九話 野心と保身
ステンドグラスへ光が乱反射するように、無数のネオンが天を照らし上げる。
淫蕩な光の群れに囲まれて、十八号ドームの中心に自己主張を極めるのは巨大なコロッセオである。ネオンがきらめかしく集中し、重厚な正面ゲートからは熱気に狂った歓声が絶え間なく漏れている。
その満天の星空を投影したような壮麗たる輝きはまさしく栄華を極めたるといった風で、この十八号ドームにおいて象徴とさえ形容できるものだった。
コレを始めて目にした者に聞いてみたなら、誰もが口を揃えて、あの闘技場こそが街の中枢、あれを支配する者こそが、まさしく都市の頂点、とでも答えそうなくらいに。
だが、それはあくまでも見せかけに過ぎないものだ。
この暴力と退廃が蔓延する都市において、真に中心足る場所は別にある。あの古めかしくもきらびやかで、鮮やかな闘技場を隠れ蓑にして暗躍する、もっと恐ろしくて、背徳的な──怪物めいた支配者が存在することは、監獄の住人たる彼らは誰もが知っていることである。
ブッチャー・オールマン。暴力を背景にして、地球の支配者を気取る組織──オールマン・カンパニーが首魁。表側、宇宙から仕入れた物資を地球へと輸入する、という卸売業者のようなことをしているが、その実態は暴力組織と大して変わることがない。
例えば、十八号ドームに限らず、ドーム型都市は一種のアーコロジーであるため、最低限の自給自足は賄えているのだが、これが本当に最低限なのだ。食というのも栄養価ばかりを気にした味気ないもので、嗜好品のたぐいなどは、簡単に手に出来るものではない。
だからこそ、バトリング競技は人気がある。もちろん、オールマン・カンパニーの支配下であるとか関係なしにだ。人は娯楽無くして生きられない、それを証明するがごとく。
つまるところ、オールマンの手口というのは、そう言う人の性という奴に付け込んで、宇宙から仕入れたものに、法外な値をつけては小売店へ売り渡し、セキュリティ・サービスと銘打った私設武装集団を使っては武力を背景にして湧き出る不満や反発を力づくで押し殺す、というものである。
最近ではブースターとかいう怪しげな薬を売りに出し、荒稼ぎをしているという噂もあるが──。
ともあれ、オールマン・カンパニーの拠点となるドーム都市は地球上にいくつかあって、その本部はここ、十八号ドームに所在するのだ。北西部に位置する、巨大なビルディングがソレである。
☆
「──〝ドクトル〟のオモチャ連中ですが、星間連邦の横やりが入って、壊滅させられたとのことです」
「……フゥン? アレをねェ。ただの人間がどうこうできる代物とは思ってもみなかったけど……。所詮は〝試作〟に過ぎないってことだったのかなァ」
「いえ。ソレについてですが、どうも〝旧型〟が加勢したそうで」
「ハァン? ……棄てられて早々にご苦労なことだ、それは。まったく、尻の軽いことだよ、まさか別の飼い主をさっさと見繕って、そっちにケツを振っちまうなんてさァ。とんだ忠犬もいたもんだねェ」
光の薄い一室で、部屋の雰囲気に負けず劣らずの陰鬱な声が会話をする。悪意を煮詰めたようなドス黒い声と、人としての感情をどこか遠くに置き去ったような、冷淡な声だ。
ろうそく型のLEDのうっすらと灯す光を頼りとするソコは、全体的に見て貴族趣味というか、成金趣味な一室であった。天井には巨大なシャンデリアが吊られているが、光は点いていない。
大理石調のテーブルを挟んで、二人の男女が会食をしている。
いくつも設置された豪奢な造りの椅子の数々や、カウンター・テーブルを模した家具、劇場風のステージなどがあり、場所の雰囲気としては、カフェテリアやBARなどが近しいだろうか。贅を凝らした豪奢なラウンジ・ルームである。
ネズミ顔の小男──オールマンは木苺とベリーのタルトを優雅にフォークで切り分けると、やや野性味のある仕草で口内へと放り込む。
無音に近しい室内には、苛立つような咀嚼音がムチャムチャと響いた。
「……〝ドクトル〟の提唱するところが真実とするならば、彼らごときに〝アレ〟を御せるとも思えませんが──」
「あくまでも真実ならば、だ。狂人が喚き散らすだけの妄言なんて、鵜呑みに出来たもんじゃない。現にほら、あの〝機械部品〟は星間連邦に回収されてしまっただろ?」
