世界は未だに序章
「クロムベルト国王、フィリップス・クロムベルト王からのお言葉」
クロムベルトのバカでかい劇場、普段は劇などを行う所であるが、今は国葬の最中。
演者はおらず、花が飾れ、中央には前国王であるオーランドの肖像画が、デカデカと飾られている。
クロムベルトは戦争の時代に入って、初めての被害……敗北を受けた。
王が殺されたのだ、その混乱も収まらぬ内に国葬は挙げられている。
壇上に立つのは、現在の王であるフィリップス、
ノードロップの家名は捨て、クロムベルトの家名を継ぎ王となっている。
そして王になって初めての演説、その場に居るのは殆が貴族であり、
フィリップス側の貴族も多いが、オーランド側の少数派も未だに残っている。
そんな場所で演説をする、
少しばかりは表情を曇らせるかと思えば、緊張はどこに吹く風、淡々とした表情である。
「我が国は滅びの瀬戸際に存在する」
初めの言葉は、その場に不穏な空気を与えた。
誰もが国が滅ぶと言われて、良い顔にはならないであろう。
「ケテンベルクのように聡明ではなく、ブライトニアのように強大ではない」
ケテンベルクは魔法を強みとして、様々な魔法技術を持っており、
ブライトニアは最も強く、最強の騎士団が所属している。
「ステンパロスのように強靭ではなく、今やアクアティリスも強力で邪悪な国家だ」
ステンパロスは、戦士の国、いざとなれば国民全員が戦士として戦える。
そしてアクアティリス、かの国はもはや弱小ではなく、
ソーマが所属することで魔王と同等の力を保有している事となる。
「加えて我が国はどうだ、かつて5大国の中で中心だったクロムベルトは、今や勇者を失い、聖女も失い、王は討たれた」
クロムベルトが諸外国に対して強く出られた要因は、
勇者と聖女の力が大きい。
彼らは魔王に対しての絶対的なカウンター、
魔王が暴れている時代にそうなるのは必然だった。
魔王が討たれた後は力が徐々に失われる、フィリップスもそう思っていたが、
余りにも早すぎるペースであり、こうもすぐに弱くなるのは想定外であった。
自分だったら勇者を飼い殺しにして、聖女もこの国に縛り付ける事が出来た。
だが、No2でもいいと甘えていた、それがこの状況を招いた要因だと少しだけ後悔をしていた。
「王は代わりが効く、私が死んでも次の王が選ばれるだけであろう、だが、勇者や聖女はそうはいかない」
フィリップスが死んだら、国に混乱が招くが次の王が現れるだけ、
だが、勇者や聖女は特別な人間、なくなったら代わりが効かない存在だ。
「つまり我が国は、剣と鎧を失って戦場に立っているということだ」
敵を倒す武器、身を護る防具、それを装備しないで戦場に立つことは死を意味する。
「失ったものは取り戻せない、だが新たに剣を持ち、鎧をつけることも出来る」
劇場に訪れた人達は、今やフィリップスの演説に聞き入っている、これこそがフィリップスの戦いである。
「私の力で国を守れるなら喜んで命を差し出すが、私は特別な人間ではない、だから今こそ団結という名の力が必要となる、戦え! 今こそ勇者でもなく聖女でもなく、我々の手で勝利を掴み取るのだ! その先に未来はある!」
オーランド、前王が死んだからこそ、バラバラにならずに団結する必要がある。
フィリップスの演出により、この場に集まった、人々は感動に似た何かを覚えていた。
言葉だけだがそれに安心したのか、1人が拍手をし始めるとそれに同調し始め、
周りの人も徐々に拍手をして、広がっていく。
万雷の拍手を背中に受けて、フィリップスは後ろに下がっていった。
クロムベルトの王がフィリップスになって、5日。
そのニュースは各国に知れ渡った。
「はっ、ついに死んだか!」
ケテルでは、ゲンナディがそのニュースを聞いて大笑いをしている。
「じじい、何がそんなに可笑しいんだ! 笑ってないで次の修行をつけてくれ!」
「ああ、悪かったな」
リナトはゲンナディの修行を受けている、
対ソーマに向けてのリベンジだ、
その左手には義手が取り付けられており、今でも動かすのに苦戦している。
「……ソーマ」
西の彼方、ブライトニアでは空を見上げながら、ローゼリアは憂鬱な表情だ、
かつて、リミュエールの塔で宣戦布告を返した王の表情ではなく、ローゼリア自身の表情である。
「姫様、クロムベルトからの使者です……姫様?」
「分かった、すぐに行こう」
だが、すぐに王としての表情に変わる、
少し疑問を浮かべていた騎士の隣を颯爽と通り抜け、騎士もその後ろに続く。
王が不在のステンパロス。
「ふう、オットー様が不在だと言うのに、手が早いことだ」
アラヴィンは宮殿で、オーランドが討たれた報告を聞いていた。
オットーがいない今、やることは多いが、自分は文官としての能力を買われて、ここに存在する。
