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五話 罠

『───つい先日、ケレス近海で哨戒機と思われる不審なABを観測したと報告が入ったが』


スピーカーを通して部屋に反響するその声は、枯れたものだった。

壮年に差し掛かった男の声である。幾つもの人生を押しのけ、蹴落とし、あるいは潰してさえしてきた人間特有の、老獪で冷たい声音。


 そこは会議室を模したような、暗く埃っぽい一室である。しかし、部屋の雰囲気として中世期のヨーロッパを模したような古式ゆかしい雰囲気がある割、調度品類などは存外に近代的な風で、チグハグな印象を受ける。

 部屋の中央には長大な円卓があり、大型のモニターも設置されている。そのいくつかに分割された画面がSOUND・ONLYとだけ表示して、うっすらと光りを放った。


『──フン。ケレスとは……辺境だな。どうせまた、社会であぶれたロクデナシの傭兵どもが騒ぎを起こしているんだろう。ワザワザ通信を繋げてまで話す価値があることとも思えんな』

『……急くなよ、カール。本当にソレであったなら、話になど出さんさ。……調べてみたがな、例のAB、の息が掛かったものとわかった』

『……ならばどうする。アレを今失う意味、分からぬ貴様でもあるまい?』


 バッサリと切り捨てるような老爺らしき声だ。壮年の男らしい低く、ひび割れた声。壮年の男がその威厳に怯むことなく返して、また老爺が不機嫌な声を出す。

 老爺は憮然とした調子こそ装ってはいるが、その実、ポーズに過ぎないことはその会合に参加するものならば周知のことだった。


 くだんの〝彼〟とは、星間連邦において、コードネーム・マッドマンと呼称される犯罪者のことだ。数年前、とある物品を強奪し、未だ逃走を続ける重要参考人である。

 極めて危険な思想を持ち、また、一個人としては埒外な武力背景を持つことから、腰の重い連邦軍も血眼になって探さざるを得ない人物なのだが、今この場における者達にとっては、別の意味で重要視されるものである。


『わかってるとも。わかっているからこそ、どうにか誤魔化そうとはしているが……。ただ、マクシミリアン・バーツ准将が存外に強情でね。討伐のために部隊を差し向けるべきと言って聞かん』

『……例の〝鼻つまみ者戦隊〟の司令か。戦争が終わっても血の味を忘れられない狂犬どもが、どうあってもを捌け口を求めていると見える』

『〝第十三独立戦隊〟だよ、カール。

 いささかばかり血の気が多いのは認めるがね。それ以上に優秀さ、彼らは。……もっとも、軍人としてどうか、を除けばになることだが。──まあ、面倒ばかり起こしてくれる部分も、そういう物だと思ってしまえば、かわいげも出てくる』

『白々しいことを言う。──では、彼らを好きにさせておくと?』

『──まさか。それこそ、まさかだよ、ギルバート。もちろん適当な理由でもつけて、僻地に飛んでもらうさ、彼らにはね。それで部隊すべてとはいわないまでも、割るくらいはできるだろう』

 おどけた風の壮年の男に対して、確認を取るように聞くのは中年ほどの男の声。

 それに答える壮年の男は、心底おかしくてならないという風に、クツクツと漏らすのだった。


 ☆


 十八号ドームから南東へ下ったところに、旧世紀時代の基地跡がある。

 過去の大戦で地上にあった昔の軍事施設は軒並み焼き払われたというのは有名な話で、事実、そういう場所というのは草木一本残らないような有り様であることが多い。そんな中で珍しいことに、その基地跡というのはまだ辛うじてどういう場所であったかわかる程度には面影を残していた。

 とはいえ、マスドライバーをはじめとする基地設備の大半は一目で使い物にならないと察せられるくらいには破壊しつくされているし、墓標のように横たわる兵器の残骸がそこかしこに転がる様子は、まさしく廃墟といった有り様ではあるのだが。


