夢魔の強さとそれを打ち倒す意思
戦いは教会の外で行われていた。
お互いの能力の規模を考えれば教会の中で戦うのは無理があり、
更には教会を傷つけたくない、そんな思いから。
ローザが風の魔法で追い出すようにして、ソーマを吹き飛ばしたのだ。
教会から大きく吹き飛ばされたソーマは、未だ闇が覆う空を見上げる、
そして辺りを見ると、草木一本も生えておらず、
暴れるにはちょうどいい、不毛な大地だと気づく。
「ウイングシュート!」
そして、追撃するために追ってきたローザ、
その背中には黒い羽が生えており、夢魔特有の全力を出している姿だと確認する。
風が鋭くソーマに襲いかかる、だが魔力を纏ったソーマにそれが通用するはずもなく、
バチンと風の魔力は離散する。
だが、そんな事はローザだって分かりきっている。
「……あの時は手も足も出なかったな」
それは、大震以外の四天王が初めて顔を見せた時である。
その時は誰もが魔王に不信感を抱いており、素直に従うことはなかった。
「なら、3人で来い、そこで私の力を知るであろう」
そういったのが3人の癇に障る。
獄炎はおろか、ローザも氷刃も自分の実力は自負しており、
舐められていると思ったのだ。
特に怒ったのは獄炎だ、彼はこの中で一番力を信仰しており、
自分が最も強いと思っていたであろう。
「手を出すな、俺がやる!」
そう言って獄炎は、魔王に向かって炎を放射する。
爆炎となって、魔王はそれに直撃して、
氷刃もローザもその一撃で終わったと思ったが、
それを眺めていた大震だけは、やれやれと首を横に振るだけであった。
「ほう、これほどの炎は初めてだ、見ろ、私の髪の毛が少し焦げている」
「馬鹿な!」
爆炎の中から魔王は涼し気な顔で出てくる。
それは獄炎だけではなく、ローザも氷刃も驚いていた。
「ふざけんな! 俺の炎で髪の毛が焦げる程度で済むなんてあるはずがねえ!」
そのふざけた態度を取る魔王に、獄炎は怒りのあまりに頭に血が上り、
両手に炎の魔力を展開して、突撃する。
それに対して魔王はニヤリと笑い、自身も体術で対抗する。
左に右に動き回避して、翻弄する。
魔王はフットワークもよく、
魔力だけではなく身体能力も高いところを見せつけていたのだ。
「終わりだ」
「なにっ!」
そして、獄炎がスキだらけになったところに魔王は魔神の力を叩きつける。
辛うじて、その何かを感じ取った獄炎はガードすることに成功するが、
吹き飛ばされて、ただただその未知の力に恐怖するのであった。
「くっ、なによあれ!」
「待て、不本意だが3人でやるぞ」
ローザが1人で前に出ようとしたのを、氷刃は止めて、
3人で魔王に挑むことになった。
「そして、その結果、私達は敗れた……なのにいま私は1人で迎え撃とうとしている」
ローザ達は敗れた、魔王には遠く及ばず攻撃を当てることが出来なかったのだ。
そんな巨大な存在に、彼女は1人で挑もうとしている。
それも自分のためではなく、他者のためだ。
「昔の私が見たら驚くけど、変わるってこういうことなのね」
自分のために、自分だけの世界で戦っていた昔とは違う、
今は他人のために戦っているローザ、
それはしがらみであるが、どこか心地よさも感じている。
だから今は昔よりも力が出せる、そんな事を思っていた。
「サイクロン!」
ローザは風の上級魔法を唱える、
その魔法自体はイービルマウンテンでも唱えたものだが、
その時とは威力も規模も上がっている。
逆巻く風の刃、竜巻が全てを上空に巻き上げて、敵を切り裂く魔法だ。
風の魔法使いは好んで使う魔法であるが、
魔王の四天王の1人が唱えると、同じ魔法でも規模が違う、
これは昔よりも威力が上がっているとソーマは感じられた。
「これはまずいな」
いくら、闇の魔力の結界とはいえ、限度はある。
これはその結界の許容量を大幅に上回るものであり、
まともに受けた場合は無傷では済まないレベルに達していた。
ソーマは回避しようと後方に大きくジャンプをする。
「ウイングシュート!」
「なに!」
ローザは既にソーマの後ろに回っていた。
風の魔力による高速移動、それはソーマが知覚出来ないほどの速さであった。
疾風というローザの称号、それは伊達ではないということ。
夢魔という種族の特徴は美人なだけではない、
遥か昔では、夢の中に侵入して人を惑わす悪魔、
悪魔の特徴である羽、その名残である黒き羽で短時間であるが空を飛ぶことができる。
さらには、生まれつき多い魔力、誘惑という魔法、
闇の世界でも単一種族国家ながら、3大国の1つと数えられる夢魔の国。
