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二話 うつろな光

『墜ちろッ、人間モドキ!』


 薄碧に煌めく光の帯が、防眩フィルターを通してD‐04の目に飛び込んだ。色とりどりの光が飛び交う戦場は幻想的で蠱惑的だが、同時に死を呼び込む地獄の釜でもある。

 ご丁寧にも、無線越しに口汚く罵りながらE.デバイス──剣と銃の二つの形態を使い分ける武器──を振りかざして迫って来るゼニードは実に理不尽な加速力であって、戦闘専用のバイオロイドたるD‐04をして不意を突かれたなら危ないかもしれないと冷や汗をかかせるに足るものだ。

 けれど、逆を言ってしまえば、それは真っ向からならば問題はないということでもあって。D‐04は飛びかかり来るゼニードを、ドズールを上方に飛び上がらせて回避させると、即座に制動をかける。

 振り向きざま、サブ・スラスターを器用に使って、機体を縦に反転させると、E.デバイスの照星レティクルに敵を見やって──。


「……敵機、ゲキツイ確認」


 蒼緑の光矢が銀の機械天使を無慈悲に貫く。コクピットからやや逸れた場所を穿たれたゼニードは、バチバチとスパークしながらゆっくりと墜ちていき──爆発する。


『ショーン! クソッ、タールフィールドの人形風情がッ!』

「……」


 激昂した敵機から放たれるエネルギー光を、側宙するように回避する。

 装甲の表面をチリリと焼きながら通り過ぎていく死の光矢をモニターの向こうに見送りながら、さして間を置くこともなく反撃のE.デバイスを撃ち込み、流れ作業のようにソイツを撃ち墜とす。


(今の、ちょっと危なかったな……)


 D‐04が攻撃に反応をしてから一秒よりも長いラグ。この骨董品は、バイオロイドの反応に追いつけていないのである。だが、今のところは戦いの形にはなっている。

 しかし──星間連邦の部隊がゼニードという最新機を、ドズールやヴァルムといった型遅れの倍以上の数を投入してもなお、抗戦を許してしまっているのは、なるほど。つまり、あの狂人の言うことは正しいということなのだろう。人が兵器に徹しきれないということに他ならない。

 それならきっと、戦いの条件が一緒なら──、いや、せめて味方の頭数だけでも一緒だったなら、勝っていたのはこちらのはずだったのでは、とD‐04は思う。となれば、数が負けているなら、勝敗の行方は言うまでもない。

 その先の展開なんてのはなんとなく察してはいたが、逃げる訳にもいかない。タールフィールドに対して情など欠片も持ち合わせないD‐04だが、道具なりの義理というものはあった。


『──機体大破。機密保持のため、自爆します』


 そして、ハラカラが逝く。

 上空からの艦砲射撃をかわし切れず、ヴァルムの胴体部分を掠めたのだ。コクピットののある上腹部を抉られ、半壊した友軍機は、一寸の迷いもなく自爆をする。円を描く光芒を見やるに、何とも言えないような気分になった。

 戦局は予想通りに刻一刻とD‐04達にとって良くない方向へと傾き続けている。まったく関係のないことだが、そういえば、と思うことがある。人ソレを現実逃避ともいうかもしれない。

 タールフィールドは今、どうしているのだろうか。使い捨て(じぶんたち)の勝利を妄信して、まだ施設内にいてくれているのか、あるいは捨て鉢は捨て鉢と逃げ去ったのか。

 いずれにしても、このままの調子で行けば奴の侵攻計画とやらも大幅の遅延ないし失敗は確実だろうし、タールフィールドも運のない男であると思う。


『うおおオオオッ!! 墜ちろーッ!!』


 思考にふける間にも戦いは続く。

 閃光が奔った。幾つにも重なり合って、殺意を迸らせて迫って来る。

 ロックオン・アラートが警告する音を捉えるより早く、D‐04は驚嘆に値すべき反応速度でABを操作し、サブ・スラスターを器用に使っての最小限の動きでドズールに回避をさせた。

 それから、五発目のエネルギー弾を回避した段階で、メイン・スラスターをブースト・オン。不意を突くような急加速を以てして、眼前のゼニードへ肉迫する。


『ウワーッ!』


 敵機は慌てたように反応しようとするが、時すでに遅し。ドズールは微塵の迷いもなく肩からぶつかっていき、結果としてガシャン! と轟音を立てることになる。

 機動性を重視するあまりに削りきった脆い装甲が、加速のついた特殊合金製の特攻に耐えられようはずもない。真正面から猛速の鉄塊に轢殺されて、ゼニードはコクピットごと装甲を砕かれる。


『機体中破。援護をようせ──』

『機体損傷値、九十%オーバー。爆発します』

『大破、大破、たい──』 

『敵機撃墜確認。次ターゲットの撃──』


 D‐04としては相応に力を尽くしているつもりではあるが、それでも結局のところは局地的なモノに過ぎない。勝敗を左右するものにはならないのだ。

 次々と撃墜されるハラカラ達の無機質な断末魔を耳にしながらも、二機、三機、とゼニードを撃墜してはみるが、断然仲間が減っていく方が早い。その上、ハラカラ達がやられるのと比例するように、敵の攻勢は激しさを増していくのだから、ロクなものではない。

