過去の光
ソーマとローザに魔王を加えた一行は、
この、レムナント・ラスタの街中を歩いていた。
誰もが、幸せそうな顔を見せており、
まさしく光の世界といってもいいほど明るい雰囲気だ。
「そもそも、光の世界も闇も世界も始まりは1つであった」
「元々は1つの世界だったということか?」
「そうだ、だが、何らかの要因で2つになってしまった」
元々の世界は1つであり、そこから世界は別れてしまう。
それこそ、まだ勇者も魔王も存在しない、
はるか昔の話である。
「このレムナント・ラスタは、初代魔王が作り上げた、闇の世界で唯一の光の王国だ」
レムナント・ラスタ、
それは闇の世界で光を作り上げようとした、初代魔王が統治する王国であった。
「ということは、これは初代魔王時代の記憶ということか」
「そうだ、必要だと思い私の記憶の中に封じ込めていたのだ」
これは初代魔王の記憶であり、ソーマが戦った魔王の記憶でもある。
そのため、ここにいる魔王も記憶の存在であり、
実在していないことになる。
魔王の秘密とは、この王国の記憶の事だったのだ。
「クロムベルトの聖女、アクアティリスの巫女、光の世界で言えば、その伝説が始まる少し前の時代だな」
「神話が語られる時代ということか」
「そうだな、レムナント・ラスタは闇の世界でいう神話だ」
光の世界に神話があるように、闇の世界にも神話は存在していた。
殆どの人が知っている、伝説の物語。
壮大な物語は多くの読者の心を魅了して、記憶に刻みつける。
この魔王とて、その1人であった。
「下巻である王国は、魔王が魔王である理由、つまりは光の世界を侵略する理由が語られる」
「……この世界は破滅する、なぜなら隣の輝く世界が光を支配しているからだ」
ローザは思い出すように、一文を口ずさむ。
「その通りだローザ、要するに戦いの正当化だな」
それは光と闇の世界の関係性のことだ、
光はマナ、つまりは光の世界はマナを支配しているので、
闇の世界には巡らずに足りなくなり崩壊する。
それを防ぐために光を奪おう、そういう事だ。
「だが、その光とはなんだ? マナとは一体どういうことか? そもそもなぜ世界はこんな事になっているのか? 私はそこに焦点を当てた」
「それをお前は知っているのか?」
「手がかりだけはな」
ソーマ達は気づけば、白い立派な王城の前についていた。
それはよく見ると、最近似ている城を見たことに気づく。
「あれ? 魔王様の城に似ているね」
それは光の世界に転移させた魔王城、
材質こそは普通の石材なので、色は違うが、
形は酷似している。
「む、私はレムナント・ラスタのファンだからな」
少し恥ずかしそうに魔王は小さな声で話す、
それを聞いた、ソーマは、
魔王だからといっても、人間らしさは存在するんだなと思いながら、
魔王を横目で見ていた。
城の中に入るも、相変わらずソーマ達は誰からも気づかれない。
その事に奇妙な感覚を覚えながらも、大きなドアの前にたどり着く。
見張っている兵士さえもスルーして、ソーマ達はドアをすり抜け、
初代魔王の元にたどり着いた。
謁見の間、玉座が存在する、城の中心となるところ。
今、その場には初代魔王と黒いローブの男らしき者が一対一で話し合っている。
「さて、闇の民と言ったな、貴様の話は真であろうな?」
「私達は嘘はつかない、この世界は崩壊する」
「マナ不足か、確かに学者の情報で危惧されていた問題だが……そこまでとはな」
マナは闇の世界では少なく重要なものだ、
だからこそ研究対象となっており、1つの学問となっていた。
「空を飛ぶ死告鳥も何か関係があるのか?」
「死告鳥? ……ああ、こっちではそう呼ぶことになるのか、言い得て妙だな」
それは光の世界では神の使いと言われ、
こっちの世界では死神と呼ばれているようなもの、
闇の民はその関係性を知っているのか、1人面白がっていた。
「ああ、その死告鳥が空を飛ぶ時、隣り合う世界への門が開くことが出来る」
「なるほど、それでどうすればこの世界は助かる?」
「その世界から光を奪えばいい」
闇の民は淡々とそう言う。
確かに口に出せば簡単なことだが、
それに対して、初代魔王の顔は曇りを見せる。
「簡単に言ってくれるな」
「お前は光に憧れているはず、だからこそ面倒な石材と鉱石で、偽りの光の世界を造り上げている、ならば本物を奪えばいい、違うか?」
「偽りとは言ってくれるな……だが、否定はせん」
偽り言われて、初代魔王はカチンと来たが、
それは間違いではないので、正すことは出来なかった。
「どちらにせよ、滅びが来るのは決まっている、滅びたくないなら戦うんだな」
黒いローブを着た男はそれだけを言ってその場から去ろうとするが、
それを初代魔王は呼び止める。
「待て、お前はどうなんだ?」
「私か? どちらでもいいが……そうだな、私も闇の世界側、勝利の天秤がこちらに傾くように力を貸してやろう」
世界が崩壊するというのに、全く関心を見せないその様子、
何を考えているのか計り知れなく、初代魔王は真意を問いただすことが出来なかった。
そして、今度こそ黒いローブの男はその場から消え去り、
謁見の間に残されたのは初代魔王のみとなる。
「もう一つの世界か……そうだなこれはお前の記憶にしまっておけ」
初代魔王はこの場に居ながら、見えない存在、
力を得るために契約した魔神に語りかける。
「お前は元々は光の神だと聞くが……向こうの世界はそんなにも光に溢れているのか」
