俺が往くは破滅の道
私はリリー・レクレール、祭司の間に生まれた女の子。
なんの変哲もない聖職者の娘。
だから私も神殿に務める事になるのは当然であった。
そして10歳になるころには、聖女としての最候補に選ばれた。
才能、努力、信仰心、
これらが認められたからだ。
だが同時に残っていた唯一の肉親である母が死んだ。
魔物に殺されたらしい、
この世界ではよくあることだ。
葬儀はその日に行われた。
皆はその時の私をよく気丈な女の子と称する。
悲しいはずなのに、笑顔を見せる。
まさしく聖女にふさわしいと言い、事実その日から私は聖女になった。
だけど違う、私は母が死んで、嬉しかった、楽しかった、気持ちよかった。
母が最悪な人間というわけではない。
まさに聖母のような女性であり、誰しもの模範となる人であった。
だがそんな兆候は前からあった。
罪の告白を聞くと心が震える。
どんな子守唄よりも心地良い。
だけどそれはあってはならない感情。
だから、聖女になった日から私は一層に信仰を励んだ。
毎日が試練だ。
苦悩した、あってはならないと自己を否定した。
だがどうしても私という人間は悪を望む。
それを表に出してはならないと、理想の聖女を演じた。
勇者が訪れて、魔王を倒して、世界が平和になって、
どうなろうと私は聖女を演じたのだ。
だがそこに一報が入ってくる。
勇者は魔王と相打ちになって、動ける状態じゃないと。
私はそれに興味津々であった。
魔王を倒すほどの男、英雄であり正義の味方、そんな人間が落ちぶれた姿はどのようなものなのだろうか?
それだけではない。
次々と広まる勇者に対しての悪意。
国は切り捨て、仲間は裏切り、挙げ句のはてには幼馴染まで裏切る始末。
これほど分かりやすい、悪意はない。
忘れていた感情が湧いてくる。
――ああ、なんて甘味な果実なのでしょう。
あれ程、正しい人間が、力を持った人間が、悪意に飲み込まれる様子は。
これが私という人間だ。
決して、相容れる者などいない。
決して、許容する者などいない。
魔王よりも邪悪だ。
そのはずなのにあの勇者は私を許容した。
私を知っても、それを良しとした。
そして私は新しい感覚を味わった。
同じ存在を見つけて、嬉しい。
初めて人として正しい喜び、共感を得たのだ。
だからどうか、主よこの道を見届けたまえ。
――夢を見た。
幼い頃の夢を見た。
「大きくなったら、勇者になって世界を救ってやる」
子供だ。
子供の夢だ。
現実を知らない、男の夢だ。
だがそれはいつしか願いに変わった。
救われたい、救いたい、そんな思いが俺と人々の間を行き来する。
あの時は世界を背負っていた。
そう言っても過言ではない。
そして俺にはその権利があった。
夢のような願いを叶える権利がだ。
俺は魔王を倒し、世界を救った。
代償はでかい、世界で1番強い人間が無力な人間になるほどだ。
だがそれでも良かった。
世界が平和になるなら、皆が光に溢れるなら……。
だが世界はどうしようもなく、悪意に包まれ、闇が支配している。
奴隷、戦争、謀略。
そう結局は変わらなかったのだ。
「……ひどい顔だな」
ソーマは目を覚ます。
鏡に写る自分の顔はひどく疲れていた。
思い出すは昨日の出来事。
元仲間を殺したという事実。
手は少し震えていた。
「お目覚めですか?」
そこにリリーがやってくる。
ここは神殿に設けられた、聖女の居住区。
無駄に広い居住区の中、余った部屋をとりあえずの寝床としていた。
「ひどい顔だろ、君は笑うかもしれないが」
「あら、そんな事ありませんわ、迷える子羊を導くのは聖職者の仕事ですもの」
彼女とて聖職者。
迷える人を導くのは当然の事。
「ですが、貴方は正常者って事ですわね」
「どういうことだ?」
「かつての仲間、確かに裏切ったけど、全てを否定することは出来ない」
その通りだ、アベルもエリーゼも全てが悪いわけではなかった。
ただどちらにつくかで国についただけ。
それは正しい判断だ。
役立たずの勇者と国ならば、後者を選ぶのは必然。
「だから貴方は苦悩している、たとえ裏切られてもそれが全てだとは思っていないから」
「ああ、その通りだ」
「でも、もう後戻りは出来ない」
「そうだ」
「なら進むしかありませんね、破滅するその時まで」
間違っているか、間違っていないか。
それで言うと復讐は間違っている。
だけど進むしかない。
間違っていないと自己を肯定しなければならない。
――進むさ、破滅するその時まで。
俺を止められるなら止めてみろ。
否定出来るなら、否定してみろ。
そっちが本当に正しいなら、俺は滅ぶ。
俺が本当に正しいなら、世界は破滅する。
ただそれだけの話だ。