漫才「ビルディング」
漫才12作品目です。どうぞよろしくお願いいたします。
「確かにこの住所で間違いないんだけどなあ。看板にも三十世紀いろはにビルディングと書かれてあるし・・・でも、この建物は平屋建てだものなあ」
ドアが開けられて、中から男性が出てきた。
「すみません、いろはにビルディングを探しているんですが、ここ以外もあるのでしょうか?」
「いえ、ここだけですよ」
「三十世紀不動産の人事部に用がありまして。いただいた書類では九階となっているんですが」
「ええ、人事部は九階にあります」
「そう・・・ですか」
「ここが十階。んで、すぐ下が九階ですわ」
「私の目には、ここは一階に見えるんですが」
「昔はね」
「は?」
「昔は一階だったんだけど、今は十階なんですわ」
「わからないんですけど・・・」
「地盤沈下で、ビルの九階から下が地下に潜っちゃったんですよ」
「はあ」
「一階は、一般のビルでいうところの地下九階にあるんです」
「理解しました」
「よかった、あなたは呑み込みが早い方ですな」
「ありがとうございます」
「この辺だけ地盤に問題があったらしくてね。自社ビルで、設計も建築も自前でやってきましたから、どこにも文句を言えませんわなあ、ははは」
「はあ」
「隣にあるビル、二十階建てに見えますでしょ」
「ええ」
「元々は百階建てで計画されていたんですよ。日本一をめざすっていうんで張り切っていたんですけどねえ」
「はあ」
「それが、建てはじめからじわじわと沈みだしましてね、端から見ていてもやばいなあとは感じていたんですけどね。造ったそばから沈んでいくんですから。で、完成時には、見える部分が三十階、残りの七十階分は地下になってしまいした。それからも沈み続けて今は二十階建てにしか見えません」
「はあ」
「地下七十階でも立派に日本一でしょうけどね。あっ、これは余談でしたな。いや失敬失敬」
「いえいえ、貴重な建築史を学ばせて頂きまして、ありがとうございます」
「差し支えなければ、私が九階にご案内しましょう。ご用件は?」
「入社試験を受けに来たんです」
「それはそれは、受かるといいですね」
「頑張ります」
「あ、帰るときには、周りの景色、よく覚えておいた方がいいですよ」
「なんでですか?」
「まだ沈んでいるんですよ」
「そうなんですか」
「この一階も来年にはあるかどうか・・・」
「え?」
「あなたが初出勤するころには、屋上しか見えなくなっているかもしれませんねえ。そうだ、地面に目印を付けておいたらいいですよ」
「建て直さないんですか?」
「うちの技術ではねえ・・・」
「よそに頼んだらどうでしょう」
「お金がないからねえ」
「そうですか」
「試験、受かるといいですね」
「はあ」
読んでいただき、どうもありがとうございます。