そして小馬鹿にしたような笑みをクツクツと漏らす。どうやら他人の失敗が嬉しくてしょうがないらしい。その悪辣な笑みには、先ほどまでの不機嫌を上塗りするほどの愉悦が含まれており、ブッチャー・オールマンという男の底意地の悪さを露呈させてならないものだった。
だが、常人ならば生理的嫌悪感を抱かずにはいられないその悪辣さを見てもなお、対峙するその人物は眉一つ動かさない。
「早ければ明日にでも催促の通信が入ると思われますが」
「もちろん、面白くはないがね、そんなもの。……だが例の〝治験〟、データは取れているんだろう?」
「抜かりなく。トム・フランツはよいモルモットになったようで」
「なら、送っておいてねェ。向こうにもある程度は情報が行ってるだろうけど──あの狂人ならさァ、二週間は夢中になって我を忘れてくれるだろうよ」
「承知しました」
オールマンに対峙する人物──人形めいた美貌の女性は、温もりのない表情、そのままの反応を返す。
口調ばかりは辛うじて慇懃なものだが、態度に敬意というものは感じられない。会釈かもわからないくらいに浅い頷きしかしないのだ。
だが、ともすれば不敬ともとれる態度にオールマンは気にした素振りも見せない。野心の炎が揺らめく
瞳を、ただ一層に恐ろしくギラつかせるばかりなのである。
「しかし、これって降って湧いた幸運って奴だよねェ……。今、上手く立ち回ることができれば、あの狂人に恩を売ることだって出来る……〝ドクトル〟風に言うならば、〝選ばれてる〟って奴だよねェ」
「では──?」
「焦っちゃあいけないよ。まずは静観だ。下手に欲を張ってしっぺ返しを食らうことほどつまらないものは無いしさァ。……ただし、くれぐれも監視は厳重に頼むよ。好機は必ずやってくるだろうから、準備は入念にねェ」
「仰せの通りに」
浅くこうべを垂れる女性を見やり、オールマンは満足そうに頷いた。
──そう、機械部品を護送するという計画は思わぬ形で頓挫した。となれば、〝ドクトル〟から門違いの催促が来るだろうことは想像に難くない。オールマンにとってそれは面白くないことである。
だがすべて考え方一つというものだ。
ブッチャー・オールマンを疎んじる勢力は多いというのは有名な話である。当の本人たるオールマンも認めるところでさえあった。
例えば、反オールマン派の武装集団を始め、面従腹背の人材派遣組織の連中。同じ穴のムジナたる商人共など、今この瞬間にも多数の勢力から命を狙われ、さらには単なる一分隊に過ぎないとはいえ、星間連邦さえ敵に回ろうとさえしている。
しかし、それでも彼がこうして余裕を保っていられるのは、バック・ボーンの巨大さがあるからだ。他星の商人と繋がり然り。それも、莫大な財力に物を言わせた太いパイプである。
暴論かつ極論だが、ABの数や質がそのまま勢力の強さを決定するというのは紛れもない事実なので、つまりは、ヴァルムやネリオルⅡなどの強力なABを無数に有するオールマン・カンパニーは地球最大の勢力といっても間違いはない。
──だが、それで満足が出来るオールマンではない。足りないのだ。
全ては、力のため。名声であり、財力のためだ。
たかだか辺境の惑星一つ手に入れたところで、オールマンの野心は満たされない。渇望にも似た自尊心が目指すところは宇宙──、たかが惑星の一つや二つではない、暗く静謐なる無間の闇、それを照らす無数の星々すべからく欲するのである。
望みを叶えるために必要なのは、強靭な兵隊と強力な武器。武器に関しては金に飽かせばどうとでもなるが、精強な兵士というのは難しい。ソコへ天啓のごとく舞い降りたのが、恐るべき兵士を産み落とすかの男であった。〝ドクトル〟とはまさに、オールマンにとってはうってつけの武器の供給源なのだ。
ともあれ、〝ドクトル〟との同盟に基づき、やるべきことはやった。その上で失敗の責を問われ、尻ぬぐいをさせられるというのは、紛れもなく貧乏クジなのだが、全て立ち回り一つ、それだけであの驕慢な男へ恩を売る絶好の機会とできる。
明日の勇躍に向けて思いを馳せ、如何にして狂人を言い包めてみようかと、ブッチャー・オールマンはいびつな笑みを面貌へ張り付けたのだった。
☆
「──以上、聴取した内容をまとめると、こうなりますねー。
