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聖女とシスター


 ソーマとローザが出かけてから、1週間、


 最後の教会で、リリーは久しぶりに聖女の仕事を行なっていた。


「主よ、祝福を授けたまえ」


 リリーが祈りを捧げると、


 祭壇はやんわりと光を発して、聖なる力を宿す。


 教会の祭壇といったものは、こうやって聖なる力を宿すのが決まりだ、


 これが出来るのは限られた高位の神官だけであり、


 その頂点に位置している、聖女なら容易いものであった。


「お手数をかけてすみません、私には祝福が使えないので……」


「いえ、この程度ならば毎日やっていたものですので」


 大神殿の祭壇はこれより立派で、聖女が朝に祝福をかけるのが決まりであった。


 祝福とは、いわば厄払いのようなもので、


 おまじないの一種である。


 正確な効果は測れないが、心理的に安らぎを得ることが出来るので、


 クロムベルトの国民の間では人気である。


 お金を少し払えば、一般人でも祝福を受けられるし、


 本格的なものは、貴族たちが利用する。


 そのおかげで神殿の1つの収入源となっていた。


「お茶を入れてみました、お口に合うとよろしいですが」


「あら、頂きますわね」


 リリーは彼女から紅茶が入ったカップを受け取る。


 カップを触れたところ、それが飲みやすい温度だと分かり、


 彼女はカップの縁に口をつけて、一口喉に通す。


「あら、これは……クロムベルトの紅茶ですか?」


「はい、この前、ローザが持ってきたものですが」


 この世界で紅茶といえば、クロムベルトかブライトニアのものだ、


 ブライトニアでは大衆に飲まれるものだが、


 クロムベルトは貴族が主に飲むものであり、


 クロムベルトの方は高級品だ。


 リリーも聖女という立場であり、紅茶は毎朝飲んでいたので、


 ブライトニアのものか、クロムベルトのものかは判別が出来た。


「しかし、これは私が毎朝飲んでいたものと同じですわね」


「1ヶ月ほど、リリー様のお世話役に抜擢されたこともあるので」


 聖女には侍女が3人ほど着くことになっている。


 選ばれるのば優秀な女性であり、このシスターも優秀なので選ばれた事がある。


 その時にリリーが好む紅茶の入れ方を教えられたので、


 それを今一度実践してみたら、リリーに好評だったというわけだ。


「あら、そうだったのですか……確か、マリア・ミランダですよね」


「いえ、私の名前などリリー様は覚えているはずがありません」


 このシスターの名前は、マリア・ミランダ、


 マリア自身は、1人のシスターに過ぎないので、


 聖女であるリリー様が覚えているはずがないと思っているが、


 リリーはその名前を思い出していた。


「一度だけ、その名前を聞いたことがあります、神官がとても優秀なシスターがいると、しかし偉く真面目で心配とも言ってました」


 神に仕えるものであろうが、息抜きはする。


 しかし、マリアは常に真面目で、


 確かにそれは良いことなのだが、真面目すぎると逆に過激な事もしてしまう。


 現にマリアはこんな危険な地で1人で教会を運営している。


 良いことだが、行き過ぎた事には変わりがない。


「そうですね、私は思ったことをすぐに行動に移してしまいます」


 短絡的思考とも言うべきか、そう思ったからそう行動する、


 手段は考えずに、やりたいと思った事に歩き始める。


 それが彼女の欠点であった。


「さて、これを飲んだら、掃除でもしましょうか」


「はい」


 リリーは残った紅茶を冷めないうちに飲んでしまうと、


 再びカップに口をつける。


 そして、それを待っていたようにして、


 教会のドアがバンと力強く開く。


 それにマリアはビクッと身体を震わせてしまうが、


 リリーは動じずに紅茶を飲みながら、険しい顔でドアを見つめていた。


「ここか資源を独り占めしている教会ってのは」


 扉から出てきたのは、ソーマとローザではなく、


 ガラが悪そうな男5人組であった。


 どうみても祈りに訪れた感じではなく、嫌な予感しかしない。


「何の事でしょうか?」


 それでもマリアは、一応シスターとして対応をする。


 資源を独り占めと言われても何のことかピンとこなかったのだ。


「食料を人質に取って、珍しいものを奪い取っている所はここだと言っているのだ」


 それは、この光が少ない地方でも育つ闇の世界の植物の事を言っていた。


 確かに見方を変えれば、この教会が種を独り占めして、


 他の所から流れてきた希少品を頂いているので、そう捉えられるかもしれないが、


 事実無根な事である。


「あの植物は、育て方が普通のものとは違います、それに一時的な処置でもあるので、繁殖させるわけにはいかないのです」


 闇の世界の植物は、光の世界の植物とは違う所がある。


 それに植えすぎて、環境が闇の世界の環境になってしまっても困る。


 今は徐々に大地が回復している所であり、


 ローザが渡している種は、その回復するまでの一時的な処置だ。


 もし、蒔きすぎたら土壌が完全に闇の世界のもとなり、


 光は永遠と失われるかもしれない。


「御託はいい、そこに食糧問題が解決出来る手段があるならば、さっさと俺達によこせ」


「目先の利益しか考えない、滅びゆく者の考えですわね」


「あ? なんだ、てめえは?」


 リリーはいつの間にか紅茶を飲み干して、マリアの横に立っている。


「ふざけるな、お前は俺達がどれだけ食料に困ってるのか知っているのか!」


「あるお話があります、貧しいものに魚を与えるより、魚のとり方を教えたほうがその者のためになる、ですが、誰も教えたり、教えを請いたりしないと、なぜだと思います?」


「知るかよ!」


「魚のとり方を教えてしまうと、絞り取ることが出来なくなる方です、魚を与えれば、定期的に絞り取れますが、自分で取れるようになればそれも必要がなくなる、つまり魚のとり方さえ知ってしまえば長期的ですが貧困から脱出出来るという事」


