すれ違う思い
男が村に来た。
とても高貴な服装をしている。
おそらく貴族なのであろう。
「裏切り者の勇者の村はここか?」
男はそう言い放つ。
勿論、それを聞いた村人の皆は怒り始めた。
当然だ、だってここはソーマの出身地。
都の噂を信じる人間は1人も居なかった。
私だってそうだ、だってソーマが裏切るはずがない。
「ふん、貴様らの意見など聞いていない、レイナという娘はいるか?」
「私ですか?」
私は名前を呼ばれたので前に出る。
「勇者は裏切った、この意味が分かるか?」
「ええ、分かります」
私の言葉に村人は驚き、目の前の貴族でさえ意外そうな顔をしている。
「たとえソーマがどうであれ、裏切ったのが真実なのでしょう?」
「ほう、もの分かりがいいな」
ソーマは裏切らない、だけど裏切った。
真実なんてどうでも変えられる。
男が言いたいことはそういうことなんでしょう。
「そして、魔王を倒したのは他の3人」
「ええ、それで?」
「私が貴方を妻にしたいと言ったら?」
「断る理由がありませんね」
これこそが私の求めていた力。
何者にも侵されない絶対的な立場。
ソーマの言う、正義の味方なんて目にも当てられない力。
断る理由なんてない、あるはずもない。
「レイナ! あなたはどうしてそんな……」
「そんな? 私達は立場を考えるべきですよ」
「……立場?」
「私達は裏切りもの勇者の村の人間、生き残るためには強い側に忠誠を誓わないと」
「ソーマが裏切るわけ……」
「ええ、ないです、万が一にも0です、だけど現実は裏切った事になっている」
私の言葉に村の皆は呆然となる。
当然だ、私が1番ソーマの近くに居た。
だからこそソーマは裏切らないと分かる。
でも国が裏切ったと言えば、裏切ったのだ。
「この女の言う通り賢く生きるべきだな」
「なんだと!?」
「後日、考えを改めなければ反逆者として処されることになるぞ」
「なっ!」
こうして私はジュリアン様の婚約者となった。
「そして、今日、晴れて、正式な妻となります」
神殿の新婦の待機する部屋。
レイナは過去を思い出していた。
あの後、村は焼かれたと聞いていた。
だけど、もう関係ない。
レイナはすでにソーマの待ち人ではない。
ジュリアンの妻なのだから。
「ふふふ、私は勝ったのよ」
レイナは憧れていた。
地位に名誉に、だからソーマと仲良くしていたのだ。
確かに正義の味方とか、勇者とか下らない事を口にする。
でも、力は本物だ。
魔王を倒した後の地位は約束されたものだと思っていた。
だけど現実は裏切り者。
レイナはひどく落ち込んだ。
だけどそんなレイナの前にチャンスが転がってくる。
その男は本当の力を持っていた。
今度こそは掴まなければならない。
たとえ、その男が私を見てなくてもいい。
私はそれを利用するだけだ。
レイナは幸せという愉悦に浸かっていた。
だがその時、コンコンとドアがノックされる。
レイナはハッと現実に戻る。
「どうぞ」
待機室にフードをかぶった司祭らしき男が入ってくる。
「そろそろ始まりますよ」
「あら、もうそんな時間?」
「はい」
レイナは立ち上がる。
式の時間を知らせに来てくれた、そう思って部屋から出ようとする。
だが、そのドアは固く閉じられており開かなかった。
「ちょ、ちょっと、これ……」
「開かないか?」
その口調にびっくりする。
そしてどうして気づかなかったのか後悔する。
なにせ、その声はソーマのものだったからだ。
「な、なんで……」
「生きていたか? 今、思えばお前の存在が大きいな」
「お、お前?」
レイナは驚く。
ソーマはレイナと呼び捨てにする。
お前なんて呼ばれたことは一度もない。
そんな冷たい声で語りかけられたことなどない。
そしてその雰囲気は一度も見たことがない。
とても冷たく、深い、殺意を感じたのだ。
「そ、ソーマが悪いのよ! ソーマが帰ってこなかったから!」
レイナは感じ取っていた。
ソーマがなぜ、今、前に現れたのか。
「仮にもし帰ってきて、俺が国の敵になっていたら手をとってくれたか?」
「そ、それは……」
答えはノー。
レイナが求めるのは地位。
もしソーマが国から目の敵にされていたら見捨てるであろう。
「……見えたな、お前の本性、俺はやはり盲目だったらしい」
「……嫌味を言いに来ただけなの?」
