話し合いでも
神殿の跡地に仮設された、王を守る陣地。
神官たちが、交代交代に結界を張っており、
まさしくアリの一匹も通さない守りである。
外から、つけ入るスキが微塵もない強固な結界、
だが、どれだけ強固な要塞にも抜け穴とは存在するものだ。
中から現れた、剣を持った男、その剣と男は返り血を浴びており、
惨劇を起こした張本人だと、誰もが予想できる。
そしてこの状況、惨劇となれば王が被害者、
中から出てきたなら、そう考えるのが普通である。
つまりは神官たちは王を守れない、命令を遂行できなかったことになる。
それによる恐怖と、
純粋に目の前の男に対しての恐怖で顔が引きつったものに変わり、
ざわざわと騒ぎ立てる。
それでも結界を緩めないのはさすがだと言うべきであろうか。
「なるほど、いわば鳥かごだな」
全方位に張られた、結界を見てソーマはそんな感想を吐く。
「で、お前がこの罠を考えた、張本人か?」
ソーマが言葉を向けた相手は、後方に位置どっていた、1人の男。
フィリップス・ノードロップ
No.2と言われるほどの頭がキレる男であり、王が死んだ今となってはNo1だろうか。
フィリップスは歩みを進めて、ソーマに近付こうとする。
「危険です!」
「いや、君たちが結界を緩めない限りは大丈夫さ、ただし緩めた瞬間、突破されてこの国は終わるだろうね」
危険だと声をかけた神官の1人は、それを聞いてゾッとした顔になる。
そして、一層結界を強固なものにするために、魔力を込める。
「始めまして、フィリップス・ノードロップといいます」
「ああ、お前がか、リリーから聞いているよ」
その男こそ、リリーが侮るなかれと警告した男である。
ソーマはひと目見て、
確かにバカではないと一瞬で理解できる男である。
「ああ、聖女ですね、確かに彼女からは嫌われてましたから」
基本的にフィリップスは、王城側の人間だ。
立場が低い神殿と高い王城、お互いに交渉したりするのはリリーとフィリップス。
その場でもフィリップスの手腕は遺憾なく発揮され、
高圧的な態度と、政治的テクニックにより、神殿は立場が回復することもなく、国の手綱を取り返すことは出来なかった。
そこから、リリーは私怨を含みながらも、フィリップスを良く思ってなかった。
「まあ、それはどうでもいい事ですね、問題は王の容態です」
「自分で確認してみたらどうだ?」
ソーマは、煽る。
この結界を解いて、自分で確かめてみろと、
だがそれは、ソーマをこの鳥かごから解き放つことを意味している。
「ふっ、さすがに国と王の首では比べ物になりませんから」
フィリップスは笑いながら、その嫌味に言葉を返す。
「……お前わざとか」
「神鳥の羽は書類で管理されてますから」
それは重要なアイテムとして、ちゃんと枚数が管理されていた。
フィリップスは、まずは敵がどうやって攻めてくるのかを考えたのだ、
1番最悪なパターンは神鳥の羽による強襲、
元勇者ならば、持っていてもおかしくはないと思ったのだ。
調べたところ、ドンピシャで一枚だけ紛失していることがわかったのだ。
誰に渡して、どこに行ったのか、それとも盗まれたのか、真偽は不明だが、
ソーマは持っていないはずと、希望的観測に頼らずに、
そこそこの予算をかけて、このように鳥かごをつくったのだ。
王という餌で、ソーマを釣るための。
フィリップスは王を守るためと言ったので、たやすく予算はおり、
餌だと気づかずに王はまんまと鳥かごに入っていったのだ。
「なかなか悪どいな」
「巨悪を倒すためには、悪にもなりますよ」
ソーマはその言葉に眉をひそめる。
自分の今の信条と同じだからだ。
必要悪、
悪となることで世界にアクションを仕掛ける。
この男も必要ならば悪になる覚悟がある、
武人としてはまったく強くないが、
ソーマとしてはこういう男の方がやりにくい。
「だとしてもこの作戦は失敗だったな、神鳥の羽はリターンすることが出来る」
リターン
それは転移を実行した場所に戻る力である。
つまりは、もう一度だけソーマは転移することが出来て、その場所はメルアの元、つまりはアクアティリスになる。
「知ってますよ、私の目的は違うところにある」
だがフィリップスはそれを知っていた。
なのに、こうやって無駄な作戦を実行した、
その先にある意図、ソーマはそれを予想できずにいる。
「簡単なことです、私は貴方と話してみたい」
「なんだと?」
「私は剣を持たない、弓も扱えない、ペンと紙と口だけが私の武器なので、こうして話し合うことでしか戦えないのですよ」
武力ではなく、話し合い、
個人としてみれば、フィリップスに戦力はない、
だから、こうやって安全な所から話し合うことしか出来ない。
だが、言葉を交わす、それだけでも見えてくるものがある、
自分が考えていること、どう思い、どう行動するか、
真剣な言葉にはそれが浮かび上がってしまうものだ。
「貴方と私達では見えているものが全然違う」
「どうしてそう思う?」
「そうでなければ、世界を壊そうとはしないでしょう」
価値観の違いはどうしようもない問題であり、
世界全体が抱えている問題だ。
お互いに思っていること、考え方、
それが違うだけで争いは起こる。
事、ソーマに関しては、フィリップスからしてみれば常軌を逸した考えである。
破壊するに至った経緯、
復讐による、自暴自棄な破滅的考え、
それは推測するに容易いが、それだけではないと思ったのだ。
「簡単なことだ、この世界は余りにも残酷、強いものが勝ち、弱いものが虐げられる」
「弱肉強食ですか」
自然の摂理、強いものが生き抜き、弱いものが淘汰される。
ソーマはそれを嫌という程、旅で見てきた。
「それは間違っている、だが強者は言うのだろう、それは仕方がないと」
「そうですね、それは仕方がない、この世界の資源は無限ではない、その資源を奪い合い生きるために戦うのですから」
人が生きるためには食料や水が必要だ、
だが、この世界では食料や水すら自由に手に入れることが出来ない人間もいる。
「俺はその仕組みを変えたいだけだ、そのためにはこの世界の土台では無理がある」
「だから壊すと? 破壊の後に創り変える算段があるとでも?」
無茶苦茶な話だ、
壊すまではいい、だが世界を創る方法など聞いたことがない。
「さあな、だがこれ以上話すつもりはない」
「そうですか、どうやら私は貴方の敵でなければならないらしい」
話は終わる。
フィリップスの出した結論は、彼の思想はわかった、だけどそんな不確定なものについていくわけにはいかない。
ソーマが語ったのは理想だ、誰しもがそうなればいいと思い描くもの、
だが残念ながら、なればいい思えば、出来上がるわけではない、
それならば欠点はあれど、今の安定した世界を守る必要がある。
フィリップスはそう結論づけた。
「次に会うときは、ここは火の海になっているだろう」
「そうはさせませんよ」
その交わした言葉を最期にソーマは光となって消えていった。