それがローザの才能の1つである、風の力と合わさり、
3次元、縦横無尽を自由に動き回る疾き風、
だからこそ疾風と呼ばれていたのだ。
速度、移動力という点では魔王も上回っている。
「ちっ!」
ソーマは剣を抜き、ローザが放ったウイングシュートをはたき落とす。
その時点で神業だが、ソーマレベルになると難なくこなす、
風の魔力は、水竜の剣によって、叩き伏せられソーマは上空のローザを見る。
「遠距離攻撃か、得意ではないけどな!」
その距離は魔法による遠距離攻撃が適切だと思い、
ソーマは闇の魔法を詠唱する。
「ダークネスソード!」
魔王の記憶を手に入れたソーマは、いくつもの闇の魔法の知識を得ている。
その中の1つ、ダークネスソードは闇の剣を敵に飛ばす、
牽制的な意味合いも含めた、使い勝手のいい飛び道具だ。
「当たらないよ!」
「だが、これで距離は詰めた」
ローザが回避するが、その回避している時間にもソーマは上空の彼女に接近していた。
「くっ!」
ソーマは剣を振り下ろすが、ローザはそれを紙一重で回避する。
そうなれば、後はソーマは落ちていくだけ、そして空中では身動きは取れない、
そう確信して、ローザは上級魔法を唱えようとするが、
そこで予想外なことが起こる。
「え?」
ソーマは物理法則を無視して、急にローザに向かって接近する。
その動きにローザは驚愕してしまい、反応が一瞬遅れる。
剣が目前の襲いかかり、それを防ぐ手段はない、
ならば、ローザが取る行動は、迎え撃つしかない。
「ウイングシュート!」
「どこを狙っている!」
ローザはウイングシュートを放つがそれはソーマに当たらない、
だけど、狙いはそれで良かった。
「狙い通りよ」
「っ!」
ローザはいつの間にか地上に立っている、
それはソーマの一撃は空振りに終わることを意味していた。
「転移……それにしては速すぎる」
ソーマが思い浮かべた魔法が転移だが、
一瞬で発動できるほどローザが長けているとは思えない。
「となると条件付きか」
そして、その前に放ったウイングシュートが鍵となり、
ソーマはどうやって移動したか答えが出る。
「風は運搬の性質を持っていたな、ウイングシュートに自分の身体を引っ張らせたのか」
「ご明答、そういうソーマは自分の闇の魔力を足場にして空中で方向転換したね」
ローザが放ったウイングシュート、
それは着弾点に転移することが出来る能力を持っていた。
対するソーマも、空中で動けた理由は身にまとう闇の魔力を、
足場にするようにして、方向転換したのだ。
「まあ、空戦とまではいかないが対抗することは出来る」
ソーマは空に立ちながら、そう語る。
ソーマとローザ、立ち位置は逆になった形だ。
見上げるのはローザで、見下すのはソーマ。
「それにお前の魔法じゃ、俺には届かない」
「そうだね」
ローザの欠点、それは魔法の火力である。
火力という点では、風の魔法は弱い、
薄く切り裂いたり、轟かせ竜巻にしたりと、
コントロールに魔力を注ぎ込むせいで、
純粋な魔力量はどうしても少なくなってしまうのだ。
「だけど風っていうのは、見えているものが全てじゃないの、それを証明してあげる」
ローザは魔力を集中させる。
「サーキット・エア!」
そして、魔法を唱えると、緑色のオーブのようなものがローザの周りに展開される。
その数6つ、ソーマは一度だけこの魔法を見たことがある。
「全方位の魔法か、確かに厄介だがこの守りを突破することは出来ない」
オーブはローザに追従するように移動して、ウイングシュートが放たれる。
いわば補助系の魔法である。
「突破するつもりはないよ」
「なに?」
「突破するのは私の仕事!」
ローザは羽を羽ばたかせて、再び上空に舞い上がる。
目標はソーマの元、そのためにオーブからウイングシュートを放つ。
「無駄だ、所詮は下級魔法、結界を破ることなど……」
「勿論、それが狙いじゃないよ!」
ローザはウイングシュートに転移する。
こうして、後方の位置を取り、接近して魔力を直接叩き込もうとするが、
それを上回る動きをソーマは見せる。
「所詮は着弾点を見極めれば、どこに転移できるなど予測できる」
転移であるが、限られた条件、
どこにでも転移する出来ないなら、転移する場所を先回りすればいい。
ソーマは後方にそれたウイングシュートに転移すると読んで剣を構える。
だが、そこにローザの姿はなかった。
確実に後方に転移して、気配もそこにあったはず、なのに一瞬にして消えている。
「喰らいなさい!」
