始まる戦い
「なあ、アラヴィンよ、1つだけ決めて置かなければならないことがある」
「なんですか?」
「俺が死んだら、すぐに撤退しろ」
「負けた時のことですか?」
負けた時の事を考える、そのらしくない姿にアラヴィンは、
訝しげな目でオットーを見る。
「そんな目をするな、今回ばかりはな」
「私はオットー様が勝つと信じていますので」
「ああ、勿論、勝ってみせるさ」
オットーは既に八岐山脈の入り口に陣地を展開している。
山脈はアクアティリスの自然の防壁だ、ここを突破すれば勝ちは揺るがないが、
逆に敵がここで防衛線を貼るのは、火を見るより明らかだ。
「ステンパロスの部隊が見えました」
例のごとく隠密部隊が、ソーマに報告をする。
「オットーの位置は?」
「最後方かと思われます」
それは定石どおりだ、
将を最後方に配置するのは、極めて普通、
だからこそ、これが誘っているのだとソーマは確信する。
「前線に出てくるのがオットーの性格、待ち構えているということか」
俺はここで待っているから、お前が来い、
オットーはそう言っているのだ。
「前線の状況は?」
「既に交戦に入って、こちら側がやや押されれています」
「想定通りだな」
押されるのは想定通り、
だがこのままではまずい、だからソーマも行動に移すことにしたのだ。
「戦線は押しているな、後はこのまま押し切るだけだが」
前線を任された、ステンパロスの武官、
今の状況なら勝利を得られて、満足だが、
そうは思い通りにいかないのが、戦場というものだ。
「勇者が見えました!」
「元だ、で、どこにいる?」
「正面です!」
「なに?」
予測では、どこかでソーマが出てくるとステンパロスも思っていたが、
まさか正面から出てくるとは思ってはいなかった。
「正面から挑むつもりか、この数を相手に」
数はざっと、1000:1、ソーマとは言え厳しい数である。
「……ソーマ様」
「心配するな、君達はここを守ればいい」
ソーマは防衛部隊の結界を越えて、敵の攻撃距離までゆっくりと歩く。
「まだ放つな!」
武官は、遠距離攻撃ができる、魔法使いと弓矢部隊にまったをかける。
この瞬間、戦場は時が止まったように停止する。
どちらの兵士もソーマが射程距離に入るのは、息を飲んで待っていた。
そして、ソーマが敵の最大射程の領域に踏み込んだ瞬間、
「今だ、放て!」
武官が合図をすると、止まった戦場の時は動き出して、
様々な魔法や矢が集中的にソーマに対して放たれる。
色とりどりな遠距離攻撃、それをソーマは向かってくるのを見ながらも、
足に魔力を込めて、一気に爆発させる。
「消えた!? いや、速いのか!」
知覚できないほどの速さではないが、高速でソーマはステンパロスの部隊に突っ込む。
「うわあ!」
そしてすれ違いざまに剣を抜き、敵を切り倒していく、
部隊からは悲鳴があがるだけで、ソーマを止めることは出来ない。
「囲むのだ、いくら元勇者と言えど消耗させれば」
すぐに指示を出す、囲むように展開して移動先を封じる作戦だ。
すると、ソーマの足は鈍くなり、気づいたら周りは囲まれて止まらざるを得ない。
「覚悟!」
剣や槍が四方八方から、ソーマを襲いかかる。
逃げ場などはなく、この多数をソーマはやらなければならない、
まず、ソーマは剣を抜き、正面の武器を全てはたき落とす、
そして、見えているかのように後ろの攻撃を交わして、
避けきれないものは闇の結界で弾くのだ。
「効かないのか!?」
その透明な壁に驚くが、その間にソーマは一気に切り裂いて、
すぐに進軍を再開する。
まさしく、一騎当千、ソーマを止めれる実力を持つものはここにはいない。
だが、数で押せればと武官は、さらにソーマに数を向かわせようとするが、
その時、正面からの攻撃が襲いかかり、中断せざるを得ない。
「ソーマ様に続け!」
アクアティリスの兵だって見てるだけではない、
ソーマに続くように、魔法、矢を放つ。
「くっ、陣形を立て直す、ソーマは放っといて前に集中せよ」
「しかし、それでは!」
「良い、オットー様の指示だ」
元々、ソーマは通すつもりであった。
止めれたらいいと武官も思ったが、思った以上だったので、
これ以上は構わずに、前の防衛線に集中することに決めたのだ。
「敵の姿が見えました!」
「数は?」
「1です、恐らくソーマだと思われます!」
山脈の森を抜けた先の平原、
そこにオットーを守る陣地は展開されている。
敵の最後方であり、ここを崩せば有利になるが、
もはや、そんな話ではない。
「まさか、本当に単騎特攻とはな」
オットーは、ソーマが単騎特攻してくると読んでいた。
定石を知っている、アラヴィンは半信半疑であったが、
その通りになったので、少し驚愕している。
「後方の部隊は少ないな、よほど自信があるのか」
ソーマは歩みを進める。
向かう先はオットーの元、
だが、それをさせないと戦士たちは動く。
いくつもの放たれる、魔法と矢、
この、平原では森と比べて障害物は少なく、
地形を利用して避けることは難しい、
それだと言うのにソーマは、自身の防御力を利用して、
ごり押すようにして、突破する。
「化物か!?」
アラヴィンは流石に驚く、
定石として、人数の差とは絶対的なものである。
それをものともしない相手には恐怖を抱くしかない。
ソーマが本陣の最後方、オットーの元にたどり着くのは時間の問題だ。
「アラヴィン、もういい! これで分かっただろ? あれをやれるのは俺だけだ」
「……みたいですね」
元々、オットーはこの本陣を守る防衛部隊すら、前線に回す予定であった。
本陣は、最低限の後方支援部隊だけで済ますつもりだ。
なにせ、ここまでたどり着けるのは、ソーマだけ、
そして、彼相手ならばそんなもの居ないも同然。
そのオットーが思い描いた想像通りに、ソーマは最後方に到達する。
「来たか」
「ああ、来たぞ」
ソーマはオットーの前に姿を見せる。
「アラヴィン、戦士たちを止めろ、ここは俺がやる」
「分かりました」
オットーを守るべき向かっている戦士達、それを彼自身は邪魔だと言う。
事実、その通りであり、オットーとしても居ないほうが戦いやすいだろう。
アラヴィンもオットーから離れて、戦士達に邪魔させないように配慮する。
「いいのか?」
「無粋だろ、俺達の決闘の間には」
「……まあな」
そして、ソーマとオットーは向き合う。
あの、リュミエールの塔で向き合った時とは違う、
久しぶりの再開を喜ぶわけでもなく、明確に敵として別れて、
お互いに敵意をぶつけるだけであった。