まずですが、オールマン・カンパニーの構成員と思われた彼らですね、金で雇われただけの傭兵らしいです。真偽はちょっとわからないですけど、まあ状況証拠的に信じてもいいんじゃないでしょうか。黒いのに攻撃されてましたし。
……で、ですね、彼らが言うには、どうも、利用価値がなくなったとかで彼女──フィーアちゃんのことですね、あの子を消せって依頼されたらしいです。……地球じゃよくある話らしいですよ、こういうの。物騒でまったく、やんなっちゃいますよねー」
「トカゲの尻尾切りみたいなのは星間連邦でも日常茶飯事だろうよ。第十三独立戦隊なんぞ、その最たるもんだしな」
──アーケロンのブリーフィング・ルームには、十数人ほどの士官が集まっている。
二つある出入り口の内、船尾側からみて最奥部に当たる場所に、大型のスクリーンが設置されている。そこを背にした女性が、ふんわりとした容姿に違わぬ、ゆるりとした声、場の緊張感から浮きまくりのすっとぼけた口調で話すのは、先だっての戦闘で保護した三人の参考人のことだ。紫色のヴァルムに乗っていた者達である。
彼女達──アーケロンのクルーへ与えられた指令とは、地球における治安活動である。非武装化に従わない地球のゴロツキどもを弾圧して来いと命じられた。
地球が無政府状態の無法地帯と化しているのは公然の事実で、暗黙の了解となっていたことなのだが、ここに来てそれを命じてくるというのは、コウドニセイジテキナモンダイという奴なのだ。派閥違いの中将から横やりを入れられたと聞いている。
とはいえ、任務内容は差し当たって特に何をしろというものではなく、明け透けかつ、悪意的に受け取った言い方をすれば、左遷ということになる。
しかし閑職に追いやられたにしては、室内に満ちる緊張感はまるで油断ならない状況を前にしたようなものである。それには理由があった。それというのも、先の戦場──不意の遭遇戦で、がらりと状況が変わったのだ。
クルーの懸念としては黒く塗装されたヴァルム──特にパイロットの方が、尋常ではなかったということだ。そして、そういう組み合わせの特徴というのは、彼ら第十三独立戦隊・第二分隊全員にとある人物を思い起こさせた。それはコードネーム・マッドマン。のっぴきならない危険人物にして、因縁浅からぬ手合いである。
ゆえに、どこの所属か、オールマン・カンパニーとはどんな関係か──。探りを入れてみたくなるのも無理からぬというものだった。
「おっしゃる通りですねぇ、あはは~。
──と。話が逸れちゃったんで戻しますけど、依頼の話ですね。
どうも、いきなり街一番の腕前を襲えって言われても、はいわかりました、なんて物好きや楽観主義はいなかったみたいで、ここらで一悶着あったらしいです。ダニー君達も、人材派遣組織とやらから仕事が回って来た時は流石に疑ってかかったそうですが、結局やり込められちゃったみたいですねぇ」
「ABについては? 一介の傭兵ごときが入手できるほど、ヴァルムは安いもんじゃないはずだが」
「カモフラージュにどうぞ、って貸与されたものらしいです。あと、手付金だかって、随分な額のお金も渡されていたみたいで」
「そこまで手間をかけられたってことは、単なる捨て駒じゃあなかったってことか……? いや、しかしな……。黒いABについてはどうだった? 何か詳しいことを知ってる奴はいたか?」
「詮索は固く禁じられてたみたいですね。任務についての詳細はもちろん、協同相手についての詳細も傭兵さん達には一切知らされてなかったらしいです。特に、黒いABについてはもしもの保険なんだとか、そんな建前で半ば強引に押し切られたとか……」
ゆるフワ系の女性──フレデリカ・マッケンジー中尉は、困ったように頬へ手を当てそう語った。
聴取の結果、まったく何一つとして情報を手に入れられなかったというわけではなかったのだが、多くは必要のない──言ってしまえば無駄なものだ。
イマイチ手応えを得られなかったことに責任を感じてか、浅くうなだれるマッケンジーへ、黒髪に黒い瞳、浅黒く日焼けした肌色の東洋人──カズマ・ヤマノウチ少佐は気にするなとだけ言ってかぶりを振った。
何だかんだといっても、ああやって切り捨てられている以上は捨て駒には違いがない。それがわかっている以上は、こういう事態を考えていないわけではなかった。
期待をしているわけではないが、当てはもう一つあるわけだし。