そして、その気配は前方に移動していた。
どうやって転移を、そう思い前方を向き直すと、
ローザが飛んだ地上にオーブが1つだけ残っている事に気づく。
時間差、
ローザはまずは無数のウイングシュートを放ち、接近する。
それに対してソーマはどれかに転移してくるかと予測して、
前ではなく後方に注意をしていた。
そして、ローザが消えた瞬間に後方を向く、
だが、その瞬間、彼女は地上のオーブからウイングシュートを放っていた。
そして、ソーマが剣を振る瞬間にそのウイングシュートに転移をする。
ウイングシュート自体はソーマに効かなく離散するが、
ここまで接近したことに意味があった。
今のソーマの結界は、足場に回している分もあり、いつもより薄くなっている。
それならば、接近して純粋な魔力をぶつければ、
それを破りダメージを与えれるかもしれない。
「くっ!」
だが、ソーマもそれを知っているので、奥の手である魔神の力を使う。
不可視の腕でローザを殴り飛ばそうとするが、
ローザはまるで見えているかのごとく、それを紙一重で回避するのだ。
そして、ソーマに取れる手段はなくなり、
ローザの一点集中させた魔力を受けることになる。
「がっ!」
ものすごい衝撃がソーマを襲い、風の力によって大きく地面に叩きつけられる。
大地が揺れ、大きな音を立て、砂埃が遥か上空に巻き上がる。
上空からローザは、着地点を見るが、砂埃が邪魔でソーマの姿は見えなかった。
勝ったのか、負けたのか、分からない状態であり、
集中を切らせた次の瞬間、その土埃の中から無数の闇の鎖が放たれる。
「これは魔王様の!」
それを感知した、ローザはそれを避けると闇の鎖は土埃の中に帰っていき、
徐々に土埃は晴れていき、小さなクレーターが姿を表した。
「なるほど、空気の流れで感知していたのか……見事なものだ」
そのクレーターの中心で、ソーマは未だに立っている。
だが、息は荒く、疲れを見せている。
「……大分、魔力を消費したな」
そう言うと、ソーマは何十本もの闇の鎖を展開して、ローザを捕え、
魔力を吸収しようとする。
だが、その魔法はやばいと知っているローザは、
勿論、回避するために上空を飛び回る。
ウイングシュートを放ち、それに連続で転移して、ソーマを翻弄する。
「ちっ、うっとおしい転移だ!」
ソーマはそれに激昂しながら、手を動かしてローザを追い詰める。
それでも、捕まらないので痺れを切らして、全鎖を一気にローザに襲いかからせる。
そのとき、ローザは動く、
ウイングシュートを放ち、
ソーマに接近して、もう一度、魔力を直接叩き込もうとする。
ローザにとってもその攻撃方法は、魔力を消費して辛いが、
これしかないので接近するしかないのだ、
それが本来が致命的だと知らずともに。
ローザはソーマに腕を掴まれて、そのまま地面に叩きつけられる。
そう、本来の接近戦ならばソーマがあまりにも有利なのだ。
速いと言っても近接戦闘をローザは得意ではなく、
逆にソーマは得意だ。
「くっ……きゃ!」
「いいのか避けないので?」
ローザは叩きつけれて空をあおぐと、そこには先程まで追ってきていたソーマの攻撃が迫っており、
容赦なく闇の鎖はローザに襲いかかった。
「速いな、流石に」
ソーマは魔法を解き、闇の鎖が消えると、そこにローザの姿はなかった。
ローザは一瞬で移動して回避していたのだ。
ソーマは膝をつく、魔力を吸収する目的で出したのだが、
結局は吸収できなく、更に魔力は減ってしまったのだ。
「魔王の戦い方は俺には合わないらしいな」
魔神を使役して、闇の魔法を重点に戦う、
その慣れない戦い方でソーマはいつも以上に消耗していた。
その戦い方は魔王の才がなければ成立しない、
自分には、自分の戦い方があるとソーマは理解する。
「やはり、剣しかないな」
幼い頃から振ってきた剣、
誰かを守ろうとして、必死に振ってきたものだ、
その意思は裏切るが、技術は裏切らない、
やはり俺には剣しかないと思い、水竜の剣を構えて、
消えたローザの先を見る。
「……やっぱり、バレてるね」
ローザは岩の後ろに隠れているが、ソーマはじっとこっちを見ているので、
ここに居ることは分かっているんだろうなと思った。
一度、深呼吸をする。
――分かっているのに攻撃をしてこない。
もしかしたら、ソーマは最後のチャンスをくれているのかもしれない。
ここで逃げれば私は助かる、だけど逃げたらシスターは殺される。
どちらかしか助からない……それならば私が取る選択は1つ、
ソーマを倒して、2人も助かるしかない!