 徐々に攻撃どころか反撃も覚束なくなっていくし、そうなれば、回避に専念せざるを得ない状況にも追い込まれてしまう。


『このーッ!』

「……っ」


 状況は依然として悪い。

 味方のヴァルムはほぼ撃墜されてしまったか、敵を脅かすE.キャノンの光も、ミサイルの噴射光と爆光も、今はもう見えない。

 ハラカラ達の最期の声はひっきりなしにヘッドホンから聞こえてくる。他人事ではない。

 D‐04だって、今やその仲間入りを覚悟せざるをえない状況なのである。回避がもう、追い付かなくなってきている。

 ゼニードの集団はまるでストーカーのように執拗かつ粘着質にD‐04を追いかけ回し、E.デバイスを乱射してくる。鬱陶しいことこの上なく、微かな苛立ちに身を任せるままソイツらの攻撃に気を取られているうち、ついにD‐04は致命的な隙を晒した。


「──っ。……ぐぅぅ」


 敵にしても当然、見逃す道理はないわけだから、突いてくる。狙いすますような射撃がドズールの右腕をもぎ取っていく。

 その拍子にコクピットへ強かに頭を打ちつけて、動きを止めてしまったところをゼニードが放ったライフルの追撃が貫き、更に左足が砕け散る。

 その時にバランサーも一緒にやられたか、姿勢を維持できなくなり、頓珍漢な機動を余儀なくされる。何とか持ち直そうと悪戦苦闘するD‐04だが、もう死に体だった。別のゼニードから続けざまに撃たれて、背部の大型スラスターを損傷したばかりか、頭部までも損壊する。

 今時のABならばサブカメラの一つも積んでいるものだが、あいにくドズールは骨董品。つまり、あとは火星の赤く冷たい大地に墜ちていくだけということ。


 絶体絶命であった。


 モニターをやられ、もはや計器類の放つ薄っすらとした光以外に灯りのないコクピットでは、大破状態を告げるアラートがけたたましく鳴り続けている。

 スピーカーからは地上へとダイブする最中の風切り音が常に拡大して聞こえ、ヘッドホンからは相も変わらずハラカラ共の断末魔がひっきりなしに届く。死がすぐそばまで迫り来ているのは明確で。

 このまま順調に落下していけば、地面と大衝突の末に爆発、愉快に爆散してあの世行きが決定、となる。もっとも、人造人間にあの世があるかどうかは知れないが……。


(なんにせよ。こんなことになってしまったら、もう祈るしかやることはないけど。……せんとー用に造られたじんぞー人間が神頼みだなんて、ジョーダンにしても笑えないよね)


 ──おちる、おちる、堕ちていく。

 針を一本一本、入念に突き刺していくように、ゆったりとした死のイメージが奔る。

 うっすらとした光だけが頼りの鉄の母胎は、さながら棺桶で、それがまた鮮明に死のイメージをD‐04に喚起させた。棺桶に籠ったままのスカイダイビングとは中々できる体験ではない。


(──死にたく、ないなぁ……)


 思っては見たけれど、その実胸を占めるのは諦観だ。状況的に見て絶望的なのだし、希望を持つのは難しかった。瞠目し、当て所を求めるように手を伸ばす。

 それは別段、何かを思ってのことではなかった。ただ何となくやっただけの、何気ない行為。けれど、かくあれかしと、誰かに手繰られてやったかのように、淀みのない所もあった。


 そしてふと、限界まで伸ばした指先が、何かに触れる感覚があった。

 けれど、その時のD‐04はとっては、別段気にすることでもなかった。暗がりで良く見えないが、大方、どこか壁の部分にでも触れたのだろう。常識的に考えればそうだ。

 すぐさまあたりをつけ、思考を捨てようとした時だった。その時、キンッと冷たく耳を打つ音があって、酷い頭痛と耳鳴りを覚えた。それは数秒のことか、数分のことか、数時間か……。もしかしたら、ほんの一瞬のことかもわからなかったけれど──。


 ──D‐04は何かと〝繋がった〟ことだけは確信した。


 それは奇妙なもので、得体の知れない何かに侵されるような感覚だった。けれど、不思議と危機感や不快感はなく、むしろ安堵をもたらすようなあたたかさを感じる。

 とはいえ、うつろだった。人の、何気ない親切のようなあたたかみがありながら、繋がり、通じた場所から流れ込むソレの本質は、どうしようもなく、うつろ。

 感覚としては、まばらでいびつだが、全能感があった。世界そのものと繋がるような、世界そのものが自分であるような──。理不尽なほど抗いがたく、危険な全能感。自我の小さい者などは、瞬く間に押し流されてしまうだろうほど、これは強いものだった。