それならば、こういう処理はいつもどおりにアラヴィンの仕事、
いざという時に出るのがオットーの仕事、その時のためにオットーは自身を高めている。
ジャングルの奥地、そのさらに奥にある、試練の場、オットーはそこに居た。
「ん?」
オットーは何かを感じ取っていた、大地の声、オットーはそれを聞き取り、何か大変な事が起こったらそれを感じ取ることが出来る。
「動いたのかソーマ、なら俺も答えなければな」
オットーの目の間に広がるのは大きな大穴、底が見えない暗闇が広がっており、その下にこそ、本当の試練が待っている。
今の今まで、鈍った体を取り戻そうとサバイバルをしていたが、ここからが本当の試練だ、流石のオットーもこの大穴に恐怖を感じていたが、それに挑む覚悟をしたのだった。
そしてアクアティリス、
立場的には、今回の出来事勝利をした国であるが、全員が全員喜んでいたわけではない、
今回の出来事で戦争をしていたと自覚したものが多く、皆が気を引き締めているといった様子だ。
勝利に浮かれるものも居るが、そもそもが戦いを嫌うものもいる。
嫌うもの大体が戦えないもの、つまりは弱者が多い。
もう既にメルアといった、上層部を非難している集団も出てきている。
といっても少数派、叩き潰されるのがオチであろう、
ともあれ今回の出来事で世界は確実に動いた。
そして、アクアティリスの様子を神殿の上層から見ながら、
ソーマとリリーは休んでいた。
「ふぅ、とんだ無駄足ですわね」
今回の件、陽動に引っかかったリリーは不足気味であった。
「それにどうやら、フィリップスの予測どおりにみたいですし」
そして若干不機嫌であった。
度々、神殿代表としてフリップスと対立し合う事があった、
リリーからしてみれば、彼の思うどおりの事が運ぶのはイライラするのであろう。
「……仕方ないだろ、策では向こうが一歩上手だったということだ」
王が死んだ後の政策も見事であった。
フィリップスは、オーランド派の貴族を掌握して、5大国としての連携を強めている。
既に準備していたのであろう、手際が早すぎる。
「少し感情で動きすぎたか?」
「あら、いいじゃないですか、所詮は皆、喜びのために動いているのですから」
「……お前は欲に忠実だな」
リリーはそれに笑って答える。
オーランドは生かしておいたほうが、フィリップスは動きにくい、
そうすれば敵国の展開を遅らせる事が出来た。
「いえ、彼ならば自分で殺してでも首をすり替えるでしょうね」
といっても、リリーは彼の性格をしっている。
目的のためならばどんな残忍な手段も実行する、
教会側の人間がどれだけ暗殺されてきたか、リリーは秘密裏で行われた出来事を思い出していた。
「そうか」
「そうです……あら?」
リリーは後ろの気配に気づき、チラッと振り向いてみると、
羨ましそうな気まずそうな雰囲気でこちらを見ている。
リリーは無言でソーマから離れて、メルアの元に近づく。
「頑張りなさい」
「リ、リリー様」
近づいて来たリリーにメルアはキョドる、
その様子を見て微笑みながら、リリーはその場から離れる。
そして、ソーマが後ろを振り向き、メルアは目があってしまい、
恐る恐るというようにソーマに近づく。
「変な事でも言われたか?」
「い、いえ!」
メルアの否定する様子に、ソーマは確信を得てやれやれと言った様子だ。
「ここはいいところだな、潮風も気持ちがいい」
ほのかに吹く潮風、暖かい気候のアクアティリスには体を癒やす風となる。
「でも寒期は大変です、この優しい風は、厳しい風と変わりますから」
ただ冬は寒い、この潮風は体に刺すような冷風と変わり、人々を傷つける。
「そうか、それは大変そうだな」
ぼんやりとしたようなその答えに、メルアはどこか寂しさを感じた。
2人は水平線を見つめる。
「この海の向こうには何があるのでしょうか?」
「ブライトニアに繋がっているそうだ、一周するんだとさ」
「え、そ、そうなのですか?」
「女神が言ってたな」
「……てっきり私は世界の果ては滝のようになっていると思いました」
ソーマはメルアの考えを聞いて、思わず笑ってしまう。
「そうだな、俺もそう思ってた」
「知らないことばかりですね、この世界は」
「ああ、俺も全部は知ってないから……知らないとな、世界を壊すものとしては」
世界を壊す方法、創る方法、想像は出来るが確証は得ない。
光と闇は表裏一体、光は創造を司り、闇は破壊を司る。
まさしく勇者と魔王、人間と魔族、ソーマが次にやることは決まっていた。
「俺はこの世界を壊し、創造する……その時は海の彼方は滝にしようか」
「ふふふ、それもいいかもしれませんね」
お互いに笑いながら、一時の休憩を楽しんだ。