戦士の最後は後悔なし
刃が何度もお互いの身体をかすめ合う。
かすめ合うごとに傷が付き血を流すが、
お互いにそれごときでは怯みはしない、もはやそんな領域ではないのだ。
お互いの体力は限界、
剣の技量は互角、残っている魔力もほぼ同量、
ならば、最後に物を言うのは気力だろうか。
最後まで立っていられる根性があるほうが、勝利なのは言わずもがなである。
「はっ!」
ソーマは剣を振り下ろす、
幾度もけん制の攻撃の中、殺気を込めた本命の一撃、
呼吸の中に隠されたその一撃は、オットーの脳天に一直線だ。
「甘い!」
だが、オットーはそれを読んでいる。
右手の剣でその一撃を防ぐ、
ギリギリと音を立てて、押されそうになるが、
オットーは押し切られる前に左の剣でソーマは突き刺そうと試みた。
「くっ!」
ソーマはそれを紙一重で避ける。
だが、体勢は崩れた、
オットーはここぞとばかりに双剣を振り回す。
まるで舞、変則的な乱舞にソーマは返す手段もなく、
押し切られて、徐々に生傷も増えていく。
「見えているぞ、ソーマ!」
オットーの直感は冴えている、
最後の戦い、向かう先は死であるが、
死に近づけば近づくほど大地の精霊の声は強くなる。
ソーマが次に行おうとする行動、
それは脳内で読み取られて視覚の情報として、
オットーの目に映し出される。
ソーマが剣を振り上げる動作をする時には、
オットーには振り下ろされた結果が既に見えているのだ。
ソーマは焦っていた、
消耗すれば、オットーも先読みできる余裕などなくなると思っていたが、
ここに来て、オットーの白兵戦も先読み冴えていた。
「だが、負けん!」
それでもソーマにも負けられない理由がある、
ここまで来たら理屈ではなく、気力が物を言う、
倒れなければ負けではない、
戦い続け立ち続ければ、いつかは勝利が訪れる。
そんな極論を持ってしてソーマは剣を振るう。
「くっ!」
そして、その気迫がオットーに通じたのか、
オットーは蹴りを放ち、バックステップするようにソーマから距離を取る。
そのオットーの行動、ソーマは気迫に押されたものとは思わなかった。
「剣を使わなかったな」
先が読めているなら、距離を取る必要も蹴りを放つ必要もない、
ソーマの先に剣を置くだけで事が足りる。
事実、ソーマはそれに対処できないでいた。
なのに、蹴りを放ち距離を取った事、それにソーマは勝機があると思ったのだ。
「……ここに来て、さらに速度があがるのかよ」
オットーは気づいていた、
ソーマの速度がさらに上がったこと、
そして見えてしまった、
オットーの先読みの軌道にソーマの動きが重なりかけていた。
それはオットーの世界にソーマが入りかけていることを意味していた。
「そろそろ終わりにしよう」
ソーマは剣を向ける、そして守りを一切捨てて、
背水の構え、引くことを考えない戦い方に移行する。
「……そうだな、終わりは来るものだ」
オットーもそれに言葉を返して、剣を構える。
お互いに奇妙な緊張が走り、意味深な間が入る。
いつまでも続くような静寂、だが破れるのは唐突だ。
オットーが大地を踏みしめ、ソーマが大地を蹴る。
剣は再び交わった。
――やっとここまで来れた。
この死線、戦うものがたどり着ける境地に。
俺の肩からは血が流れている、横腹も傷がついており、
万全な状態とは言えない。
だが、それでも俺の状態は過去どんな時よりも、
オットーという戦士として完璧な状態と言わせてもらおう。
俺はおそらく死ぬ、ソーマを倒すにはこの命を賭けなければならない、
最善で相打ち、友を殺すならばその程度の代償はしかたがないが、
だからこそ、死に向かうからこそ、最後まで全力で戦ってやろうと気になれる。
オットーは飛ぶ、身体の深い傷なんて関係なしに敏捷に動く。
「死なばもろともか!」
その高機動な動き、ソーマは後先など考えていない玉砕の考えかと理解する。
