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四話 ブッチャー・オールマンという男

 死が舞い降りるように、光のない空から今日も灰が降りしきる。

一世紀以上も昔に宇宙生まれ(スペーサー)がやった〝正義の鉄槌〟とやらの威力は絶大で、地球上にはもう生活圏がほとんど存在しない。かつて、天文学者やSF作家が言った核の冬が、現実のものとなってしまったのである。スノーボールアース、汚染された氷河期が再来したのだ。

 辛い思いをしてまでも地上に残って、するかどうかも定かでない自然の回復を待つよりかは、宇宙へ脱け出してしまった方がよほど建設的と断じた人間はとうの昔に他の惑星へと脱出し、今や地球という星は治安を守ろうという人間すらロクにいないような、見捨てられた惑星となり果てている。

 けれど、ソコに住まう人間が全くいないというものでもなくて、むしろ、身の安全が保障されないというところを好んで地球に住み着く無頼の輩も多かった。言ってしまえば出入り自由の無法地帯と化しているのである。

 そういう状況を地球生まれはよく思っていないので、何かにつけては、宇宙生まれの温室育ちに、地球の環境は酷だ何だと言って追い散らそうとするのだが、今のところ成果は上がっていない。

 それもそのはずで、いかに死んだ星とはいっても、住むだけならば問題はないのだ。

 他の惑星が然るべきように、地球にも居住環境を整備したドーム型の都市は点在していて、そこに居住することで多少はマシな生活を送ることが出来る。

 荘厳なる闘技場コロッセオを擁し、中心として歓楽街が展開する赤錆びた街──この十八号ドームも、そうした都市群のひとつであり、至ってありふれた、暴力的で退廃的な居住空間なのである。


 ☆


 地球の空には、今日も色がない。冷たく無機質な人工の星々が見下ろすその下で、鳥篭のような箱庭に、自らを閉じ込めるしかない人々は、本当に自由といえるのか──。

 強化ガラス張りの透けた天蓋越しに、煤けた空の色を見やって、少女は嘆息ともつかない吐息をそっと吐き出した。けばけばとした鬱陶しいネオンの灯りが下から上を照らし上げている。見掛けだけならば、そう。十八号ドームは、実に華やかできらびやかだった。

 けれど、よく目を凝らしてみればわかる。赤錆びたアスファルトの上をさ迷う人の群れは、その実、誰もが生気を失っている。剥き出しの排水溝を通して腐臭が漂う街の様など、まるで亡者の監獄だ。

 包帯で片目の隠れたあどけない顔立ちを不愉快そうにゆがめて、もう一度吐息。今度は自分をクールダウンさせるように、深く、慎重なものだ。


(……私だって、人のことをどうこう言えたような身分でもないけど──)


 自由、と口の中で小さく呟いて、振り払うようにかぶりを振る。

 しがらみのないまま生きられる人間なんて、ごく一握りだ。だって縛られるということは、つまり寄る辺があるということ。寄る辺があるということは、自分を定義してくれる何かがソコにはあるということだ。ソレはなんて閉鎖的で、退廃的なことだろう。


 自由を手にした日から三年。


 自分探しの真似事のように、星から星へを巡り巡って。なのにソレでも、やっていることはあの時と変わらないまま。確と知れたことはただ一つ。

 ──とどのつまり、結局のところは、道具は道具。所詮はバイオロイドあったということだ。他者の意思に寄り掛からなければ、自分という存在すらも証明できない、愚かな人形でしかないという自覚だけだった。

 けれど、でも、仕方のないことなのだ。

 かくあれかしと造られているのだから、ソコに反するのは存在意義を失うのと同義。存在する理由もなしに存在を許されるのは生きものだけだ。道具は目的を定められて生まれるのだから、自分を定義してくれる者が居なくては価値を見出すことさえできない。


