暗躍の果てには
時刻は夜。
世界は闇に包まれる、時間である。
アクアティリスは1番、東に存在するため、
最も夜が訪れるのが遅く、
アクアティリスが夜ならば全世界は夜である。
闇に包まれて、様々な暗躍が飛び交う、
奇襲もこの時間ならば成功率があがる。
ソーマも奇襲は夜にと思っていた。
南のリリーが接敵したら、
クロムベルトに乗り込む。
そう考えていたのだが、今はイレギュラーが起こっており、
緊急の会議がおこなわれていた。
「進軍は手前で止まっていたと?」
敵の進軍はアクアティリスの領内までは進行してこなかった。
その手前のクロムベルト領内のとある村までであり、
最もアクアティリスに近いが自国の領内に収まっている。
そんな、ギリギリのところである。
牽制とも考えられるが、余りにも多くの戦力であり、
攻め入れるか、守り抜くか、
実際に戦闘になる時を予想される規模であった。
「攻め込む準備をしているのか、それとも守るための準備をしているのか……」
軍師は困ったように話す。
敵の意図が不明なのだ。
この規模の軍を動かす、
気まぐれ程度で済んでいい話ではない。
そこには動かそうと思った、意図がある。
守るためにはある程度、戦力を分散しなければならない。
一点に集中すると、違うところからの攻撃に対処出来ない。
逆に攻めるためだと、戦力を一点に集中しなければならない。
戦力の分散は、各個撃破になるからだ。
この場合だと、攻めるための戦力のが正しいが、
攻めてこないので意図が分からなかったのだ。
「どちらにせよ、懐はがらあきか」
これほどの戦力での遠征、
恐らく、クロムベルトを守る兵士は最低限。
今が奇襲のチャンスであった。
「罠というのも考えられませんか?」
メルアは発言をする。
余りにも不自然、ならば罠と考えるのが普通であった。
「どうやってだ? 罠というのはそれを成立させる力があってこそだ」
ソーマを倒せる戦力はない、
そもそもソーマを倒すためには、最低限全戦力を当てなければならない。
戦力を分散させている今、罠を貼ろうにも、
それをなすことが出来る、戦力はない。
それに、奇襲の仕方が読まれる事は難しいと考えていた。
「決行だ、作戦は変わらない」
それに、会議から反対の意見が出来ることはなかった。
時は遡る。
クロムベルト、
この国もアクアティリス同様に騒がしくなっていた。
「ソーマが侵攻してきただと!?」
謁見の間に響き渡る、王の怒声。
それも仕方がないことだ、
こちらから攻める予定だが、逆に攻めてきた。
その理由は決まっている、王の首を取るためだ。
「今すぐに迎撃に向かわせろ! クロムベルトの地に足を踏ませることは断じて許さん!」
勿論、王はそう命令する。
自分に近づけるなと。
「お、お待ちを、情報の真偽を確認してからでも、それに未だに軍の編成は……」
「黙れ! こうなったのも貴様たちがモタモタしていたからだ!」
大臣は冷静な意見を言うが、
王は聞く耳持たずと言った有様だ。
それを見た、フィリップスはやれやれと首を振る。
「君、下がっていいですよ」
「は、はっ!」
とりあえずは報告に来た、兵士を下がらせる。
そして、大臣の方を向き直るのだ。
「生半可な戦力では、止めることも攻めることも出来ない、やるのなら全戦力を」
「し、しかし……」
「もし、進軍しているのならば迅速な対応を……最終決定権は王にありますが」
チラリと王を見る。
だが、その表情から見るに答えは分かりきっていた。
「今すぐに迎撃に向かわせろ!」
そう言われては、全ての反対意見は無意味となる。
王の言葉は絶対的な力を持つ、
フィリップスは見えないように、ニヤリと笑った。
「今すぐに軍の編成を、出来次第直ちに迎撃に向かわせろ!」
進軍は始まったのだ。
そして、王は今、ある場所に連れられていた。
そこでは多くの神官が集まっている。
未だに焼け跡が存在する、悲惨な地。
大神殿の跡地であった。
「これは?」
「唯一、焼け残った、祭壇です」
それは祈りの間にある祭壇であった。
強力な守りを発生させる装置であり、
聖女の力と合わさることで、
鉄壁の結界を国に貼ることが出来たものだ。
「神官達の力であれば、国中は無理ですがこの範囲内ならば、もっとも安全な所になります」
大神殿の焼け跡、
その範囲なら、その結界を再現することが出来る。
といっても全ての神官の力が必要だが。
そして、王が滞在するということで、
急遽、祭壇周りに仮設の建物が建築されていた。
「……ううむ、命には変えられぬか」
余り、よろしいとは言えない環境であったが、
命を守るためならと、王はそこにいることを納得する。
「では、後のことはおまかせを」
フィリップスは王から去っていく。
そして、神官に1つの命令をするのであった。
「結界を解いてはならない、そして誰も入れさせるな」
それだけを言って、フィリップスは王城に向かうのであった。
そして、運命の夜を迎える。
フィリップスは自室の窓から月を眺める。
「仕掛けてくるならば、この時間か」
戦力は出払い、最低限しか残っていない。
それはアクアティリスにも伝わったであろう。
この機をソーマは見逃すはずがない。
一人でも国を壊滅させられる男だ、
ケテル、ブライトニア、ステンパロス、
この3国ならば、拮抗出来るのかもしれないが、
クロムベルトは余りにも戦力をなくしてしまった。
だからといって国を焼かせる事は出来ない、
クロムベルトを生かす。
そのためには国だけは、なんとしても守らなければならない。
それは外敵ではなく、内側からも守らなければならないのだ。
「そのためにはオーランド王、貴方は盤上から消えてもらわなければならない」
フィリップスは不穏な事を呟く。
だが、その通りであった。
現国王のオーランドでは、既に力不足。
今の世界の盤上では、クロムベルトはすぐに退場してしまうであろう。
それだけはなんとしても阻止しなければならない。
「今、私達がやらなければならないことは国を守ること……王の首など何者にでも代えられる」
王には代わりがあるが、国に代わりはない。
この国土が文明が焼かれたら、それで終了なのだ。
だから、それだけは阻止する。
そのための舞台は既に整っている。
後はフィリップスが思い描いた、劇を演じてもらうだけであった。