くなってはいる。

「そこは、伍平さんがすわってください」

 私も自分の蓑を脱いで、自分はその上に座った。

 竹の傘はそれほど珍しいものではないらしく、並べたら、すぐに人が買いに来るって感じでもない。

 私は、座ったまま、市を歩く人たちを観察する。

 寒いからか、意外と蓑を着て歩いて人がかなり多い。軽装なのは、この町に住んでいる人なのかも。

「おや、随分といい女じゃないか」

 ドスのきいた声が上から降ってきた。見上げると、ガラの悪い感じの男だ。

「傘は、一枚、銅貨五枚です」

 伍平が私を庇うように前に出る。

「じじいは黙ってろ。オレは、女に話をしている」

 体格はかなりいいから、おそらく腕っぷしにそれなりに自信があるのだろう。ガラは悪そうだが、身なりはそれなりに高そうなものを着ている。金回りは悪くないのだろうな、と思った。

「傘は、一枚、銅貨五枚です」

 私は伍平に安心させるように頷いてから、男に答えた。

 この程度のチンピラ、魔術を使わなくてもなんとかなるだろう。一応、王族なので、護身術はひととおり学んではいる。地上人に通じるかどうかは、謎だが多分、大丈夫だ。隙だらけだし。

「傘の話はしてない」

 男は好色そうな顔で、私をじろじろと見る。

「傘をお買い求めいただけないのなら、御用はないのでは?」

 私は丁寧に返答する。

「傘などいらん。お前が欲しい」

 にやりと、男は笑う。

「あら。この市は、人買いが許されるのですか?」

 私は真っすぐに男を睨みつけ、大きめの声で話す。当然、周囲に聞かせるためだ。

「許されるとしても、私は商品ではありません。商いと関係ないお誘いなら、なおさら、お断り申し上げます」

「なんだと、このアマ!」

 男は怒り狂って私の肩をつかもうと手を伸ばしてきた。

 私はその腕をつかむと、自分の身体を倒しながら、そのまま相手の腹に膝を入れ、投げ飛ばした。

 男の身体が宙に浮き、新雪へと突っ込む。

 ふうっと息をついて、立ち上がると、いつの間にか周囲に人垣ができていて、拍手が巻き起こった。

 伍平の目が真ん丸になっている。

「ちょっと、やりすぎちゃったかなー」

 私は思わず肩をすくめた。



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