「セシリオ、そっちはどうだった」
ヤマノウチの視線に促されて、貴公子然とした男性──セシリオ・ランベルト中尉はスックと勢いをつけて立ち上がる。そして胸に手をやって、ふっ、と吐息を一つ吐き出し、冷然とした声の調子で話を切り出した。
「──こちらも似たようなものです、首領。目新しい情報はありません。少女の態度は至って協力的でしたが、傭兵の彼ら以上に情報を持ってはいないようでした。虚偽を申し立てている可能性もありますが……ワザワザ自分を棄てた相手に義理立てをするマヌケもいないでしょう」
「…………フーム」
「首領、何か心当たりがおありのようですな?」
腕を組んで黙考するヤマノウチに、半ば確信的な声がかかる。低く艶がかった声だ。かかる声に視線を向けると、その先にはどうにもくたびれた男性がいる。カークス・ハミルトン大尉である。
聞きようによっては案じているようにも思える声音に、いや、と反射的に否定を返そうとして、開いた口そのままに止まった。それから一拍ほどの間を置いて、
「ム……あー、一応だがな。引っかかるもあるが──どんなものかな」
と迷うような素振りを見せる。ヤマノウチ自身にも確信の持てないことだったからだ。
「というと?」
「フィーアのことだ。戦闘記録を見た限りだが──一つ──いや、二つだな。変に思うことがあってよ」
「戦闘記録……。そういえば確か……ドズールで大立ち回りをしたんでしたよね、ヴァルムを、ええと──十五機も墜としたんでしたっけ」
「馬鹿げた話だろ?」
指折り数える仕草のマッケンジーへ、苦笑交じりにヤマノウチが断じる。極々一部分の例外がないというわけではないが、事実、フィーアが何でもないことのようにやってみせたソレは、一般的には自殺行為とされる馬鹿げた行いである。
現行のABの特徴として、機動力こそが尊ばれているということがある。
拠点制圧のために、破壊力や殲滅力を突き詰めたものや、大前提として兵器であるわけだから、生産性や継戦力、整備性に汎用性なんかを気にしたような機体もメーカーからは幾つも提案されてはいる。
例えば、ヤマノウチの乗機〝ドン・クラーケン〟なども、そうした一つで、これは制圧力を重要視して骨組みされたABを更に特化させた一点ものである。だが、世の中の流行りで言えば、機動性を重視したABの方こそ圧倒的に需要が高い。速さこそが大事なのだ。
一にも二にも機動性。
とにかく軽く、とにかく速く。小回りが利いて、瞬発力、Gの軽減力に優れた──ゼニードなどはいい例だろうか。極限まで装甲、武装をオミットし、機動性、運動性を確保する。もちろん、速くすればするだけ人の身に負担はかかるので、コクピット回りに金をかけていて、専用の対Gスーツまでついているこだわりぶりである。
ヴァルムは、そういう機動性至上主義の思想がはびこる中で、とかく整備性や汎用性を重視した設計思想をもって、星間連邦に正式採用された貴重なモデルである。
カスタマイズ性を優先しすぎ、メイン・スラスターが脚部に集中した結果、関節部を切り詰めることになった。そのせいでヴァルムの性能を十全に活かそうと思った場合には、操作性にやや難があるのだが、一号機がロール・アウトしてから五年ほども経過する現在においてさえ、十分に一線級として通じるという名機であることは間違いない。
対してドズールだが、これはある意味での試作機に近しい設計思想である。
プロメテウス・エンジンを初めて搭載した量産型のAB──という謳い文句が示す通り、データの蓄積を期待して設計されている部分がある。早い話が、ABの性能たる骨組みが甘いのである。
ロール・アウト当時は埒外の出力に任せての活躍もしたのだろうが、今や兵器のほぼすべてはプロメテウス・エンジンで稼働しているのだから、性能を決定づけるのはダイレクトに反映された兵器自身のポテンシャルに過ぎない。
──つまり、常識的な見地に則って言えば、ドズールでヴァルムを撃破するというのは限りなく不可能に近しい話、という結論になる。多少の型遅れならともかく、百年なのだ。
RPGなどで例えるならば、能力が99のキャラクターと、999のキャラクターが戦いをするようなものである。もちろん、パフやデパフ、状態異常など駆使すれば、単純な能力以上の戦いをすることが出来るのが戦略というものだが、能力の差が十倍以上もあれば、単純に戦いにはならないのではないだろうか。