「そんなわけないだろ」
ソーマは剣を手にする。
レイナはそれを見て、明らかな怯えを見せる。
「な、なによ、殺すつもり!?」
「俺が勝手に勘違いした、見る目がなかった、自業自得だ」
「そ、そうよ!」
レイナはここぞとばかりに便乗する。
それを聞いた、ソーマの表情は変わらない。
否、少しだけ歪み始める。
「だがな、そんな事どうでもいいんだ」
「え?」
「俺はお前を殺したい、裏切った女を、幼馴染を殺したい、それだけだ!」
ソーマは剣を振る。
レイナは勿論、反応できずに斬られる。
「いやあああ! し、死ぬ!」
「死なねえよ、そんぐらい手加減出来る」
レイナの傷は浅い。
だがそれでも慣れていない人間にとっては深いものだ。
「や、やめて! あんたが悪いのよ! 勇者なんかにならずに、私だけを守っていればこんなことにはならなかったのよ!」
「は?」
レイナは支離滅裂な事を言う。
それに対してソーマは疑問の表情になるだけだ。
「もしもの話しをした所で現実は変わらねえよ」
「うるさい! 私はジュリアンの嫁! これからが幸せの時なのに! あんたは!」
ヒステリックに騒ぎだす。
そして手短にあった、ナイフをソーマに対して突き立てる。
だが勿論、ソーマにその程度の攻撃は通用しない。
「……なあ、そんなにも地位が欲しかったのか?」
「当たり前じゃない! 私はあんたみたいに強くない、特別じゃない、これが最後のチャンスだった!」
「それは親を見殺しにしてまでもか?」
ソーマは知った、村が焼かれたのだと。
そこで彼女の両親が死んだとも聞いた。
最後まで勇者を信じたのだ。
だが、レイナなら救えたかもしれない。
ソーマはそう思ってしまうのだ。
「そうよ! 私は捨てたの! 捨てたのに、なんで私の前に現れるのよ!」
レイナは捨てた、自身の親を、村を、ソーマを。
なのに、捨てたものが目の前に現れる。
それは恐怖でしかない。
「え?」
ソーマは切り裂く。
顔の左半分を。
呆けた後にレイナは悲鳴を上げる。
そして悶ながら、手をブンブンと振る。
何が起こったのか理解出来ていないのだ。
もしくは理解したくない。
レイナの左の視界は真っ暗になっていた。
「見えない、見えないよソーマ」
そんなレイナに剣を向ける。
首に剣先を当てる。
すると何かを探すように振り回していた手をレイナは止める。
「ねえ、私は死ぬの?」
「ああ、殺す」
「それで、ソーマの心は晴れるの?」
「ああ、キレイサッパリだ」
「……嘘」
レイナは断言する。
それで心は晴れないと。
ソーマの近くに最も居た、レイナだからこそ言える事だ。
「私は過程なんでしょ? ソーマはなにがしたいの?」
「……俺が悪になることで世界を変える、それが俺の正義だ」
――相変わらず馬鹿みたいに真っ直ぐ。
「俺は勇者になって、皆を救うんだ」
昔から変わらない、普通はなくすはずの夢を語るの。
そしてそれを本当に叶えちゃったんだよね。
私は馬鹿にするけど、力は本物。
それが全て私に向いてくれたら嬉しいかったんだけど、皆を救うのがソーマだもん。
私なんて眼中になかった。
……あれ私、なんでこんなにもソーマの事、考えているんだろ?
ソーマなんて利用するだけの道具。
ソーマだけじゃない、親も、婚約者も全部道具。
そう思っていたのに、ソーマだけが異様に気になる。
ああ、そっかあ、この感覚がそうなんだね。
「ソーマ、泣かないで」
「泣いてる? 俺が? そんなわけないだろ」
ソーマは否定する。
レイナは痛々しい顔を見せながらも微笑を浮かべる。
「じゃあ私の勘違いだね、……好きだったよ、ソーマ」
「……ああ、俺もだ、レイナ」
最後にそう呟く。
それは確かにレイナに届いていた。
届かない愛、気づかなかった恋。
それは最後の瞬間には確かに成就していた。
だけどそれも切り捨てた。
レイナの鮮血がソーマに返る。
ソーマの視界は真っ赤に染まった。
「ねえ、ソーマは将来何になりたい?」
「決まってる、俺はこの世界に復讐したい」
「そっかぁ……頑張ってね!」
――短い夢を見ていたようだ。
俺とレイナの間にそんなやり取りがあった気がする。
俺は動かぬ骸となった、レイナに向き直る。
綺麗だ、そして安らかだ。
死ねば、正義も悪もなくなってしまうのだろうか。
後悔はない、ないが少しだけ休みたい気分であった。