魔王城道中
魔王との戦いは、今も記憶に新しい。
それはソーマだけではなく、皆がそうであろう、
全世界を掛けての総力戦、各地にその爪痕が未だに現れている。
その傷が癒えぬ内に、また戦争を繰り返す人間は愚かだと、
神がいるならせせら笑っているかもしれない。
だけど、それでも戦う必要がある、
そのせせら笑う神を天から引きずり下ろすためにも。
「魔王城か……もはや懐かしいな」
「あれから、半年ぐらいしか経ってないのに?」
「まあな」
最終決戦から半年、時間としてみれば最近の事かもしれないが、
余りにも変わりすぎたのでソーマは、もうその事を思い出として懐かしんでいた。
「……なあ、魔王はどういう奴だったんだ?」
「え?」
唐突にソーマは、ローザに魔王の事を尋ねる。
今は魔王城に向かう道中、リリーは教会で復興の手伝いをしている。
この道中の魔物は強い、ソーマもそれは一度経験したので知っており、
リリーはお留守番というわけだ。
「うーん、カリスマというか……私達の上に立っているって納得できるようなオーラがあったかな」
「……確かに得体の知れない威圧を感じたな」
カリスマというのは感覚的なものだが、ソーマも感じたことはある。
例えば、オットーは親しみやすいが、王としての貫禄を見せつけられたことがあるし、
ローゼリアは全てを包むような安らぎと高潔さを持っている。
対する魔王も敵だがその貫禄は凄まじく、
オットーやローゼリアに敵意を向けられたら、
こんな感覚だろうなと、容易く想像が出来る。
それら全てがカリスマというものなのであろう。
「後は何でも1人で出来ちゃう人だったかな、だから私達にも何も話さず秘密主義なところがあったね」
「なるほど、納得できる話だ」
魔王は強かった、全力の死ぬ気のソーマに拮抗したほどの相手だ、
そこまでいけば、1人で何でも出来るというのは誇張だとは思えない。
2人は魔王の事について話しながら足を進める、
ソーマとしても、魔王の幹部と魔王の事を話しながら一緒に歩く、
そんな事、当時は夢にも思わなかったであろう。
敵の都合や正義なんて考えておらず、
魔族はこの世界を破壊するために戦争をしかけた、
そのどこからか植え付けられた当たり前の考えに囚われていた。
「……悪いことをしたかもな」
ソーマは思う、
もしかしたら魔王は俺と同じ考えじゃなかったのかと、
この世界を一度破壊して作り直す、
そのためにこっちの世界で光を手に入れようとしたのではないか、
そんな考えがよぎる。
「ううん、多分魔王様はこうなることを望んでいたんじゃないかな」
「やられることをか?」
「分からない、魔王様が何を考えているのか私には分からなかったけど、いつもは淡々とした表情の魔王様が、ソーマの事となると嬉しそうな表情をしてたし」
魔王はいつも、退屈な表情をしていた、
何度も解いた計算式や迷路をもう一度手につけるように、
戦争の指示も淡々と進めていたのだ。
だが、ソーマがそれを邪魔をしてくる、
その時だけ彼の目に光が戻り、まるで新たなおもちゃを見つけた子供のように、
心を踊らせていた。
それは、ソーマをライバルと認めていたのか、それとも他の目的があったのか、
ソーマにはそれが分からないが、
世間一般で言われていた、破壊するだけの存在とは遠く離れいると感じた。
「そろそろ、イービルマウンテンだな」
それは魔王城を守るように存在する、険しい山脈だ。
ラストダンジョンであり、手強い魔物と険しい道が勇者のパーティを阻んだ。
「あ、ここは確かにS級の魔物を放し飼いしてるからね」
「抜け道とかないのか?」
「んー、ないかな、私達も用がある時は光の羽を使ったんだけど……もうないしね」
「光の羽? それは神鳥の羽のことか?」
「へえ、そっちにも同じようなものがあるんだ」
ローザによると、魔王城には光の羽という、
極めて神鳥の羽に似たマジックアイテムで移動するらしい。
そのアイテムの効果は、特定のポイントへとワープと元居た場所へのリターンだ。
光の羽は魔王に厳重に管理されていたので、幹部クラスしか持っておらず、
魔王が死んだ今、手に入れる手段もない。
「こっちでは死告鳥って言われて不吉がれてるんだけど……終わらない朝が来て、その後に世界は無に還るって、それと同時にこっちの世界への門も開くの」
