戦いは終わり、失ったもの
「……終わった」
アラヴィンは呟く、
彼がいる場所はソーマとオットーが戦っていた場所からはそう遠くない、
細かいやり取りは見えないが、大雑把な事は把握できる、そんな距離だ。
そして、主であるオットーが負けたのは十分に確認できたことだ。
「兵を引かせろ、撤退戦の用意だ」
そこからの判断は早い、
オットーの、俺が負けたら撤退しろを忠実に実行しようとする。
だが、その余りにも早すぎる判断に不満を抱くものは多数いる。
「なぜです! 敵は弱っています! ここはオットー様の敵討ちの意を込めてアクアティリスを落とすチャンスでは!」
軍の最後方、そこで待機する戦士たちは今こそがチャンスだと抗議する。
確かにソーマが疲弊しており、一見チャンスにも見えるが、
それは此度の戦略の達成条件と戦術を照らし合わせると不可能だとアラヴィンは考えていた。
「今回の戦いの肝はオットー様とソーマ、敵の戦術はいわば籠城戦だ、守ることに特化した戦い方、それはソーマだけではなく聖女もいるからこそ取ったものであろう」
問題は敵の防御力だ、攻撃こそはこっちが上回っているが、防御は結界と地の利がある分、敵が優位だ。
「オットー様の奥の手、精霊の力を集結させた一撃、それさえあれば聖女の結界も打ち破る事が出来る、そういう算段だったが……こうなれば兵糧の差でジリ貧になり負けるであろう」
「ですが!」
「戦いはここで終わりではない、生きのこれば再び挑むことが出来る、だからこそ我々は生きなければならない、戦えなくなったオットー様のためにも!」
アラヴィンは珍しく声を荒げて、苦しそうに吐き捨てる。
そこで戦士は理解した。
一番辛いのは、アラヴィン様かもしれないと、
最もオットー様に近くてそして理解者であった、オットーの右腕、
そんな彼がオットーが敗れて、悔しいはずがない、悲しいはずがない、
それでもステンパロスの頭脳とまで呼ばれた彼は、冷静に判断をしなければならないのだ。
それを理解した戦士たちは、撤退の準備をし始めたのだ。
「ここまでとは……アクアティリス、ソーマ、もはや一国では太刀打ちできない」
そして、歯を食い締めながらこの結果を受け入れる。
最悪ではないがそれに近い敗北、
ステンパロスだけでは再起ができない程の損害だ。
「必要だな、世界と協力することが」
そして、この先ステンパロスが取る決断、
世界の選択をアラヴィンは予想していた。
結局、この戦いは攻め込んだステンパロスが敗北で終わる。
南方防衛作戦、戦闘後、アクアティリスが名付けた名前だ。
損害は7:3、勿論、ステンパロスが3側であり壊滅的である。
ステンパロスは多くの戦士と王を失ったが、
引き際が早く全滅にはならなかったのが救いであろう。
もしこれがオットーが勝っていれば逆であったに違いがないが、
それはもしもの結末、オットーが死んだという事実は変わらない。
そして、これを機に各大国の立場は変わる。
ステンパロスだけではなく、ブライトニア、ケテンベルクは慢心をしていた。
アクアティリスごとき、ソーマが加わったとは言え弱国には変わりがない、
特に軍事力では劣っている、そう思っていたのだ。
だからこそステンパロスは単身でアクアティリスに戦闘を仕掛けたのだ。
オットーも相打ちだが倒せる自信はあった、
アラヴィンもそんなオットーを信頼していた。
だが、オットーは敗れた。
世界にとっての損失であるが、
それが逆に慢心をしていた、各大国を改めさせることになる。
オットーほどの実力者がやられたという結果が世界を団結に向かわせたのであった。
後日、ステンパロスでオットーの葬儀が行われる。
葬儀には全国民が涙して、途方にくれるもの、怒りに身体を震わせるもの、
怒りや悲しみにステンパロスは包まれれていた。
そんな中とある国からの使者がステンパロスに訪れていた。
「クロムベルト……か」
それはオットーが最も嫌っていた国であった。
いや、国ではなくオーランド、つまりは前国王を嫌っていたのだが、
王は国の代表なので国を嫌うのことになるのも仕方がないとこがあった。
「この度はご愁傷様です、せめてものご冥福をお祈りします……我が国の王も同じ気持ちです」
ステンパロスが負けた、そしてオットーが死んだ、それはもう全世界に広まっている。
そして、このタイミングでの使者、ただ弔問に訪れたわけではないと、
アラヴィンはそう看破していた。
「で、何の用かね?」
「同盟の件です」
「ああ、受けるしかないだろうな、もはや」
それは少し前に、オットーが不在の時に提案されたことだ。
同盟を組んで一緒にアクアティリスと戦おう、そんな事だが、
オットーが居ないのと、さらには帰ってきてすぐに戦闘ムードとなったので、
返事は返せずにそのまま戦闘になってしまった。
今、思えば組んでおけばよかったと後悔することだが、
もし、オットーがいるなら断っていただろうとアラヴィンは思い、後の祭だ。
そして、今の状況で同盟を断っても得るものはない、
なぜなら、ステンパロスが大国の中でクロムベルトと最下位を争うほど、
弱くなってしまったからだ。
弱いなら、弱いなりの立ち振舞をしなければならないのだ。
「だが、ブライトニアやケテンベルクの承認が無ければ、あまり意味をなさないであろう」
そして、その同盟の肝は、ブライトニアやケテンベルクにある。
この2国こそが、最も強い国であり、戦力として最も期待されるところだ。
だが、ブライトニアはともかく、ケテンベルクが同盟を組むなど、
しいてはゲンナディが許すとは思えない事だ。
「ケテンベルクはともかく、ブライトニアはなんとかなるとクロムベルトの王の言葉です」
「そうか……、彼は有能という噂だ、期待しておこうか」
クロムベルト王のフィリップス・クロムベルト、
彼の手腕は既に全世界が知っており、警戒されつつも期待されていた。
そして、そんな彼は今、クロムベルトにいるが西に旅立つ準備をしていたのだ。
「王よ、本当にご自身の足で向かうのですか?」
「ああ、それが礼儀ってものだよ」
「ですが、西は今だにどの国も戦争状態で危険です」
ブライトニアが存在する西の地方、
そこはまさに群雄割拠、多数の国と国が常に戦い合うような危険なところだ。
「その程度の危険なくして、この戦いには勝てないよ」
フィリップスは最低限の腕が立つ兵士、神官を側に抱えて、
ブライトニアに向かおうとしていた。
その目的はただ一つ、ローゼリアに会って同盟を結ぶためだ。
普通なら、大使でも送る事だが、
ここは自分の足で向かうのに意味があるとフィリップスは感じたのだ。
勿論、その行為は愚かで危険だ。
大臣も兵士も止めようとしたのだが、
それでも聞かないのがフィリップスという男であり、
彼は、何を考えているかわからないという評価を周りからもらう結果となっていた。
「とりあえずケテルには、絶えずに使者を送ってくれたまえ」
「分かりました、ですがあの国が承認するとは思えませんが……」
「状況が変われば態度も変わる、現にステンパロスが敗れたことで世界の状況は変わり、考えも変わった、何が起こるかわからない、今の世界はそんなものだからね」
それだけを伝えて、フィリップスはクロムベルトを発ったのだ。