「出てくるか」
ローザは岩影から飛び出して、ソーマの真上、つまりは上空に位置を取る。
見たところ満身創痍であり、ソーマよりも消耗している。
そんな彼女の様子を見て、ソーマは笑いがこみ上げてくる。
「それだけ消耗して、まだ俺の前に立つとはな」
「ここで逃げたら、大切なものが失われるから」
「それは、命よりも大切なものか?」
闇の世界では命が最優先だ、
命より大切なものはない、だからこそ命を奪い、自分の命を守る。
単純明快な事だ。
ローザだって、そうだったが、今は違う。
「それは、命よりも大切な事よ!」
ローザは天に腕をかざす、するとそこから緑色の魔力の柱が天を貫き、
先程まで、補助していたオーブはソーマの周りの大地に滞空する。
「これが私の全力の魔法……ブレス・オブ・クルセイダー!」
ローザが魔法を唱えると、天から巨大な雷が降り注ぐ、
大地を揺るがす、神の雷、
それが大地に降り注げば莫大な被害を及ぼすが、
ローザはオーブで結界を作ることで、範囲を絞りその地点に集中させている。
ソーマの周りに降り注ぐ神の雷、その雷はコントロール出来なくて、
未だにソーマには命中していないが、当たるのも時間の問題だろうか、
ソーマは何か対処する必要があるが、じっと天を見つめるだけだ。
「神の雷……まさしく打ち倒すのに相応しいな」
水竜の剣を構えて、腰を深く落とす。
「闇の魔力、その扱い方法は熟知できた……なら、あとは俺に合う使い方をするだけだ」
負の感情を糧として生成される、闇の魔力。
始めは復讐心で湧いた力であり、それを制御できるとは言いづらかった。
だが、今は違う、負の感情を思い描きながらも、それを御することが出来ているのだ。
それは魔王の記憶、この世界の事、
それを思えば自分の事などちっぽけに思えたからだ。
だからこそ今、負の感情に飲まれずに、闇の魔力だけ溢れ出す事が出来る。
「天を貫け!」
ソーマは天を見る、幾多も降り注ぐ神の雷、その1つが遂にソーマに牙を向いた瞬間、
ソーマは力を開放して、天に剣を振り抜く、
すると剣から闇の魔力は放出されて、雷を切り裂き、空の暗雲を貫き、
ローザが放った魔力の核を破壊して、とてつもない魔力の放出が行われる。
バチバチと暗雲は放電して光を発する、
そして、ソーマが放った闇の魔力は、言葉通りに天を貫いて、
そこだけ暗雲がぽっかりと穴が空き、久々の太陽の光で大地を照らした。
「やっぱり、勝てなかったな」
溢れ出る光、
ローザはそれを見届けながら、光の中、ゆっくりと地面に落ちていく、
魔力切れであった。
「終わりだな」
ソーマは大地に落ちたローザに近づき、勝敗を宣告する。
ローザはなおも安らかであり、覚悟を決めている表情であった。
「私の負け……殺して」
それだけ言って、ローザは意識を失ってしまった。
敗北は死と同意義、そう教え込まれた故の発言だ。
ソーマは剣を振り上げて、ローザを見る。
相変わらずの美女であり、殺すことをためらうような見た目と、優しさだ。
だけど、今は敵となった。
だから、前とは違い、この剣を振り下ろさなければならない。
今まで歩いてきた道が正しいという証明のためにもだ。