狂った魔法使い
――ああ、これほどとは。
これほどまでに心が壊れそうになるとは。
復讐は何も生まない、残るのは虚無感だけだ。
よく言ったものだ、だけど俺はやらなければならない。
ここでやめてしまえば俺は自分の正義に反することとなる。
もう、戻ることは出来ない。
だからこそエリーゼは惨たらしく、殺さなければ。
でなければ、俺は俺でなくなってしまう。
ソーマは結界に向き直る。
こんな結界を壊すのは朝飯前だ。
魔力を込める。
その魔力を結界に開放しようとする刹那、
急にエリーゼは結界の外に出される。
「え?」
呆けていたのはソーマではない、エリーゼだ。
「な、なんで……」
エリーゼの顔は恐怖で歪んでいる。
サメが泳ぐ海に血まみれで放り込まれた、この行為はそれと同意義である。
「出してと言ったのは貴方ですよ?」
「そ、そんな!」
エリーゼは結界を叩いて、入れてくれとアピールするが、
聖女に開ける気配は感じられなかった。
「どういうつもりだ?」
「見ての通りです、復讐の続きをどうぞ」
ソーマは疑問に思う。
聖女の顔は笑顔そのものであり、自分の行為を悪く思っていない。
彼女の性格からしたらあり得ないが、今は好都合であった。
「やめてよ! 私はジュリアンに命令されてあんなことを言ったの! だから私は見逃して!なんでもする、なんでも言うことを聞くから!」
――ああ、これなら大丈夫そうだ。
「ああ、勿論、ジュリアンも殺すさ」
「きょ、協力するわ!」
「俺はジュリアンもって言ったんだ、それとも死より辛い目に合いたいのか?」
「ひっ!」
エリーゼは分かりやすいように怯え、ヒステリックに叫ぶ。
ソーマは剣をエリーゼの方に投げる。
「え?」
「自害のチャンスをやる、楽だぞ」
エリーゼは一瞬だが呆ける、
ソーマとしても剣を手渡す行為だがそれすら問題ではないということなのであろう。
剣を手に持ち、そして剣先を自分の心臓に向ける、
その剣はアベルが使っていたもの、その血塗なれた刃を見て、
死んでいったアベルの事を思い出してしまう。
「はあ……はあ……嫌、嫌、死にたくない……いやあああああ!」
そして錯乱する。
エリーゼは剣を持って、突進する。
魔法使いが剣を使う、これほど無謀なものはない。
エリーゼは魔法で戦う、それすらも忘れるほど錯乱していた。
ソーマはそれに対して、黒き魔力で応対する、
闇はエリーゼに向かって一直線、
それを食らった、エリーゼは吹き飛んで結界に大きくぶつかり倒れる。
「ああ、アベル、助けて……」
アベルの亡骸に助けを求めるが、
勿論、返事は来ない。
「……時期に死ぬが苦しみを味わってもらう」
ソーマの放った一撃は、即死ではなかった。
それが逆に苦しみの時間を与えるのだ。
「いや、しにたくない、あべるにこくはくしたのに」
「向こうで待ってるだろ」
「むこう?」
「ああ、向こうだ」
「そっかあ、いまいくからね、でもとてもくるしいなあ、これもしれんなのかな? あはは――」
エリーゼは狂ったように笑い出す。
その傷まれない様子、ソーマは目を背けない。
決して楽にはしない、楽にはならない。
それこそが復讐という覚悟なのだから。
「あはははははははは……は……は……」
そして笑い声が止むと同時にエリーゼは息絶える。
ここに2人めの復讐が行われた。