「──いきなりゴアイサツだね、おにーさん。きょーどー相手にかけるにしては、ずいぶんとシンラツな言い方だけど」

『言ったぜ、ガキ。……それでも察しがつかねえってんならわかりやすく言ってやるが、テメェはここで死ぬ。どっかの誰かに疎まれて、俺達みたいなのに目を付けられて、一片の慈悲も、縋る希望もないまま、何一つ知ることなく哀れっぽく、虫ケラみてえにここでくたばるんだよ』

「…………」

『おっ、流石にビビったか? チャンピオン様がだんまりを決め込んでやがるぜェ』

『ま、なんだかんだ言って、小娘風情だしな。……しかし残念だなァ。バトリング実況のアーチボルドの野郎が言うには中々見れるツラしてるらしいから、少しくれェは愉しんでおきたかったんだが。……ABってのも便利なばかりじゃねえな』

『全くだがよ。だがまあ、このむさっ苦しい鉄のオモチャがなけりゃあ商売が成り立たねえのも事実だ。ソコは妥協するってもんだろ。

 ──ああ、逃げられるとか、突破できるとかって思わない方がいいぜ、チャンピオンとやら。この数のABが相手じゃ、いくらお前の腕がいいってことになってるからって、どうにもならんだろうが』


 まして、そんなボロくせぇモンに跨ってたらよ、と。別の男が揶揄するように続け、ドッと無数の下品な哂い声が放たれる。欠片の遠慮もなく下劣なソレに、さしものフィーアも不快げに眉をひそめざるを得ない。


 旧世紀の基地跡──。そんな瓦礫と鉄塊のパラダイスで、フィーアは今、味方だったはずのABに包囲されている。

 対峙するのは、紫を基調に、黄色と朱色で塗装されたヴァルムの集団。オールマン麾下の近衛兵連中が使うカラーリングだが、それにしては乗っている奴の口が軽いような気がするし、あからさまに品性が欠如しているような気もする。

 どうにもならないような違和感があったが、そんなに関わることがなかったからフィーアが知らないというだけで、近衛兵連中の人間性もそこらに転がっている金に汚い傭兵と大差のあるものではないのかもしれないとは納得しておくことにする。成り上がりオールマンの近衛と大層な名前を付けられてはいても、所詮はチンピラ風情なのだし、不思議なことはない。


 ところで、彼らが駆るヴァルムというのは、機体を覆い隠すほどのサイズの特殊合金製の大盾と、大型可変式E.デバイスを一挺、肩部にはE.キャノンが一門と特戦用強化パッケージの追加装甲。あとは、背部に取り付けられた、バランサーの役割と機動性の確保を兼用するための追加スラスターという決戦仕様のカスタマイズであった。

 金に糸目をつけないにしても贅沢な装備をしているとは思うが、それが二十機ほど展開しているのだから、とても侮れるものではない。

 近衛兵達が布陣する他、護送予定の輸送車とやらは見当たらず、代わりとばかり高度八百メートルほどの場所を中型サイズの輸送シャトルが一隻と、その周囲を固めるように所属不明のヴァルムが十機随行している。拡大した映像を見るに、それらは漆黒に塗装されていて、フロート・ユニットによって空戦仕様にカスタマイズされているのがわかった。

 合計して三十機ものABと、母艦として運用されているらしき輸送シャトル。星間連邦の基準によれば、中隊規模ともなる敵数である。


 どういうことだこれは何が起きている、などと疑問に思うまでもなく、状況は明確だった。近衛兵共の軽口など気にするまでもなくわかる。

 どこの馬の骨とも知れないような奴らが待ち伏せをしていて、協同するはずだった奴らが手のひらを返して自分に銃を向けてくる、なんて状況。そんなもの、あからさますぎて、勘違いとかドッキリを疑うほどにベタである。

 けれども、一度察してしまえば、特になんてことのない──売られたというだけの話だった。おそらくは、オールマンの胡散臭い輩から、あの黒一色の得体の知れないチンピラ者へと。ソレは笑い話にもならないほどよくある話で、話の種にもならないくらいには、よくある死因だ。

 ゆえに、フィーアに戸惑いはない。驚きはあるが、合点のいくところもある。


 よくよく思い返してみれば、おかしく思う点は幾つもあった。例えば、オールマンがわざわざ自分の居城にまでフィーアを呼び出したこともそうだし、別れ際の不穏な態度もそう。勘繰ろうと思えばいくらでも勘繰れるくらいにはずさんというか、露骨な罠だった。……今にして思えば。