返事は返ってこない、魔神は元々は光の存在だと言われている。
だが、今では心を奪われて、闇の神に落ちている。
ただ、力をかざすだけの存在だ。
独り言のように語りながらも、初代魔王はこれから事を思案するが、
そこで時が止まったように、空間は停止する。
記憶の再生が終わったのだ。
「これが、勇者と魔王の終わらない戦いの始まりだ」
「そうか、やはり正義はあるんだな」
結局のところ、魔王側も世界を守るためという正義を持って、
戦いを挑んでいたのだ。
生き残るために、その一心で侵略を行う。
「だが、それは本当に正しいのか?」
だが、魔王はそれに一石を投じる。
確かに生きるため、しょうがないという部分もある、
だが、しょうがないから奪う、それは間違っていると、
その考えはソーマがたどり着いたものと同じである。
「仕方がないからと諦めるのは間違っている、そうだろ?」
「ああ、だからこそ俺はこの世界を壊し、創り変える、誰も争わない世界に」
その答えを聞いた、魔王は満足そうな表情を見せる。
「ふっ、いいかよく聞け、そのために必要なのは、世界を壊す破壊術と世界を創る創造術が必要だ」
それは神の力、
何でも壊せる破壊術と何でも創れる創造術、
この力があってこそソーマの目的は達成できるが、人には有り余るものだ。
「破壊術は私が見つけて、魔神の中に封じ込めている、だが創造術の在り処はわからん、恐らく光の世界のどこかに隠されていると思うが」
「となると、怪しいのは光の民か」
何でも知っているような、世界の仕切り屋。
リュミエール地方に存在する、謎に包まれた存在、
彼らならば何かを知っているとソーマは思い、
魔王もうなずき、それに同意見であった。
「だが、気をつけろ、光の民も闇の民も未知数な何かを持っている、さっきのやり取りの後、闇の民は初代魔王に魔物を操る力を授け、それは受け継がれてきた」
魔族が、魔王が魔物を味方につける理由、それがあの闇の民の存在であった。
それこそ、理解不能なまま使った力であり、
創造術や破壊術よりも未知数なものなのだ。
魔王が光の民にうかつに手を出せない理由がそれであった。
「まずは光輝の礎を見つけよ、それこそが光の世界を支える柱であり、それの主導権を握ればあるいはどうにかなる」
「ああ、分かった」
光輝の礎、それは光の世界を繋ぎ止めるものであり、
それを破壊すれば光の世界は破壊される。
といっても超常なものであり、まともな場所にあるはずもなく、
魔王でも見つけることが出来なかったが、
それさえ見つけて、破壊術で人質を取れば、どうにかなるかもしれないと考えたのだ。
「……さて、このぐらいだな」
魔王がそう言うと、謁見の間の景色は消え去り、
記憶の終わりを迎えようとする。
それは、魔王との別れも意味していた。
後は消えゆき、元に戻るだけだが、
ソーマは聞きたいことが1つだけあった。
「待ってくれ、お前の名前は何という?」
「なに?」
「魔王を思い出す度にお前と呼ぶのは、気が引ける」
魔王だって人であるならば、名前はあるはずだと、
ソーマはそう思い、名前を知りがっていた。
それに対して魔王は少しだけ考える仕草をして、
ローザもそういえばという表情を浮かべる。
「そういえば、私も知らないかも」
ローザも魔王の名前は知らなかった、
呼ぶ時は魔王様であり、名前を呼んだことはない。
「ふむ、そういえば私の名前を知っているのは大震だけだ」
昔からついてきた大震、彼だけは魔王の名前を知っていた。
それ以外は、四天王のローザさえも知らない、
だからこそ、ローザは今、魔王の名前を知りたがっている。
「そうだな……もはや死者の名前だが記憶されるのはいいのかもしれん」
そう言って魔王はタメを置き、
ソーマとローザは、魔王の口から語られる言葉を待つ。
そして、魔王は口をゆっくりと開かせて、久しく口に出していない、
自身の名前を語る。
「私の名前は、サラ・レムナントだ」
「え、その名前って……」
ローザは困惑する。
その名前は女性の名前であり、なおかつ失われた光の王国の名前でもあった。
すると、魔王の身体から闇が剥がれるように抜け落ち、
魔王の本来の姿を、ソーマとローザが見れるようになる。
「初代魔王たる、ダリスの血を受け継ぐ最後の魔王、それが私だ」
サラは最後の魔王を自称している。
それがどういう意味での最後かは計り知れないが、
魔王が初代魔王の血を受け継ぐ、そして女性なのは予想できないことであった。
それどころかローザでも知らず、知っていたのは大震だけだ。
「なぜ性別を偽っていたんだ?」
「男であったほうが都合がつきやすい、ただそれだけだ」
男の振りをしていたほうが、魔王であることを納得させやすい、
特にサラの姿は、美しさでいったら夢魔であるローザと謙遜ない。
美の化身といってもいいであろうか、
だが、王となると屈強な男の方が威厳がある。
適材適所と言うべきか、魔王であるなら男装の方が楽だったのだ。
「最後に私の記憶を託す、色々な情報が含まれている、有効活用するんだな」
そして、サラの姿が徐々に闇に溶けるよにして消えていく、
だが、そこから溢れ出したほんの僅かの光がソーマの中に入っていき、
ソーマはその暖かさを確かに受け取っていた。
「誰の中にも光と闇はあるということか」
「ふっ、そうなのかもな」
サラは最後は笑顔になりながらも、今度こそ完全に消滅する。
その最後は決して後悔ではなく、希望見つけ出した表情であった。