「なるほど、世界の終わりを告げる鳥か、強ち間違いでもないな」
神鳥と死告鳥と同一のものであろう、
伝説では神鳥は転移の力を持った、世界をまたぐ渡り鳥、
こっちの世界では、神鳥が居なくなると聖なる力が弱まり
魔王が現れる前兆と言われ、魔王が倒れると帰ってくる幸運の象徴だが、
逆に向こうでは現れると不吉なものなので、迷惑がられているのであろう、
だからこそ、死を告げる鳥と言われているのだ。
「ということは今の所帰る手段はないのか」
「うん、当分は門は開かれないだろうし」
魔王が現れたのはソーマが生まれた時だが、
前の魔王が現れたのは300年前、
そう考えると300年は待たなければならないので、
とてもじゃないが生きてられる年月ではない、
魔族とて寿命は人間と同じぐらいだからだ。
「まあ、それはいいの、最初から覚悟してたから」
そもそもローザにとって生きているのも奇跡、
死ぬ覚悟で門をくぐったのだから、帰れない程度では落ち込まない。
「そうか」
話は終わり、2人はイービルマウンテンへと進むのであった。
山に入って、5分も立たない内に2人はエンカウントする。
キマイラという獰猛な魔物、こっちの世界では見られない魔物だ。
獰猛な爪と牙、肉食獣を更に凶悪にしたような見た目、
ローザが言うにSランクの魔物である。
こっちの世界ではせいぜいBランクが限度だが、
向こうの世界ではそのBランクがいたるところにいるらしい。
まあ、Sランクともなるとそうそう居ないが、ここにはうようよ居る。
このように魔族は辛い環境なため、
生き抜くのに必然的に個として能力が強くなるが、
その分、弱者は生きることすら許されない世界である。
「こっちを見たな」
眼の前の魔物はソーマ達に気づく、
睨みを効かせて威嚇するように様子を見るのは、獣と全く変わらないといったところか。
「実力はあの時のままと考えていいんだな?」
「まあね、そっちこそ前とは違う力でも実力は変わりようはないわね?」
「当然だ、むしろ強くなったかもしれないな」
「へえ、それは楽しみね」
2人はお互いに笑みを浮かべる。
対する魔物は痺れをきらせて咆哮をあげた。
だが、それごときに2人は怖気づくことはない。
それを持って、魔物はこの2人を排除するべき敵と認識して襲いかかる。
強靭な脚力を生かした飛びつき、
獰猛な爪と牙も相まって、まともに受けたら死ぬのは確実だ。
その巨体を俊敏に動かし、繰り出される攻撃、
ソーマはそれに対して剣を抜き、対処する。
「それって、魔王様の……」
ローザは驚いていた、
ソーマは相手の攻撃を剣で受け止めていた。
驚いているのは、受け止めた事実やその剣ではなく、
身にまとう魔力であった。
闇の力、不可視の魔力による防壁、
それはまごうことなき魔王のスタイルである。
魔王の魔力は2つあった、
それは目に見える漆黒の闇と、理解不能な透明の暗黒、
未知数なのも闇の魔法の性質であろう、
逆に光は未知なものを解明する、
だからこそ光は闇の弱点と成り得るのだ。
「本当に魔王様になったみたいだね」
「といっても、あれほどうまく扱えないけどな!」
ソーマはそのまま、キマイラを弾き飛ばす。
あくまで闇の魔力であり、魔法ではない。
「サイクロン!」
ローザは魔法を唱える、
風の魔力がローザによってコントロールされて、大規模な風の事象を起こす。
魔力を事象に変換する、これが魔法の唱え方である。
風が竜巻となって、敵を切り裂く魔法だ、
上級魔法であり、簡単に唱えれことが出来ないものだが、
ローザはそれを息をするように唱える事ができる。
これが四天王の実力であろう。
「余り魔力は使わないほうがいいぞ」
「え? だから、この程度にしといたんだけど?」
「……この程度ね」
もしこれが、勇者のパーティの魔法使いであったエリーゼが唱えれれば、
5発も撃てば魔力切れになるであろうか、
それをローザはケロッとしたような表情で撃っている。
エリーゼが弱いわけではない、ただローザが規格外なのであろう。
「んじゃ、進みましょう」
魔物はやられて消滅していた。
道は長いが、前よりは苦戦しなさそうだなとソーマは思った。