03
翌日の月曜になり、三人はネロル学園中等部へ向かった。
ネロル学園とは三人の通っている学校で、そしてこのコスモステーション・ネロルの主部であった。
コロニー・ネロルがこの宇宙に作られたのはCS52ともCS31とも言われ、全くの謎であった。
創設者の名はネロル・ロビンソン。
年齢は不詳で、その他家族構成など身元に関わることは一切不明である。
白髪頭に自分の瞳の色と合わせた赤いメッシュを入れており、ふくよかでパワフルなおばあさんである。
コロニーと共に作ったネロル合唱団で、今ではコスモを賑わす注目の実力派指揮者だった。
そしてこのネロル合唱団は全寮制というもので、コロニーにはネロル合唱団第一、二、三、四隊の宿舎と、少年隊一、二、三隊の宿舎や、その団員たちも通うネロル学園に、その職員達の宿舎などが高層ビルとなり立ち並んでいた。
もちろん、街としての機能も充実しており、ネロル学園には合唱団に所属していない生徒も大勢いる。
ビル間は無数のループで移動できるようになっているが、スムーズすぎるせいか酔ってしまう者が続出し、滅多なことでは皆あまり使わず、荷物運搬の滑り台を、ローラーシューズやボードで移動する生徒がほとんどだった。
団員は学園の終了後、各々の練習室に赴き、そこで合唱の指導を受けるという日々を送っている。
◇
ヒロキとアタリとエステルの3人が教室に入ると、もう席の7割は埋まっていた。
「あ、アタリ達、おはよー。メール見たよ。試験があるんだって?」
「よかったぁ。ちゃんとみんなの所に届いたみたいー。私うまく送信できたか自信なかったのぉ」
クラスメイトにアタリが応えながら、手のひらサイズのパームPCを取り出す。
アタリのパームPCはカップケーキのデコレーションを中心にカットストーンやラメで立体的に飾られている。
自分のパームPCをデコるのは大体のものがやっているが、ヒロキはシルバーの本体そのものにカバーすらかけずに持ち歩いている。
エステルのパームPCは彼女の手により魔改造が行われ、スペックが異常に上がっているが、明るい黄色の保護カバーを付けている。
「アタリの機械オンチはいったいいつになったら治るのかしらね」
エステルの言葉に、えへへと笑って誤魔化し、アタリは授業の邪魔にならないよう天然パーマの髪を一つにまとめ、ノートPCをスクールバッグから取り出す。
あ、と声を出しエステルの方を見る。
「また間違えたの?」
エステルがアタリの手元を覗き込む。
アタリはピンクのノートタブレットを出し、眉をへにょんと下げている。
「同じピンクだから勘違いしちゃったよぅ」
どっちもピンクにするからいけないんでしょう、とエステルがため息をつく。
アタリはかなりそそっかしく、物忘れ、勘違いの常習犯だ。
今日もまたちらりと舌を出して、「やっちゃった」と、エステルに笑顔を向ける。
少しおっちょこちょいではあるが、アタリは基本的に前向きな性格なのだ。
「かして。部屋に置いてきたノートPCと同期してあげるから」
エステルはアタリからノートタブレットを受け取ると、アタリにパスワードを聞きもせずすいすい作業を始め、ものの数十秒でアタリに返した。
授業や練習のない日は、もっぱら研究棟に入り浸って、珍妙なアイテムを作っているエステルには、ノートタブレットの暗号ロックなどものともしないのだ。
「おはよう、ヒロキ! 一週間後だって?」
別のクラスメイトが話しかけてくる。
「ねえねえ聞いた? シン先生たらね、第一隊が出るのに、どうしてうちの第二隊が出られないんだって、強引に第二隊の分も出場権もぎ取っちゃったらしいのよ」
また別のクラスメイトが言う。
内部事情というのは全く漏れやすく、かつ伝わり安いものだと、エステルはつくづく思った。
それにしても、この子たちはそんな情報をいったいどこから仕入れてくるのやら。
「そういえばシン先生は第一隊にかなりの対抗意識を持っていたようだが」
ヒロキが言うと、そうそうと皆が首を縦に振った。
「あそこまで憎々しさ剥き出しだと逆に小気味いいわね」
「ホントにねぇ」
エステルにアタリが同意し苦笑が起こる。
丁度その時始業ベルが鳴り皆はわらわらと各自の席に戻っていった。
◇
授業を終えた生徒たちは、次々と自分の教室を後にしていく。
直接練習室に向かう者も有れば、自分の宿舎に戻る者もいた。
合唱の練習は、制服私服どちらでも可だからだ。
ヒロキたち3人はは、着替えと休憩を兼ねて宿舎に戻った。
「そうそう、昨日焼いたクッキーがあるの。食べよぉ?」
アタリは部屋に入るなり、ピンクのローラーシューズを脱ぎ捨て、ぱたぱたとミニキッチンに走った。
「菓子は逃げない。少し落ち着け」
いつもハイテンションなアタリにヒロキが声をかける。
「それを言うならヒロキは落ち着き過ぎね。私が一番ノーマルってトコかしら」
ほほほと笑うエステルを見、ヒロキとアタリは「エステルが一番アブナイよねぇ」「マッドサイエンティストと言うヤツだな」と囁き合っていた。
「そう言えば、私も研究棟で変な噂聞いちゃったのよね」
自分のことを言われているとは気づかず、エステルは二人に向かって話を切り出す。
「変な噂ぁ?」
「そう。何かね、ネロルの先生に引き抜きがかかってるって噂なんだけど」
「引き抜きぃ?」
「誰にだ?」
「それが分かんないんだけど、引き抜きをかけてるのが、どうもパッタ合唱団らしいのよ」
「パッタ合唱団!?」
アタリはいつになく速く反応した。(←失礼だわぁ!)
パッタ合唱団とは、正式にはパッタルポロ合唱団と言い、ネロル合唱団と肩を並べるライバル合唱団だ。
勝つためには手段を選ばない方針のこの合唱団は、度々汚い手を遣ってくるのだ。
「何か嫌な雲行きだな」
ヒロキがぼそっと言うと、そうね、とエステルも頷く。
「やだ、時間よ。仕度しなくちゃ」
エステルはソファーから立ち上がり、ばさばさと制服を脱いでいく。
普段は上に白衣を羽織っているから気づかないが、エステルの服の趣味は過激だ。
体の線のばっちり出る、ボディコンシャスな服を愛用している。
それに似合うメリハリの利いた体をしているのだが、歳が歳だ。
14歳には全く見えない。
3人はライトグリーンの作務衣を着込んだ。
私服でも良い練習だが、ネロルの作務衣は動きやすく楽だからだ。
作務衣と言ってもそれは「つなぎ」ではなく、ジャンパーとスウェットかスパッツという物であり、ネロル学園の者なら誰でも、制服と共に持っている。
制服は作務衣と違い灰青色のジャケットに、濃紺のスカートかパンツのどちらかを着用することになっている。
可愛いものが好きなアタリはいつもスカートで、実用一辺倒のヒロキはパンツ、エステルは気分によって両方を使い分けていた。
「クッキー包んじゃうね。向こうでつまもぅー」
「ありがと。でもその前にあんたは着替えなさい。一番仕度遅いんだから」
そんなこと無いもん、と反論するが現時点で着替え終わってないのはアタリだけだった。
ひょいとヒロキがアタリからクッキーのかごを取り上げ、クッキーを袋に移しだす。
「ほら、急いで」
「むぅーっ」
エステルが言うとアタリも膨れながらも急いでライトグリーンの作務衣に着替え始めた。