いや、この場ではその考えこそが正しい、後の事ではなく今に全てを賭ける。
オットーはもはや王ではなく、戦士としてソーマを討つことしか考えていない。
双剣は舞う、オットーの最後の輝きとも言わんばかりに、
激流のごとくソーマに襲いかかる。
右に左に、左右から襲いかかるそれは強力なものだが、
ソーマとてそれに引けは取らない、
最後の力を剣に込めて重い一撃をオットーに放つ、
オットーは双剣を交差して防ごうとした。
防いでからカウンターでトドメを刺す覚悟だ。
「なっ!」
だが、それを防ぐことは敵わない、
ソーマの剣はオットーの双剣で受け止めたかと思いきや、
双剣は大きな音と共に砕け散り、
オットーを守るものはなくなったのだ。
ソーマは剣を引き、オットーに突き刺さそうとする。
対するオットーも砕けた双剣の一方を逆手で持ち、ソーマに向けて走らせる。
「終わりだ!」
「ソーマ!」
お互いの叫び声が交差する。
ソーマとオットーは、ほぼ同時に剣を繰り出した。
曇りかけていた空から光が照らしはじめる。
ソーマとオットーはお互いに剣を突き立てて、硬直しあっている。
「がっ……はっ……」
お互いに同じ結末だが、違うとすればソーマの剣は急所を貫き、
オットーの剣は急所を外れている。
口から血を吐きうつ伏せに倒れる致命傷のオットーに対して、
同時にソーマは痛みと疲れからか後ろに倒れ込んだ。
「……外したのか?」
「バカ、外れたんだよ」
ソーマはこの結末に、オットーはわざと急所を外したと疑念を抱くが、
本人がそれを否定した。
全力で殺す気で最後の抵抗をしたが、残念ながらそれは外れてしまった。
「やっぱ、強えなお前は」
「それはこっちのセリフだ、生涯で最も強敵だったよ」
「魔王よりもか?」
「魔王よりもだ」
「はは、それは光栄なことだ」
オットーは笑いながらも最後の力で仰向けになろうとする。
だが、大地は血に濡れており、それすら叶うほどの力は残っていなかったが、
それに手を貸したのが友だ。
オットーの意を汲み取り、ソーマは彼の身体を起き上げさせて後ろに倒れ込ませる。
「悪いな、最後に天を見たくなってな」
「空か?」
「まあな、ゆっくり空を見ると色んなことを思い出せるからな」
最後の余韻、それを邪魔するほどソーマは無粋ではない。
「いいもんだな、何も考えずに戦うってことは」
「お前が王ではなく戦士として生きていれば、勇者はお前だったかもな」
「ははっ、それはないさ、勇者にとっての資質と強者は同じではない、そうだな……俺が勇者と思えるものは、お前かローゼリアぐらいだろうな」
「資質?」
「ああ、人を救う救世主には資質がある、俺はただ戦いだけ、まあ、勇者のパーティの戦士ぐらいならありえるかもな」
「それはそれで頼もしいがな」
「そうか? なら、来世ではそうなるのも面白そうだな」
オットーはそう言いながら笑うが、血を吐きだして目も弱々しいものになっていく。
「今日は死ぬにはいい日だ、戦士たちはそう言って死の恐れを打ち破り戦場に出向くが……まさか本当にその言葉の意味どおりになるとはな」
オットーの表情に恐怖はない、死を直前にしても恐れを抱かなかったのだ。
「死の先にある境地にたどり着いた、そんな気がしたからかもしれないな……こんな……死に様で……納得するなんて……アラヴィンになんて……言われ……るか……」
そう言いながらオットーは静かに息を引き取った。
「お前の生き様だって大したものだったさ」
オットーの死、それはステンパロスの敗北を意味している。
それなのにオットーは満足してしまった。
それは王として持ち得ていけない感情であり、満足してしまったことに恥じていたが、
オットーのあり方を見てきたもので批判できるものは誰もいないであろう。
それは敵であった、ソーマにすら持ち得た感情だった。