 それにもかかわらず、結果として引っかかってしまっている辺り──。


(……甘ったれてたってことかな。……あの人のところにいた頃と同じまま、何一つ、なんの進歩もできずに──。……こんな有り様じゃあ、ハメられてってのも、とーぜんの報いよね)


 利害の関係から裏切り、切り捨ては横行するものなので、フィーアが今こういうことになっているのも別段不思議なことはないし、むしろ騙された彼女が愚かというもの。自己責任という奴だ。ただまあ、腹立たしく思うくらいは許してほしいものである。文句は言わないので。


 モニターの向こうを見やれば、五十メートルも離れていないような至近距離にオールマン麾下のヴァルムは佇んでいて、その嫌味なほどに鮮やかな紫色の装甲は光のない地上においても毒々しい色合いを見せつけるように浮かび上がらせている。

 見れば見るほど腹立たしい色合いだが、八つ当たりをしたってどうなるものでなし、そもそも、フィーア自身のうかつさに由来する現状なのだから、やはりここは自省しておくべき場面だろう。


(……まあ、はんせーしたところで意味があるのかは知らないけど。普通ならこんなジョーキョウ、アレたちの言う通り、サクッと殺られて、素敵なところへごーふぉーえばーってなもんだし)


 露骨でずさんな呼び出し方の割に、少女を陥れる仕掛けは随分と大掛かりなもので。見れば見るほど、敵の装備は気合が入っている。どうやら逃がすつもりは毛頭ないらしく、本気の本気でフィーアを狩りに来ている様子。

 下っ端の暴走、というのもこんなアコギな商売ようへいかぎょうに精を出しているのなら、割とよく聞く話ではあるので、辛うじて一応、そこを気にはしていたフィーアだが、どうにも、オールマン本人の指示でやっていると考えた方がしっくりと来るような気もするのだ。


(……とにかく。ここで何をどれだけ考えてみても、結局は、それって全部、ジョーキョウからこじつけたしろーとの浅知恵にしかならないわけで……)


 と。ここまで色々と考えを巡らせてはみたが、いかに疑わしくとも、本人を経由して確認したわけではないのだから、全ては憶測に過ぎないことである。

 一体どんな起承転結を経てこういう状況に結びつくのか、まったく持って気にならないということはなかったが、極論、突き詰めてしまえば全部同じことには違いない。


 目の前に武器を持ったやつがいて、あまつさえ襲いかかってくるのなら、叩き潰すのみ。


 そう。至ってシンプルなのだ。

 やるべきこと、すべきことは依然何一つして変わってもいないのだから、迷う必要もなければ、考える必要もない。むしろフィーアにとっては労力の無駄遣いとすら断言できることで。

 ほふっ。思考を放棄するように吐息を一つ落として、フィーアは琥珀色の隻眼を剣呑に尖らせた。


「……言うだけムダなことだとは思うけど、いちおーだけ言っておくよ。セメテモノジヒってやつで、カタチだけ。

 ……どうせあなた達なんかじゃ私に勝てっこないんだし、イヌジニしたくないんだったら逃げちゃった方がいいんじゃないかな? そっちの方が賢いと思うよ、私は」

『ハッ、抜かせよガキが。強がりにしても吹かし過ぎてんぞ。──ああ、ひょっとして気が狂ったか? それとも状況が呑み込めねえほど頭が馬鹿なのかァ?』

「……見てるはずだよね、バトリング。さっきもなんかお仲間サンと盛り上がってたみたいだし。なら、ヒガのセンリョク差ってのも理解できるはずだって、思うんだけどな」

『生憎だが、金の絡むやり取りを真っ正直に受け取ってやるほど初心じゃなくってよ。……大方、そうやって上手いこと俺らを口車に乗せてこの場をやり過ごそうって算段だろうが──その手には乗るかよ、女狐が。テメェのやり口は割れてんだ』