加え、それら格上を二十も相手にせねばならないとなれば、理不尽とも言っていい。もはや、操縦者の技量がどうこうとか、そういう次元の話ではなくなっている。
「ありゃあ確かに、曲芸師もかくやって感じで……あんなもの、マトモな神経をした人がやることじゃありませんなぁ。命がかかっているわけですし」
「確か、傭兵共の話じゃ、バトリングのチャンプを張ってたんだっけか、フィーアは。……それで納得できる程度の平凡な腕前ってわけでもねえが。
最後の一撃にしてもそうだったが……ホーミング・アンカーで拘束してた奴が、ああも見事に反撃を挟み込んできたことも異常だが、ソレをあのタイミングで回避できるのも普通じゃねえ」
「首領は、あの娘にこちらの理解を超えた何かがあると考えて?」
「なんなら、八百長を疑うような案件なんだがな。だが、芝居にしても難度が高いことを仕出かしてる以上は、オカルトを見たって方がまだ精神衛生上はマシなくらいだ」
ハミルトンへとかぶりを振りながら、ヤマノウチは言う。だが、そうは言っても納得のしきれる理屈というわけでもなく、彼は当てもないことを思案するように瞑目する。
数拍の後、やがて諦めたように息を吐いた。
「……まあいい。現時点じゃあ、何を言ったって憶測に過ぎねえことだからな。……とはいえ、用心はするに越したことはねえから──そうだな、カウフマン准尉を監視につかせてみろ。あいつなら上手くやるだろ、色々と」
「──少女が絆されるより先に下船を願い出た場合は?」
「躱せ、のらりくらりとな。本人に自覚があろうが、なかろうが──数少ねえ手掛かりには違いねぇんだ。気になることもある。……それに、アレだけの腕だ。このまま腐らせておくのも、もったいねえだろ」
「──了解、直ちに准尉へ命じます」
ランベルト中尉はやや気取った仕草で頷きを返す。
そこで議題は一つ収束したが、あくまでも一つである。まだまだ話すこと、疑わねばならないことは山ほどあった。差し当たっては、手掛かりの一つでもある、オールマン勢力の調査をする人員の整備と、それから生きるためや戦うために必要な物資補給の目処をたてねばなくては。
(しかし……。どうにも引っかかる)
正直なところ、地球の軍事力というのを侮っていたのは事実だった。いかに治外法権、無秩序とはいえ、星間連邦を脅かすほどの力はないと決めてかかっていたのだ。
地球は見捨てられた星であり、そこに住まう者は宇宙に適応できない不適格者か、ろくでなし。あるいはとんでもない貧乏人であるというのが、星間連邦に属する者の見解であった。それがどうだ、現行機であるヴァルムを使い捨てと思われる傭兵ごときにポンと手渡す財力。
オールマン・カンパニーなぞは、戦争となれば無論、星間連邦の国力に敵うべくもない。が、あのマッドマンの兵隊に酷似した黒い機体達……アレは一体何なのだ? 何を目的として地球に赴き、あの傭兵共に攻撃を仕掛けた? 嫌な胸騒ぎがヤマノウチを責め立てていた。
取り急ぎ状況を知らせ、増援の打診を軍にするべきだろう。
(とはいっても、望みは薄いだろうが……十三独立戦隊は基本的に厄介者の扱いだからな。戦争を知らんインテリどもは、現場の深刻さをいつだって理解しやがらねえ。……しかも、頼りのバーツにしてみても、今は別件で手が離せねえときた。だが……奴らの危険性を思えば、やらねえわけにもいかない)
上司にして、軍学校時代の同期である男を思い浮かべる。
ヤマノウチは上司に嫌われて出世ができなかった口だが、マクシミリアン・バーツ准将は器用に人外魔境を渡り、第十三独立戦隊という力を手にした。しかし、気苦労も多いのだ。よく愚痴を聞かされるヤマノウチはそのことを誰よりも理解していた。
それを思えば、今はアコギなことだとしても、やるべきなのだ。
(どうであれ、あんな小娘を戦場に駆り出さなきゃならないとはな……。ちくしょうめ、弾圧なんぞで済みそうにはないぞ、今回は。貧乏くじは慣れたもんだが、その渦中にガキを突っ込まなきゃならんとなれば、ロクでもなさが段違いだ)
嘆息を一つ落として、次の報告を聞く。
〝オールマン・カンパニーとの敵対〟。その方針がヤマノウチによってクルーに告げられたのは、それから数日後のことである