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灰色鼠と漆黒の豹  作者: 和狸 はる
10/11

真実

ローウェルの言葉に、ミーニャは全身を震わせた。


「ミーニャ。答えて欲しい。どうして番じゃないなんて言った?僕達は一目でお互いを『番』だとわかったはずだ。君は二十八なのだろう?わからないはずはない」


 黄金色の瞳に射抜かれて、ミーニャは息を飲んだ。

嘘偽りを許さない強い意志がローウェルから感じられる。


 この日が来るのをずっと避けてきた。ローウェルがミーニャを『番』と認識した時、再びミーニャは拒絶される。それがどれだけ辛く苦しいことなのかミーニャは理解していた。

だから、ずっと逃げて逃げて逃げ続けていた。

十年経ってもミーニャは臆病な鼠だ。怖いことに立ち向かう勇気などない。

でも、もう逃れられないとミーニャは理解した。

すべてを諦め、ローウェルにバラバラに引き裂かれるのを甘んじて受け入れるしかない。


「もちろんわかっています。私もあなたに初めて会った日に『番』と認識しました」


 ローウェルの顔がパッと輝いた。その美しい笑顔にミーニャの心臓が早鐘を打つのがわかる。

どうして、そんなに嬉しそうな顔をするのか。まるで『番』に会えて嬉しい、ミーニャが『番』であることが嬉しい、そう錯覚しそうになる。


 だから、ミーニャは自らに言い聞かせるようにローウェルに尋ねた。


「ローウェルさんは言いましたよね?だ、大嫌い

・・・だって」


 最後の方はかなり声が小さくなってしまった。そうしないとまた泣いてしまいそうだ。

しかし、愛しい『番』の口からもう一度『大嫌い』と言われるくらいなら自分から言ってしまうほうがましだった。


「大嫌い?僕が『番』に?そんなこと言うはずがない」


 ローウェルは信じられないという風に目を見開いて顔をしかめた。


「でも実際にこの耳で聞きました。ちょうど十年前です。ローウェルさんに大通りで会って、『番』だと言ったら『迷惑』だって言われて・・・」


 驚いたようにローウェルはその黄金色の目を見開いた。

そして長い間何事か思案して、何かを思い出したように頭をかかえた。


「誤解だ。いや、確かに僕が言った。それは事実だから弁明の余地もない。だけど、言い訳させて欲しい。まだあの時は十七だったから君が『番』と認識出来なかった。それに、あの頃は複数の女性達から『番』だと告げられてかなり苛々していた」


 複数の女性、というところでミーニャが怪訝な顔をした。

普通獣人は一対一で番うもので、例外はないと思っていた。ローウェルは違うのだろうか。


ミーニャの表情から何を考えているのかローウェルは察したらしい。慌てて事のあらましを説明した。


それによると、あの当時ある『小説』が王都で流行していた。

それは、『黒豹獣人』と主人公の少女の恋物語で、『黒豹獣人』の少年になぜか惹かれていく少女は、ある日彼に『番』だと告げる。まだ成人前の二人だが少年も同じく少女に惹かれており、彼女の申し出を受ける。その後、様々な障害が二人を襲うが二人は力を合わせて障害を乗り越えて、晴れて成人し『番』であることを確かめ合い、めでたく結ばれるというストーリーだ。


「だから、黒豹獣人の『僕』と物語の黒豹獣人の『彼』を混同した一部の小説ファンの女性達が『番』だと告げてきた」


 最初は丁寧に対応していたローウェルだが、ある日真実を知ってしまった彼は、凄まじい嫌悪感に襲われたという。

元々、ローウェルは『番』を大切にする獣人である自分を誇りに思っていた。

昨今の若者の中には成人するまで恋人ごっこを楽しむ者もいるが、厳格な家で育ったローウェルにはまったく理解出来ないことだった。

 そんなローウェルには『番』ではないのに小説に影響されて『番』だと告げてくる少女達が薄気味悪く、同時に汚らわしく感じていた。

 

 友人達の中には面白がる者や羨ましがる者もおり、そんなこんなでローウェルの苛々は日に日に高まってついに本物の『番』であるミーニャを信用することが出来なかったのだという。


「ミーニャは知らなかったのか」


 小説はベストセラーで有名らしい。しかし、当時ミーニャは裁縫に夢中で恋愛小説など一切興味がなかった。

知っていたら、未来は変わっていただろうか。



 ミーニャにはもう一つふに落ちないことがあった。


「でも、私は十八で成人でしたよ」


「見えなかったんだ。まさか歳上だとは思わなかった。今も十八くらいかと思っていた」


 ミーニャは驚いて目を丸くした。

確かに鼠獣人は小柄で、童顔な傾向にある。それでもまさか十も下に見られていたとは。


「・・・ローウェルさんが大きすぎるんです」


 悔し紛れにミーニャはローウェルの高い背を睨みつけた。


 ローウェルとミーニャが並ぶと、確かに大人と子どものような身長差がある。

それに、ローウェルはこの十年で大人の男らしく肩幅もがっしりして、どこか大人の色気が漂っていた。


 それに比べてミーニャは色々と小さいままだ。どこがとはあえて言わないが。


 


 ミーニャは気づくと、ローウェルの腕の中にいた。

一気にミーニャの頬に熱いものが集まってくるのがわかる。


「ミーニャ、すまなかった。君を傷つけて苦しませた。それに十年ずっと一人にした。もっと早くに見つけて誤解を解くべきだった」


 ミーニャの肩に熱いものが流れた。それが何か理解して、ミーニャはローウェルを抱きしめ返した。


「私のこと、嫌いですか?この灰色の髪や黒い瞳もローウェルさんの横に並ぶと地味じゃないですか?」


 どこまでも自己評価の低い問いにローウェルはガバリとミーニャの肩に手を置いて、その黄金色の瞳でミーニャの黒い瞳を見つめた。


「そんなわけないだろ!愛してるに決まってる。その銀色の髪も僕の髪と同じ黒い瞳も愛してる」


 ミーニャの顔が林檎よりも赤く色づき、ソッとローウェルの耳に口元を寄せた。


すると、今度はローウェルの顔がミーニャと同じくらい真っ赤に色づいた。

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