 煽り立てるようなフィーアの物言いに、男は冷ややかな声で嘲るように吐き捨てた。

 口汚く罵るようなやり方は、確かに、男が言うような効果を期待しての部分がないといえば嘘にはなるが、どちらかと言えば、職業柄、といった要素の方が大きい。フィーアとしては別段、悪気があるというわけではないのだが、傭兵という荒っぽい職業柄、いつの間にかこういう物言いが身についてしまったのである。

 そもそも、いかに決戦仕様にカスタマイズされようと、エース仕様にチューン・ナップされようと、フィーアにとってみれば、チンピラ風情が使うヴァルムごとき、何機来ようが物の数ではない。

 これが、よほどイレギュラーなパイロットが紛れ込んでるとか、法外規模の物量でやってくるとかの常識はずれでもない限りは、例えゼニードが相手だったとしても引けを取るつもりはないのだし、わざわざ小細工を弄する必要もないというものだ。

 そこら辺を上手いこと伝えられればよいのだが、あいにく少女は口下手であった。三年近くも星から星へと根無し草の傭兵稼業をやっていれば、いくらかは舌の回りも滑らかにはなるものだが、フィーアの場合、なんというか、人を煽ったりするのが得意になるばかりで、肝心の交渉部分は拙いままなのであった。


「……人聞きのワルい言い方をしてくれるね。ゴカイしてるみたいだからもう一度言うけど、ジヒって奴だよ、コレ。私だってなにも、ムダなセッショーをしたいわけじゃないし」

『ハッ、どうだかな。語るに落ちたってもんじゃねえのか、チャンピオンさんよ。黙って聞いてりゃあ日和ったことをクドクド抜かしやがって。口からでまかせを言ってるってわけじゃなく、本当に腕に自身があるってんなら、四の五の言わず腕づくでやってみるべきじゃねえのか?』

『ハン。虚勢って奴だろ、どうせ。所詮はガキなんだし、ムキになって無理言ってやんのも大人気ねぇだろ』

『しかしよ、こうなってくると、そもそもチャンプだってこと自体が怪しいもんだよなァ。もしかしてアレか? 八百長って奴。……おかしいと思ってたんだよ、俺ァ。だってよ、あんな骨董品使って一年足らずでチャンプにまでなるなんて、その上無敗と来たら、いくら何でも出来過ぎだって思うよなァ?』

『名推理だな、そりゃよ。聞くところによりゃあ、チャンピオン様は大層、見目麗しいそうだしよォ。ゲスの勘繰りってェの? なーんか不穏な想像しちゃうよなァ?』

『ヨロシクヤりまして、ってかァ。そりゃ傑作だな、オイ』


 そんなことは知る由もないというか、完全に数の利という奴を頼みにしてしまっているチンピラ風情共はゲラゲラと虫唾が走るような声で下品に嘲笑するばかり。

 けれども、明らかに少女を見下す様子を見せながらも、決して油断せず、ヴァルムの挙動に一切のよどみを見せない辺りは、それなり以上に人を殺してきているのだろう。腹立たしいことだ。


 なんにせよ、戦場でのことである。

 説得めいたことをしてはみたが、どうしても必ず絶対に命拾いをさせてやりたいと思っているわけでなし、火の粉が降りかかるというならば、是非もないことだ。

 それなら、さっさと目の前のやつらを片付けてしまって、また何事もなかったかのように十八号ドームに戻ってしまえば良いのだが、その前に少し、気になることもあった。


 そう、例えば──。


(……あの所属ふめーのやつらとか。

アレがどうもミチスーなんだよねぇ。……こーくうに陣取って、高みの見物とシャレ込んでるあたり、差し当たって今すぐに、何が何でもコーゲキしてやるぞって感じじゃないけど……。ひょっとして、ゴヅメ的なアレって考えたほうがいいのかな。ここから逃がさないぞ的な。だとしたら、適当にあしらってから逃げるってのも難しくなりそうだけど)


 フィーアとしては、高空に陣取っている奴らにまで参戦される方が厄介なのだ。だから、どちらかといえば願望の方が多く混じっているような考えだという自覚はもちろんある。けども、呑気に高いところを哨戒機動するばかりのソイツらを見やれば、ひょっとして、と期待をしてしまうものだ。