「それが俺達と何の関係がある」


「ふふふ、面白い事に人は目先の物に釣られるのが大多数、魚釣りと全く同じ、餌をぶらつかされてそれに食いついてしまう」


「俺達が餌に釣られた魚だと言いたいのか」


「いえ、あなた達は餌に食いつく欲張りという所ですわね、折角、ルールを守り、長期的に安定させようとする漁師さんがいるのに、勝手に食いつく魚といったところでしょうか?」


「ふざけやがって!」


 リリーは煽るように、キョトンとした表情になり、


 馬鹿にされたと感じた男の1人が斧を振り下ろさんと、リリーに襲いかかる。


「リリー様!」


 マリアは、反射的にリリーを守るようにして彼女の前に立つ。


 それを見た、リリーは驚くがすぐに魔法を唱えて結界を展開した。


 振り下ろされた斧は、マリアには届かずに透明な壁のようなものに防がれる。


 今度はマリアが驚く番であった。


「聖女様の……結界」


 噂には聞いていたが、見るのは初めてである。


 クロムベルトが聖女によって、魔王から守られていたのは常識であるが、


 それが働くところを見たものは少ない。


 聖女であるリリーが戦うことは、ほぼなかったので、


 彼女が結界を発動させる所を見たものは、


 指で数える程度だろうか。


「魔法使いか!」


「魔法が使えるだけですわ、さて……灰になりたいものから前に出なさい」


 そういって、リリーは炎の魔法を発動させて警告する。


 一般人にとって魔法とは、恐怖の象徴である。


 向けられてるだけで下手に動くことが出来ない。


「くっ、覚えておけ!」


 そんな、三下テンプレのセリフを吐いて、


 男たちは逃げるようにして出ていってしまい、


 マリアの表情はホッとしたものに変わる。


 気丈な彼女であるが、怖いものは怖いのだ。


 そして、リリーも結界を解いてマリアに向き直るのだ。


「差し上げてしまえばよろしいですのに、例えそれで滅びても自業自得ってやつですわ」


「……それは出来ません」


 リリーからすれば、そこまで言うならば、その種をあげればいいと思うのだが、


 マリアは、それは滅びの一因なので譲らないという意思であった。


 一見すればリリーの方が優しくあり、マリアの方が意地悪に見えるが、


 本質は、リリーはどうなるか知っていながらも無知な人間を見放す行為であり、


 マリアは無知な人間に知識を教えて、歯止めをかけているので逆なのだ。


 だが、理由を教えて、


 なお欲を優先する人間を助ける理由がリリーは分からなかった。


「なぜ、貴方はそこまで自分の身を削ってまでも人を助けるのですか?」


 マリアが喜ばれたい、崇められたいという意図で人助けをしているとは、


 これまでの行動、信念から、リリーは思っていない。


 だから、何のために人助けを行うか、分からなかったのだ。


「リリー様は言いましたよね、神は残酷だと」


「ええ」


「私もそう思います、神は残酷で、私達は常に神からの鞭で打たれていると……だからこそ、私はどんな人間にも救済は必要だと思っているのです」


 神は残酷だ、


 鞭しか与えない神に人々は、ただただ堕ちていくだけだと考えている。


 だからこそ、救済という飴を与えなければならない、


 この世界に生きていること自体が既に鞭なのだから。


「罰は常に神が与えるもの、だからこそ私達が与える必要もないと考えているのです」


 マリアがリリーを許容した理由がそれであった。


 何がともあれ、罰は自然に天から下される。


 自分たちが罰を下すなどおこがましいことだと、


 だから彼女は飴と鞭で言う、飴側であろうと思っているのだ。


「なるほど、ある意味貴方は神を信じているのですね」


 神は必ず人を罰する、そう信じてなければ成り立たない事である。


「ですが、神でも罰せれない存在が居るとき、貴方はどうするのですか?」


 リリーはマリアに問を投げかける。


 もし、神よりも上の存在が居るとするならば、それをどう罰するのか、


 その意外な問にマリアはぱっと答えれずに考え込んでしまう。


「それは……考えたことがないです」


「そうですわね、神殿では神が最高位だと教えますから……ですが、現に神に追いつき、神を越えようとする人間を私は知っています、そして、その時神は、彼を罰するのでしょうか?」


 マリアは口ごもってしまう。


 それに対しての回答を持っていなかったからだ。


「ふふふ、少し意地悪が過ぎましたね、これは特別な例なので……貴方の考えは正しいと思いますよ」


「は、はい、ありがとうございます……あの、リリー様ならどうなさるのですか?」


 マリアは恐る恐る、リリーに答えを聞いてみる。


 すると、リリーは不穏な笑みを浮かべながら口を開く。


「神に楯突くなど恐れ多い事、私達はただその結末を見守るしか出来ないのです」


 神がすることに干渉するなど、人間には不可能だ、


 例えそれが、どんなに間違っていたって、残酷であって、失敗しようとも、


 見守るしか出来ない、つまりはどうしようも出来ないのだ。


「でも、知れば覚悟は出来ます、貴方は神がすることを知りたいですか?」


 リリーはそう付け加え、マリアの興味を引き、


 マリアはそれに引っかかり、まんまとリリーの術中にはまってしまうのだ。


 そしてそれが、彼女に闇を差すとしっていながらも、リリーは語り始めた。

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