 そしてそれは、D‐04とても例外ではない。


 ──虚無に染まった翠が、少女の認識の全てを塗り潰していくのである。


 ☆


 ──その後、少女が正気を取り戻した時には、ソコはすっかり鋼鉄の墓場となっていた。何がどうなっている、と思わずにはいられないD‐04で。

 記憶が混乱しているらしく、直前までの記憶に穴抜けがあるのがどうにも不安を誘う。加えて、過剰にアルコールを摂取した後のような、粘っこい頭痛と倦怠感もあるのもよくない。

 出来ればもう、このまま何も考えずに引き籠ってしまいたいような気分だったが、現実逃避をしていたって何が解決するわけでもなし、むしろ自分を危ぶませかねない行為となれば、いやが応にも行動せずにはいられない。

 まるで二日酔いを押して上司との接待ゴルフに向かわねばならないサラリーマンのような気分で、どうにかドズールのコクピットから這い出てみると、極めて不可思議なことなのだが、損傷は思ったほど酷くはなかった。いくら火星の重力が地球の三分の一ほどとはいえ、高所から叩きつけられたにしては、原形を保ちすぎているのである。しばし考察をしてみるD‐04だったが、やがて億劫になってやめる。


 見渡す限り、研究基地だった所は遠くて見えないが、この有り様ではあの狂った男も年貢の納め時とやらで、無事に済んではいないだろう。仮に無事でも、悪巧みをできるような状態ではないはずだ。


(……それにしても。自由。……自由、か。なんだか、実感が湧かないなぁ……)


 それも当然ではある。「お前は俺の欲望を満たすために生み出された」と、それこそ自我が芽生えてからというもの言い聞かされ続け、まだ短いものではあっても、その生の全てを言われた通りに費やしてきたとあっては。むしろ、不安感の方が強いような気さえする。使うものがいない道具など、存在意義を失ったに等しいのだ。急に寒さが襲ってきたような気がして、思わず身を抱く。


 いずれにしたって、いつまでも無人の荒野で立ち尽くしているわけにもいかないのは確かだった。

 差し当たって、D‐04にとって優先すべきことは今後の身の振り方となる。例えば、星間連邦に降ってみるとか、はたまたハンタイセイセイリョクとやらに雇われてみるとか。少なくとも、一つ目は却下である。独断と偏見によるものだが、危険が危ないような気がしたのだ。


 別に、逮捕が怖いというわけではない。むしろソレで済めば上々というさえ思っている。

あのマッドに使われていたことが問題なのではなく、D‐04が人造人間バイオロイドであることが問題なのではないかと危惧しているのだ。

 D‐04の知識の大半は戦闘分野──主にAB関連──にリソースを割いてはいるが、自分の出生がどういうモノをもたらしてくれるか、それがわからないほど無知ではない。

 そもそも、星間連邦は絶対民主主義を標榜する、官僚社会である。

 戦争がなくなって十年以上も経つ今日、倫理面からしても製造を禁止されているバイオロイドを兵器として量産すべしと強硬に主張し続けたからこそ、あの狂人──タールフィールドは星間連邦主催の学会において異端視され、追い出されたのだ。だからといって、それを根に持ってトリトンを襲撃するのは、逆恨み以外の何物でもないが。

 何はともあれとしても、そういう事情──バイオロイドであるということ、それ以上にタールフィールドに生み出されたという事実は、D‐04にとって非常に具合が悪い。

 運よく拾っためっけものとばかり使い潰してくれるならいうことはないが、それが楽観に過ぎないことは明白である。むしろ、バイオロイドなのだと正体を知られようものなら廃棄処分だとか、モルモット扱いだとか、そういう目に遭う確率の方が高いのではないだろうか。せっかく命を拾ったというのに、それはゴメンだった。

 もちろん、必ずしも絶対、と決まったわけではないし、単なる偏見に過ぎないかもしれない。

 けれど、全てを明かして虎穴に入り込むくらいならば、寄る辺も当て所も全部失って、素性を隠して生きる方が、幾分楽に思えたのだ。少なくとも、この時点のD‐04にとっては。かともいって、堂々と正面切って星間連邦と敵対するのも、ゴメンではあった。


 となれば、これからどうするか。

 期せずして使われる立場を脱したばかりの少女には、いささかばかり荷の勝ちすぎる問題だった。

 ああでもないこうでもないと考えているうち、次第に思考を回すのが億劫になってきたD‐04は、とりあえずとして、ドズールを動かせるように治すことにした。

 くだんのドズールは相当にズタボロではあったが、治せないほど致命的でなく、幸いなことに、彼女が呆けるソコは、そこら中に鉄塊が転がる部品の山ともなっている。根気よく修理をすれば、ABを一機分、動けるようにするくらいは可能なはずだ。


「……あとのことはあと、今のことは今。なるように──なるのかな?」


 こみ上げる不安を掻き消すように、あえておどけて呟く。気分は晴れなかった。

 そしてその後、フィーアと名を変えた少女は、星から星へを渡って傭兵稼業に精を出すことになる。

 物語は、そんな彼女が地球へ居つき、一年を経たある日から始まる──。


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