戦士は修行する
ステンパロスに存在するジャングル、その更に奥の奥の大地、
そこにはぽっかりと大穴が空いている。
深淵につながる道、そう言ってもいいほどに底が見えない奈落である。
ただでさえ危険な大穴、降りるのにも一苦労であり、
ステンパロスで最も強いオットーでさえ、命がけである。
なにせ暗いのだ、
下に行けば行くほど光は途切れ暗くなる、
松明をつけようにも、この大穴の大地は光を吸収する性質を持っており、
周りを一切、目で見ることが出来ない。
なぜ、そんな危険なところに行っているか、勿論それには理由がある。
ステンパロスの王の候補はこの大穴に挑むことが義務付けられている。
強い者が王になるのが当たり前、強さは最低条件であり、
真に強いものは戦いだけではなく、過酷な自然環境にも打ち勝つ、
それがステンパロスの大昔から語られる言葉であった。
彼らの考える強さとは、単純な強さではなく、
どんな状況でも生きのびることが出来る、生存力の強さなのだ。
そのためには5感を常にフル活用出来るようにし、
なおかつ第6感も鍛えなければならない。
オットーは生まれつき、第6感の極地である、大地の精霊の声を感じる事が出来る。
虫の知らせ、嫌な予感、それを感じ取る能力は先読みにも繋がり、
それは極限の状態でのみ力は上がっていく。
故に、第6感が最も頼りになるこの大穴にて、極限の状態を思い出さなければならない。
オットーは今まで生ぬるい平和に浸かっていた状態なのだ、
大昔から、この大穴は第6感を鍛えるための修行の場所となっているので
その感覚を取り戻すにはうってつけというわけだ。
最高の状態、いや、更にその上でなければソーマには勝てない、
オットーはそう確信していた。
だからこそ挑むわけだ、かの勇者であったソーマを打ち倒すために。
そんなオットーの事は知らずにソーマは今、夢の中にいる。
その内容、いい夢か悪い夢かで言えば、後者に当たる。
それは勇者時代の記憶であり、ソーマの栄光の時代である。
ただ、栄光といえど見てきたのは、光だけではなく闇の部分も見てきた。
ある村は魔物によって壊滅していた、
ある村は疫病が蔓延しており手遅れだった、
だがこれらはまだ良い方である。
1番ひどいのは人災であろうか、奴隷、差別、強盗、数多くの人の闇を見てきた。
だがそれはソーマに縁がないものである。
なぜ縁がないのか? 決まっているそれはソーマが強者だからだ。
弱肉強食、この世界の絶対原理、それを覆すのは魔王を倒すよりも難しい、
そもそもが魔王を倒すのも弱肉強食、強者が勝つのは当然のこと。
だがそれでも弱者が虐げられるのは間違っている、ソーマはそう思っている。
それは誰しもが思っていることかもしれない、
だけどその理想は自分が矛先に向けられたくないから誰しもが口にしない。
自分より強いものに従っていたほうが、
そこそこの生活を送れることを知っているのだ。
誰しもが自分が大事、ソーマとてそうであった。
ソーマの根本にあったのは、人を助けたいという思いであった。
それはいいことであろう、
だがソーマは他者のために人を救いたいと思っていたのか?