 漠然と思うことはあった。

 はたして、私の生き方はこれでいいのか──と。焦燥感にも似た感情。どうでもいいこと、下らないことに縛られて生きているのではないか──。


「──なんて、ね。そんなヒトみたいなこと考えて……。くだらない」


 ☆


「クヒヒ……。久しぶりだねぇ、チャンピオン・フィーア。お陰様で、この間のクラッシュ・オブ・スティールは随分と儲けさせてもらったよ。お礼に、君にも取り分を与えるべきかな?」

「どーもです、ブッチャー・オールマン。……それについては、オキヅカイナク」


 そこは十八号ドームの歓楽街の一角。暴力を背景に、都市を支配している組織──オールマン・カンパニーが所有するビルディングの一つ。その一室である。

 その部屋を一言で言い現わすならば、趣味的という他ない。機能性や景観を差し置いて、ただ見た目の豪奢さや物珍しさばかりを重視して雑然とする調度品の数々は、さながら部屋の主の奔放な人間性を表しているようでもあった。


 なぜ少女がそんなところにいるかといえば、義憤に駆られて都市を解放しようと暗殺に忍び込んだとか、別段、そういった特別な理由があるわけではない。単に、悪の首領たるブッチャー・オールマンに雇われごとをする立場にあるというだけのことだった。つまり、用心棒のまねごと。

 大抵の場合は、彼に敵対するレジスタンス勢力やら、自警団やらの殲滅が仕事で、敵対者の暗殺を依頼されることもたまにあるくらい。

 そのことについて思うところがないわけではなかったが、さして重要視するようなこととも感じてはいなかった。この時、フィーアにとって大切だったのは、あくまでも自身を自身として定義する理由付け──つまり、使われる立場に甘んじることだったからだ。


 固く、座り心地の悪いソファーに少しの不満を持ちながらも腰を下ろして、必要以上に磨き抜かれた強化ガラス張りのテーブルを挟んで対峙する。視線の先に笑みを浮かべているのは、概ねのところ、部屋のイメージに違わない人間性の男だ。性根の腐りようが顔立ちにまで滲み出ている。

 男性としてはかなり小柄で、ネズミ顔。粘つくような声に、ねちっこい物言い。しかして、そんな俗物的な容姿とは別に、その瞳の鋭さだけは頑ななもの。

 なるほど確かに、と。オールマン・カンパニーを打ち立て、成り上がり、十八号ドームを牛耳るだけの威風は持っている男であるのかもしれないとは、ここ最近になってようやく思うようになったことだ。


「キヒヒ……。無欲だねぇ、相変わらず。もう少し欲を掻いてみても罰は当たらないだろうにさァ。せっかく可愛らしい顔をしているんだし、身なりの一つでも整えてみたらどうだい? さぞや男好きのする見た目になれるだろうよ」


 オールマンが浮かべたのは、生理的嫌悪を催すような、悪辣な笑みだ。

 ソレはこの男が常々よく顔に張り付けている表情で、例えば、他者を踏みにじってみても、なお良心の呵責を受けない人間の、エゴに満ちた笑い方といえばしっくりと来る。表情ばかりは笑ってみせていても、目つきだけは常に他人を常に観察し、見下しているような。奴が友好的なのは表面だけなのだ。

 正直なところ、フィーアはオールマンのそういう冷徹さがあまり好きではないのだが、所詮は同じ穴のムジナである。雇われているという立場上、身の程を弁える必要もあった。


 身体を這うように行き来する視線に思わず眉を顰めてしまいそうになりながらも、何とか押し止めて。逸らしたくなるような視線を真っ直ぐに奴へと向けて、なんとか真面目な顔を取り繕った。


「…………。そろそろ本題を。いくら何でも、世間話をしたくなったから話し相手になってくれって、呼び出したわけじゃないでしょう?」

「おっとこれは、刺々しいなァ」


 この男とは、どうにも相性が悪い。

 ボロを出して余計なことを言ってしまう前に、さっさと用を済ませてしまおうとフィーアは話を強引に切り出す。言ってしまってから、流石にぶっきらぼうが過ぎたかもしれないと気になったが、幸いなことに、オールマンに気にした様子はない。張り付けたような軽薄な笑みのまま、頷くだけだ。


