02
『第二隊パート長のクラプティカ・エステルマインド、当道・カモネム、楢代尋己。以上三名は至急、教員棟四階402、シン教諭の専用ルームに集合しなさい。繰り返します。第二隊パート長の……』
室内放送のスイッチを切ってもエコーがかった音が続く。
廊下でも放送がかかっているようだ。
ヒロキは面倒くさげに手元にあったリモコンを台の上に放り投げた。
お気に入りの青いソファーの上で、ううんと伸びをする。
「今日は日曜なのに、何の用だというんだ」
投げた衝撃でリモコンのスイッチが入り空調が点き、クーラーの冷たい風が音もなく吹き出す。
風に煽られ、ヒロキの肩まである艶のある黒髪がさらさらと後ろになびいた。
ネイビーのタンクトップから覗く首や腕は驚くほど白く、浮き上がって見える。
全体的にほっそりした和風美少女だ。
「リモコン壊れちゃうよぉ。もう、エステルどうしよぉ。まだ研究棟から帰ってきてないのに」
アタリはソファーからぴょんと飛び降りると、リモコンを裏返したりして壊れてないかを確かめた。
ついでにボタンを押して空調を切る。
亜麻色で天然パーマのアタリの髪も、冷風の動力を失い、ふわふわ漂っていたのがまた元に落ち着いた。
小柄でぽっちゃりした頬を少し赤らめて、桃色のリボンのついた袖から覗く二の腕をさする。
「風力最大になってたよ。ヒロキ寒くなかったぁ?」
「寒くなったら上着を着ればいいことだ」
「……。何かずれてる気がするわぁ。まあ、いいけど」
ヒロキは外見と違い、中身は大和撫子ならぬ大和魂あふれる何とも男らしい少女なのだ。
今も愛読書である『闘魂!格闘技』を片手に柔らかいソファーに寝そべっている。
向かいのソファに座るアタリも共に読書をしていたが、読んでいる本は『美味しいお菓子100選』と、全く正反対である。
しかし二人は仲のいいルームメイトであった。
正確にはここは三人部屋なのだが。
「ところでエステルは研究室だったよな。放送は聞こえ――」
「アタリ、ヒロキ居る?!」
たのだろうか? と続けようとしたヒロキを遮る声と共に、ロック解除の音とともにシュン、と自動扉が開いた。
褐色の肌に細かく巻かれたブロンドの白衣姿の少女が飛び込んでくる。
「おかえりぃー! エステル!」
「よかった、間に合ったみたいね」
エステルは手早く白衣を脱ぎ捨てると、制服の上着を羽織った。
白衣の下の私服はかなり露出の高いワンピースだったが、スカートの部分を素早く切り離し制服のスカートを履く。
「さ、行きましょ」
エステルはくるりと二人の方を向いた。
「……」
無言で二人を見つめる。
ヒロキはタンクトップにブルージーンズ。
アタリはフリルとリボンのワンピースを着て、2人の手には本が握られ、ゆったりとソファーの上でくつろいでいる。
「……」
「え、えへ」
ヒロキは明後日の方向を見、アタリはちろりと舌を出した。
「こらー! ぼんやりしてないで放送があったらすぐ支度をする! もう、五秒で準備!!」
エステルが言うと、アタリはきゃわきゃわと制服に着替えだした。
ヒロキは寡黙にそのまま今の服に制服を重ね着しようとした。
上はいいがパンツまでジーンズの上から履こうとするので、それにはエステルから教育的指導が入った。
◇
シン先生の専用個室に辿り着き、三人は神妙な面もちでベルを押した。
シュンっと扉が開くと、奥のソファーにやけに目つきの鋭い黒髪の男が足を組んで座っている。
「入れ」
三人は言われるままに進み入る。
そのまま座るよう促され、シンの向かいのソファーにアタリを真ん中に挟み、三人並んで腰を下ろす。
三人はどうも居心地が悪かった。
このシンは三人の第二隊の担任(指揮者)なのだが、その鋭い眼と口調と容赦のない性格のせいで、ナカラ合唱団に所属する生徒の大半は彼のことを恐れていた。
そして三人も類に漏れず、あまり物事に頓着しないヒロキでさえ、この男の事は苦手としていた。
「あの、シン先生。一体何の御用で?」
リーダー気質のエステルがまず話を切り出した。
アタリは緊張のためか、忙しなく足をぶらつかせている。
シンはふんっと口の端で笑った。
これもはっきり言って凶悪な笑いとしか見えず、なまじ顔の造作がいいものだから、益々迫力大になってしまう。
「今度コロニー・ウィーンで合唱コンクールがあるのは知ってるな?」
「はい、知っていますが」
表してエステルがシンに応える。
年に一度、音楽の祭典と称してオーケストラ、弦楽奏、アカペラなどの様々な音楽の最高ランクのコンクールがまとめて行われる。
その開催地がコロニー・ウィーンであり、このコロニーは音楽の星として、全宇宙の音楽家たちにとって憧れの星だった。
この時期になると毎年行われるのだが、合唱の部でネロル合唱団も毎年出場を決めている。
「私たちも出ることになった」
「「「は?」」」
三人は揃って間の抜けた声を返す。
「ちっ、物分かりの悪い奴らめ。それで三十人しか出場できないから試験をするぞ。来週の金曜だ。各パートに伝えておけ」
シンは苛立たしげに眉間に皺を寄せると、まるで吐き捨てるように言った。
後は用がないとでも言うように手をしっしと振る。
いくら何でもあんまりだと思いつつ、三人はそれ以上の驚きに反応を返せずにいた。
「先生ぇ、出場するのは第一隊だけじゃなかったんですかぁ」
アタリが独特のゆっくりしたトーンで問う。
シンは心底嫌そうな顔をしてアタリを見た。
「二隊も出場できるようにしたんだ。これで終わりだ」
今度こそ本当に会話は終了したと言うふうに、シンは話を打ち切った。
三人はまるでほっぽり出されるように私室を追い出され、アタリは閉じる自動扉にべぇと舌を出した。
「せっかくのお休みだったのにぃー、急に呼び出しといて酷いんじゃなぁい!?」
「まあ、でも、びっくりよね。コンクールにでれるなんて」
文句を言いつつもアタリの顔も口元がゆるんでいる。
「そうだな。普通は代表の第一隊しか出られないからな」
三人はにこりと顔を見合わせると、やった!と手をぱちんと叩き合わせた。
「「「夢にまで見たコロニー・ウィーンだ!!!」」」