それは違うと気づいたのは勇者になって、世界を見てからである。
ソーマは人を救う自分に憧れを抱いていたのだ、
自分が人を救ったという事実、それを悦としている。
自分のために人を救う、ソーマにとってメリットがあるからこそ人々を救った。
それがソーマという勇者であったのだ。
「現在、我が国に対してのクロムベルトの動きはありません」
軍師は会議で報告する、情報を集めた結果クロムベルトは防衛に徹しているとの事だ。
「今が攻めどきでしょうか?」
「いや、今のクロムベルトごとき落としたところで意味がない、それよりもケテルとステンパロスに注意したほうがいい」
リリーの提案をソーマは断る、クロムベルトは今や邪魔にもならない、どうでもいい国家である。
ソーマも私怨を果たしたし、問題は北のケテルと南のステンパロスになるであろう。
なにせ、ゲンナディは何をするか分からず、
情報も徹底的にシャットアウトされており、見えない敵と言ってもいいものであろう。
逆にステンパロスは戦士の国、
今にも襲いかかってきそうな集団である、まさに蜂の巣、突っつけば巣から蜂という戦士が無数にも出てくる。
総力戦となれば負ける恐れもあるのでうかつに動けない。
「南に防衛戦力を多めに配置したほうがいい、北は様子見でいいだろう」
といってもゲンナディもオットーも、ソーマは2人の性格は読めていた。
ゲンナディは勝てる時に攻めてくるタイプであり、慎重だ、
逆にオットーは大胆に行動してゲンナディ以上に予想がつかないことがある。
「分かりました」
目下の課題を確認、これからの方針を立てて会議は終わることになる。
「で、話とはなんですか?」
会議場に残ったのは、リリーとメルア、そしてソーマ、
ソーマが少し待つようにと声を掛けていたのだ。
「ああ、突然だが、魔法の属性の事は知ってるか?」
「属性ですか? 勿論、魔法を使う身として知っております」
答えるのはメルア、
彼女が扱うのは水の魔法だ、対するリリーは火の魔法、
2人とも魔法が主体なので、属性の特徴は頭に入れていた。
「リリーは火、メルアは水、これは相対しあう属性だ」
相対し合うとは、火と水はそれぞれ、活性と静寂の力を持っている。
活性は対象に熱を送る、鎮静は逆に熱を奪う。
「ええ、風は可動、土は不動ですね」
可動は対象を動かす、逆に不動は対象を固定する、これも相対し合う。
特徴はそれぞれ魔法に如実に出ており、
火は、熱で炎を発生させたり、体内のエネルギーを活性化させたりする。
水は、熱を奪い氷や、メルアのように水を発生させたり、体内の異常を鎮静化させたりする。
風は、物を運んだり、物質を動かす力だ、
土は、逆に物質を固定させたりする、丈夫な力である。
これが基本の4属性、魔法を扱うならば最初にならうことだ。
「4属性のほかに、光と闇が存在する」
「ええ、そうですわね、私は光も扱います」
聖女たるリリーは、光の属性も扱うことが出来る。
邪を払う力、つまりは結界魔法であり、他にも火属性と混ぜ、聖なる炎を生み出すことも出来る。
「光と闇は未知な部分が多い、だが1つ分かることは、光は闇を照らし、闇は光を閉ざす」
つまりは、光は可視化、闇は不可視、その特性を持っているのだ、
光は見えないものを照らし、闇は見えるものを閉ざす、お互いに相反するが、表裏一体な特性である。
「女神はこういってた……かつて光は闇を照らし世界を創造した、そして影が出来て世界は闇に包まれる、世界はこれの繰り返しだと」
「光魔法は創造、闇魔法は破壊ということですか?」
「おそらくな」
そこのところはソーマもよくは分かっていない、ただその伝承通りならば、魔王は世界を閉ざそうとして、ソーマが光で照らしたことになる。
「ともかくも俺の第一目標はこの世界を閉ざすところにある、だが闇魔法はどうにもわかない部分が多い」
そういいながらソーマは闇の魔力を作り出して、手に平の上に浮かせる、
今こそは見える形にしているが、
戦闘になれば不可視の魔力となり、
壁になったり、はたまた操って敵の首を締めたりと多種に渡る使い方が出来る。
魔王はそれ以上の使い方をしていたので、おそらくはもっと上手い使い方があるのであろう。
「でも、どうするのですか? 光魔法なら少しは情報があるのですが、闇魔法に至っては皆無でしょう?」
光魔法は人間が使う魔法である、特にクロムベルトでは信仰されるほどの力だ、
だが闇魔法は魔族や魔物が扱う魔法である、その分情報は光魔法より少ないのだ。
「知ってるやつから聞けばいい」
「……まさか、き、危険です!」
メルアはソーマが何を指しているのか分かったのか、反対の声を上げる。
「魔族なら何か知っているだろ」
流石にそれはリリーですら、怪訝な表情となった。
ソーマが戦った敵、人間の敵対する宿命たる種族、
彼らこそソーマの願いを成就するに必要な同盟、そう考えていたのだ。