「……いや、もちろん君の言う通り、このブッチャー・オールマンが、そんなクソ下らないことのために時間を使うわけがないよねぇ? なら、用件なんて、言葉にするまでもないでしょ?」

「……。そのよーけんについて、くわしく聞いて──お聞きしてみても?」

「なァになに。難しいことなんて、なんにもない。単なる贈り物だよ。ちょォーっとした機械部品をねぇ、知り合いに。

 ただねぇ、少しばかり値の張る一品だからさァ、金目の物に目がない野蛮人が力づくで奪おうとしてくるんじゃないかって、どうしても心配になってしまうんだよ。なんたって貴重品だからねぇ。それに地球は物騒だろ? 万が一のことがあって横からかすめ取られちゃったら、台無しなんだよォ。

 だからさァ、わかるだろ? キミにはそういうゴミ共から、僕の大切なプレゼントを守って欲しいんだよ。傷がついてしまわないように、過剰なくらい過保護にねぇ。……キミならば、簡単な仕事だろ?」


 どの口がそんな白々しいことを、と思う気持ちもあったが、それよりもフィーアには引っ掛かりを感じることがあった。奴の言う仕事とやらが、あまりにも簡単すぎる気がするのだ。

 オールマンはワザとらしく心配をしてみせているが、オールマン・カンパニーは地球最大規模の大勢力である。地球の無政府状態をいいことに、その武力を背景とした独裁政治めいたものを敷こうとしているものだから、方々から嫌われてもいるが。

 しかし、オールマンがいくら嫌われているとはいっても、たかだか機械部品の一つである。嫌がらせにしても、それだけのために戦いをするのは本末転倒ではないのか。戦闘になればABを失うことだってあるのだから、リスクの方が大きいのだ。

 となると、今回は会敵の危険の少ない護送任務となるはずではないかと、推測する。そしてそれならば、そこらの傭兵を雇うなりすれば、事足りることだ。二束三文でいくらでも釣れるのだから。なんなら、奴が近衛兵とか称してしてかき集めている傘下のチンピラを使うでもいいだろう。フィーアを使うまでもない案件だ。

 ところどころ引っ掛かりはするが、それ自体は良い。たまにはそういうこともあるだろうとは自分を納得させられる。例えば示威行為だとか、そんな風に理由付けをして。

 そもそも、お前やれ、と言われたなら是非はないのだ。フィーアは結局のところ道具に過ぎないのだから、所有者に使ってやると言われたらば否を返すことはない。


 ただ──つ、気になったのだ。

 小競り合い規模とはいえ、戦争すらもメールで命じてくるこの男が、たかが護送程度を依頼するために、わざわざ自分の部屋にフィーアを招き入れるものだろうかと。そこがどうしても違和感でならないのだ。

 自慢することではないが、フィーアにはオールマンにミジンコほども信用されていないという自負がある。そんな女をわざわざ呼び出してまでやらせたいこと、となれば。

 詳細などわからずとも、裏があるのだろうな、くらいの察しはつく。それも、フィーアを使わねばならない程度の困難が予想される、という類の。


(……例えば、機械部品は建前で、人に言えないようなモノの配達だとか──反オールマン派に目を付けられたら致命的な感じの。護送は護送でも、略奪品の護送だとか……ぅうん。悪くすれば、略奪までやらされるかも)


 怪訝に思うことはこの上ないが、気にするだけ無駄と思考を切り捨てる。別段、罠に嵌められたということもないし。とんでもない悪事の片棒を担ぐことになる可能性があるというのは気が進まないが、それでやることが変わるわけでもないとくれば、どうせ同じことだ。