 所属不明の奴らの配置は、フィーアの期待通り、慣れない連携なんかして同士討ちをしてしまうのを警戒してのことかもしれないし、ただ単にそういう陣形を敷いているだけなのかもしれない。

 もっと言えば、この状況というのは、実のところフィーアの穿ちすぎた見方に過ぎず、もしかすると近衛兵連中と馬の骨は偶然鉢合わせただけの無関係なのかもしれない──とまで考えて、流石にそれは説明がつかないと嘆息する。仮にしてみても、敵の敵は味方とも限らないし。

 じゃあ他にはなんだろう、と思ってみても、あいにくと神様でもないフィーアでは確たる答えなんてのを導き出すのは難しい。無い頭を振り絞って考えても、わかりやしない。

 とすると、ならば、とフィーアは結論する。考えてもわからないということは、つまり考える必要がないということだ。思考が億劫になったとも言う。


 直前までの思考をまるごと投げ捨てて、ぼうっと私兵連中の汚いやり取りを静観するのに戻ると、やがて、ひとしきりのじゃれ合いを終えた男の一人から高圧的な挑発がかかる。


『オラ、ガキ。哀れっぽく鳴き声をあげてみせろや。ことによっちゃ、少しくれェは情けをかけてやらんでもねぇぞ?』

「……や、せっかくのおサソイだけど、エンリョしとくね。チクショー相手に振る尻尾なんか持ち合わせてないし」

『どの口が言ったモンかね。畜生代表様のおこぼれに与ってやがる犬っころがよ』

「……っ」


 その一言を聞いて、フィーアは自分自身でも不思議なくらいに心がささくれ立つのを自覚した。

 ギチリ、と思わず噛み締めた歯ぎしりの音が、狭苦しいコクピットの中に、思いのほか大きく響く。衝動的に反論をしようとして、けれども奴の言っていることは何一つとして間違いないのだし、と口をつぐむ。腹が立って仕方がないが、これは言い返しようがない。

 そんなフィーアの様子を察したか、嗜虐的な欲望が滲む声で、男が畳みかける。


『おっと、図星かァ? かわいいかわいい使い捨てのお嬢さん。とうとう化けの皮も剥がれたってもんだなァ』


 それは先程までの単なる煽りとは違い、確信を伴って、露骨な侮りと共に放たれたものだ。それはまるで、天啓我が意を得たりと言わんばかりな。突き崩せるかもわからない牙城に、一つ綻びを見つけてやったぞと言わんばかりの物言いであった。


 良識を気取るつもりはないフィーアだが、だからといってなにも、良心の全てを捨て去っているというわけでもない。単純に、倫理とか善意とか道徳とか……ただ単に、そういうのをさほど重要視していないというだけの話なのである。

 バイオロイドとして、人に使われるべく産み出された彼女からすれば、使う人間というのは善悪や好悪で測るものでなく、また、かくあるべしと定義されし道具フィーアは、〝使う人間〟からやれと言われたなら、一も二もなく、是非だってない。ソコに個人が介在する余地などありはしないのだ。だけれど、中途半端に罪悪感だけは残る。

 要するに、その罪悪感を抉る一言を投げつけられて、追い打ちをかけられたカタチ。

 痛いところを突かれたのは純然たる事実で、取り繕うことさえ忘れさせるほどに鋭く切りつける一言であったのは確かだった。


『可哀想になァ。くッだらねェ成り上がり野郎に尽くしたばっかりに、散々に使い込まれてさ、具合が悪くなったからってポイ捨てだ。挙句に、俺達みたいなのにいたぶり尽くされて、虫ケラみてェにくたばるんだから、よっぽどの不運ってもんだろうなァ』


 オオ、カワイソウ、カワイソウにと、別の男が続け、また嗤いがあがる。どうしようもないフィーアが黙って耐えているいると、リーダー格らしい男の仕切り直すような声がする。

 始めるぞ、と囁くような音量で飛ばされるその号令は、今から人殺しをするぞ、と意気込むには不自然なほどに穏やかな声音であった。

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