かつての宿敵の記憶
――俺が見た光景はどこまでも白が広がる、厳しい雪原の風景であった。
永久凍土、その大地はどこまでも冷たく、空はいつも暗い、
光など全く存在しない世界、闇の世界を象徴するような厳しさ、
そんな世界で1人の少女は猛吹雪にも屈せずにその場に立ち尽くす。
空を見上げる、殆どが降り続ける雪に視界が遮られるが、
その見えない空の向こう、
そこに何かを求めるようにして真っ直ぐ見上げていた。
「あの向こうには光があるのだろうか?」
その少女は光を求めていたのだ。
この光なき世界、その中で光を求めるのは、ある意味必然である。
自分が持っていないものを欲するのは、
人が自然と持っている欲である。
だからこそ少女は光を欲する、
彼女にとって光とは、物語の中に出てくる、
希望と栄光の象徴であったのだ。
これが魔王の自分しか知らない、幼少期の思い出であった。
――そして、時が経ち魔王は15歳になる。
「よし、リオンよ、私の事はこれからサラと呼べ」
「名前ですか? 名前などいらない、私は私であればいい……と、言っていましたのに」
「うむ、しかしだな、必要だろこれから」
サラは、隣にリオンという名の男を連れて、
エーテル列車という乗り物で、長距離を移動するために駅という場所に訪れていたのだ。
このリオンこそが、後の大震であり、サラが最も信用した男だ。
サラは今まで名前を必要としていなかったが、
これから都会の学園という場所に通うことになる。
その場所では名前という記号があったほうが分かりやすいと思ったのだ。
サラは、そこでマナを専攻する、エーテル学を学ぶことになる。
学生生活の時代は、サラにとって最も光に満ち溢れていた時代であっただろうか、
様々な仲間に囲まれて、未知数なものを明らかにしていく研究の日々、
マナは光と呼ばれており、サラにとっては憧れのもの、
だからこそ、それに毎日触れる生活は彼女にとって、
最も充実していたのだ。
だが、そんな日々も影がさすことになる。
サラが面白半分で、自分の血を……つまりは自分の家系を調べようと考えたのだ。
サラの両親は小さい頃にこの世を去っており、
自分の生まれに興味があったのはあるが、ここが彼女の運命を決定づけたのだ。
そして、その結果を見たサラは、
自身の力についても納得できるものだったのだ。
「お呼びですか?」
サラはリオンを呼び出して、学園の屋上で二人っきりで会っていた。
リオンは歴史を専攻しており、サラと学部が違い会うことも少なくなったが、
こうして忠誠を誓っているのは、昔と変わりがない。
「私は今日、過去を知った」
「過去……ですか」
「私は初代魔王の血を受け継いでいるらしい、どれくらいかは知らないが」
調べた結果がそれであった。
サラは昔から他の者と比べて、大きな力を持っていた。
大の大人を圧倒出来るのは勿論、Sランクの魔物だって倒すことが出来る。
なぜそんな力を持っているか、その理由を今まで知らなかったが、
今日、その答えを知った。
「お前と出会ったのは、光の跡地だったな……知っていたのか?」
光の跡地、それはレムナント・ラスタの跡地であり、
今は極寒の地の中に存在する廃墟だ。
サラはそこでリオンと出会った。
「私は、一族の使命に従い向かったまでです」
「一族の使命だと?」
「私の一族は、代々レムナント・ラスタの魔王に仕える身、ですが私が貴方と出会ったのは偶然です」
あの時、あのタイミングでサラとリオンが出会ったのは偶然だ。
リオンの一族の掟は、光の王国が滅んだ日にそこに向かう、
その向かった時にたまたまサラが居ただけだった。
「私が貴方に従いたいと思ったのは、それが運命と感じたのと、私の直感がカリスマを感じたからです」
「……そうか」
リオンは決して誰かに言われて従ったわけではない、
自分の意思で従うと決めたと主張した。
それこそ、サラが何かを持っていると知らなくても、従うと決めた。
それを聞いた、サラは憂いた顔で屋上の縁に腰をかけて空を見上げる。
「この街は眩しいな」
この街には結界が張られており、
マナを利用して明るいようにする技術が使われている。
レムナント・ラスタの失われた技術の再現であり、
この学園がある都市と、夢魔の国と、王都にのみ使われているものだ。
だからこそ王都はマナを支配しようとしており、
弱者の国はそれに虐げられるだけだ。
「リオンは知っているか? レムナント・ラスタの失われた4章を」
「勿論です、4章は異界、光の世界への侵攻を書いたもの、ですが、結果は敗北だったのでそれが語られることはなかった」
「そして、レムナント・ラスタは失墜した」
レムナント・ラスタの物語は、王冠、玉座、王国の3つだが、
本当はその後を書いた異界の物語もあった。
だが、それは魔王側の負けになり、それが語られることはなく、
それがあったという情報だけが、細々と伝わっていたのだ。
「初代魔王である、ダリスが渡った世界……それを見たくはないか?」
「それはもしかして……」
「私の名はこれから、サラ・レムナントだ」
それこそ初代魔王の名前である、ダリス・レムナント、
それを語り継ぐとサラは言っているのだ。
つまりはこの世界を統べる魔王になるという覚悟だ。
だが、そこでサラは昔の記憶を思い出すことになる。
「間もなくこの世界は終わる」
それはサラの両親が死に、なんとなくだがレムナント・ラスタの廃墟に訪れた時だ。
黒いローブを着た男に出会い、そんな事を言われた。
その男はそれから分かったようにしてサラに運命を語った。
そして、その男が去った後にリオンが現れたのだ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……」
そんな決められた運命など信じるものか、
サラはそう思っていたが、運命とは残酷で変えることが出来ないと、
これから思い知ることとなる。
――闇の中から誰か、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ソー……マ、ソーマ!」
「私は……いや、俺か?」
ソーマは目を覚ます、自分がいつの間にか玉座に座りながら、
寝ていることに気づき、ここが元の魔王城だと気づく。
神話の記憶を見て、魔王と邂逅して、
ここに戻ってきたが、ソーマはローザと違い、
魔王であるサラの記憶も見ていたのだ。
その影響で記憶が混じり、自分がサラと認識してしまったが、
一瞬で記憶が整合性を取り、ソーマであると認識し直す。
「大丈夫?」
「ああ、問題はない」
ローザは先に目を覚まし、玉座で眠るソーマに心配して声をかけていたが、
全く起きなかったので危機感を抱いていたが、
こうして、ソーマが起きたことに安堵の表情を見せていた。
「これで、目的は達したというところか?」
「……うん、そうだね」
お互いに色々な思いを抱きながらも、魔王城での目的は達成した。
後は最後の教会に戻るだけだが、
「……イービルマウンテンをまた越えなければならないんだよね」
「まあ、今日はやめておくか」
あのSランクの魔物の巣窟、
そこに挑む元気は、今の2人にはなかった。