 フィーアは神妙な顔をしてみせて、こくりと頷く。


「……ん。わか──タシカニウケタマワリマシタ、ブッチャー・オールマン」

「キヒヒ……。ああ、そうだろうとも、キミはそういう女だよ、フィーア。まったくキミは、素晴らしく使い勝手がいい。余計なことに気を取られないのはキミという女の数少ない長所の一つだよ。だから、これからもそのまま、程よい無能でいてくれたまえ」


 まるでフィーアの返答を読んでいたようにオールマンは嗤い、あまつさえデク人形になりきれとおっしゃる。

 あまりにあまり。傲慢が過ぎる物言いに、あからさまな暴言だが、この男に限っては至って平常運転である。そもそも、フィーアは自身を道具と定義しているので、別段腹が立つこともない。

 とりあえず、はあ……と曖昧に返事を濁しておく。


「さて、仕事についての詳しいことは受付にいる奴から聞いてくれよ。少なくとも僕よりもきっと、わかりやすくて丁寧な説明をしてくれるだろうからさァ」

「……りょーかいしました。では」

「──ああ、そうだ。一つ忘れてたことがあった」

「……?」


 私はこれで、という言葉は、急に真顔になったオールマンによって遮られる。用は済んだとばかり、さっさと立ち去ろうと固いソファーから浮かせた腰は、それによって所在を失う。

 まだ何かあるのかと戸惑った顔のフィーアを知らんぷりして、オールマンは15センチ程のケースを投げてよこす。その中には、何か不吉な感じの赤黒い錠剤が数錠入っている。

 思わず視線で問うてしまえば、オールマンはニタリと笑みを浮かべた。


「御守りだよ。なァーんにも怪しくない、100%の善意と優しさから生まれた──ねぇ。まァ、駒がいつもいつでも思い通りに動いてくれるというわけでなし、困った時の神頼みってくらいのモノさ」

「…………それは──」


 一体どういう意味です、とオールマンへ問いかけようとしたフィーアは、けれど言葉を口の中に留めて二秒ほど瞳を泳がせたところで、やっぱりやめることにした。

 なぜなら、聞いたところで望む返答が返ってくるとは限らない上に、知ったことが必ずしも良縁を手繰り寄せるとは限らないからだ。

 多くを知るということは、それだけしがらみも増えるということ。縛られることを是とするフィーアだが、それでも悪縁は避けておくに越したことはないと思っている。ならば、下手な好奇心に従って藪をつつくような真似は控えるべきだ。

 そう思うからこそ、切った言葉を誤魔化すように咳払いを一つして、ケースを懐に突っ込み、フィーアは話をさっさと切り上げてしまうことにした。


「……ぜんぶ──いえ。すべて了解しました。……では、失礼します」

「ああ。せいぜい頑張ってくれたまえ。……まかり間違って、うっかり死んでしまわないように、ねぇ」


 どこか確信めいた語調といい、何かをはぐらかしているような態度といい。オールマンに違和感を覚えてならないフィーアだが、かぶりを振って思考を頭の端っこへと追いやっておく。

 そして、今度こそ浮かせた腰を完全に立ち上がらせて、浅く一礼する。

 怜悧な視線を背後に感じながら、鉄筋コンクリート造のビルディングには不似合いな、過剰にワックスがけをされた大理石調の床を歩いていき、無駄に豪奢な中世風のドアを開いた時──。


「──」


 ふと、消え入るほどの音量のか細い何かを聞いた気がして、思わず振り返れば、そこにある男の表情はどこまでも陰鬱で、冷徹なものだった。


 ☆


 ともあれ、オールマンから依頼を受け、受付で話を聞き、一日余りの暇を楽しんだ後、くだんの依頼場所へとオールマン麾下の私兵と共に向かったフィーアだったのだが──。


『別に、テメェに思うところがあるってわけじゃねえがよ、これも仕事なんでね。……恨むんなら、目立ちすぎたテメェの迂闊さを恨むんだな』


 底冷えのするような声が、ヘッドホンを通してフィーアの耳を犯した。


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