守って、攻める
情報はすぐに駆け巡った。
クロムベルトの部隊が行進を開始したと。
アクアティリスの宮殿、
そのとある一室で、作戦会議が行われることになる。
戦略マップを前にしながら、重鎮が集まる。
中央にメルア、その左右にソーマとリリー。
集まった、重鎮たちはその2人を見て、遠慮しがちである。
いつもはこういう場での発言権は、
やはり、年月を過ごしてきた自分たちにあり、
メルアはお飾りになってしまう。
だが今、メルアの横にいるのは、
元勇者と元聖女、その肩書にはその年月も霞んでしまう。
「敵の進軍方向は南東からだったな」
発言するのはソーマ、
クロムベルトはアクアティリスに対して西に存在する。
南東と言うと、下からアクアティリスに攻め入ろうとしている。
「予測される、進軍ルートは分かるのか」
「は、はい、一応、割り出してはいます」
アクアティリスの軍師。
彼はこの中でも比較的に若い。
ソーマの一個上と言ったところか、
彼は丁寧に戦略マップに書き込んでいく。
「大きく分けて、5のルートが予想されます」
「この3番めのルートを細かくすると?」
「あ、こうなります」
更にそこから8のルートを割り出す。
それをソーマは見て、
大体の当たりをつけた。
「……この時期の降水量はアクアティリスは最低だったな」
「はい、よくご存知ですね」
アクアティリスの雨が降らない時期、
今がそのタイミングであった。
海が荒れていた頃ならまだしも、
今は海は比較的穏やかである。
天候は荒れないと予測される。
「となると、最も流れが緩やかな伍ノ川、ここを進軍してくると思われる」
八岐山脈に通る、8つの川の内の5番目、
最も流れが緩い川であり、雨もふらないならば増水することはない。
この時期ならば川を渡れる、そう当たりをつけたのだ。
「た、確かに私もそう思います!」
軍師もこれには同意見であった。
それにこの川の道は険しくもなく商人の通り道にもなったりしている。
それを見た、重鎮達は感嘆の声をあげる。
「では、この道を封鎖すると?」
「それがいい、弓や魔法の部隊を上に設置すればこちらが有利になる」
守る場合の鉄則、相手の上を取り、地の利を得る。
それを忠実に実行するだけである。
「クロムベルトの部隊は、剣、魔法、結界、この編成を基本としています」
リリーは発言する。
聖女という立場、戦争には無関係そうだが、
ちゃんと関わっていたのだ。
「剣と魔法はイマイチですが、結界……つまりは防御魔法は得意ですよ、なにせ私が訓練をしましたから」
クロムベルトが戦闘で他国より上回っている点。
それは結界の技術。
リリーが中心となって、結界魔法を教えていたのでその練度はピカイチであった。
攻める際には効果が薄いように感じられるが、
こちらの遠距離攻撃を無効化されて、接近戦に持ち込まれる。
それだけではなく、向こう側の遠距離攻撃は届いてしまう、
戦術的優位性が向こうに存在するのだ。
「まあ、でもそこはご安心を、私が敵の攻撃は防ぎますので」
「リリー様が!?」
重鎮たちが驚くのを尻目に笑顔で頷く。
まさか、リリーが戦場に向かうとは思わなかったのだ。
「ちなみのリリー殿の結界はどれほどのものなのかね?」
魔王の攻撃は防げる。
そう言われているが、イマイチぴんと来ないのは仕方がない。
なにせ、一度も魔王の攻撃を防いだことはないのだから。
「ちゃんと、時間を使えばソーマの本気の攻撃でも防げますよ」
「……言ってくれるな」
といってもそれは事実だ。
時間をかけて結界を構築すれば、魔王の一撃、ソーマの一撃も防げる。
攻めるのには使えないが、守る場合だとこれほど頼もしいものもない。
「戦場の範囲をカバーするならば、流石に格落ちしますが、それでも一般の魔法程度なら大丈夫です、よろしいですね、メルア」
後はメルアの決定しだいだ、
彼女がリリーを戦場に行かせるのを認めなければならない。
メルアは目をつぶり、少し考えてから口を開く。
「よろしくお願いします、リリー様」
「ふふふ、弟子の国ですもの、がんばりますわね」
そういって、リリーは早速結界を張るべく、
部屋から出ていき準備を始める。
よく言うよ、
ソーマはそう思いながらも議論を進めさせる。
「問題は攻める手段だ」
「攻めるですか? 恐れながら防衛に戦力を回したら、クロムベルトにはとても……」
防衛に精一杯、
アクアティリスの戦力はそれほどまでに少ない。
軍師も恐る恐る反対の意見を言う。
「それは問題はない、俺がクロムベルトで暴れれば、それで終わる」
その言葉に息を飲む。
個人と国、
普通だったら国が勝つ。
だが、ソーマは自身が勝つと言っているのだ。
「だが、たどり着くのに問題がある、いくら俺でも雑兵達が群がってきたら消耗する、そこで雑兵を引きつけてもらわなければならない」
行って、相打ちではならない。
ソーマの目的はクロムベルトだけではないのだから。
そのためには確実に行かなければならない。
そのタイミングは敵が攻め入る時。
攻撃した後のカウウターのごとく、首元に刃を突きつける。
「……つまり南は囮ですか?」
「そうだ」
当然のごとく言う、ソーマに場の空気は凍る。
その変わりように、メルア以外の人間は驚愕する。
だが、言っていることは正しい。
ただそれが勇者が言うはずがない言葉だっただけだ。
勇者のソーマなら、皆を守るために戦線に加わるであろう。
「とにかくも俺は北から進軍してクロムベルトを襲撃する」
「北は危険ですよ!?」
八岐山脈の北。
それは、住み着いてしまった凶悪な魔物と厳しい自然で魔境とかしている。
それが守りにもなっているのだが、
自国も通れないような地域になっているのだ。
「ソーマ様、流石に危険です、あそこの魔物達は雑兵よりも強く、集団ならば海竜よりも危険です」
「……そこまでか?」
「そこまでです」
勇者時代、数多の魔物と戦ってきたが、
どうやら、住み着いている魔物は魔王城付近と、
同じレベルの魔物というのがメルアの弁だ。
さすがのソーマも躊躇する。
なにせ、数が多くて、そこそこに強くて、
ソーマ達も最終的に避けて通ったからである。
体力や魔力は無限ではない、それを思い知らされた時である。
「だが、まあ、大丈夫だろ」
それでも結局は大丈夫という結論になった。
所詮は魔物、先に待っているのは魔王でもない、
ただの国と愚王なのだから。
だが、メルアは不満げであった。
「むぅ……あ、少しお待ち下さい」
そして何か思い出したのか、部屋から出ていき、
自室に向かうのだ。
「これ、お使えになれますか?」
「これは?」
軍師と重鎮達はメルアは持ってきた、それに疑問の顔を見せる。
それは、とても役に立ちそうに見えないものだったからだ。
だが、ソーマだけはそれの重要性を分かっていた。
「ああ、これがあれば確かに最高の奇襲が出来るな、だがどこでこれを?」
「リリー様がくれました、もしもの時に使ってくださいと」
それは昔にリリーが別れる際にこっそり渡したものであった。
それが今となって、使われる事となる。
ただし、用途と人物は想定していたものと違うであろうが。
とにかくも作戦はここに決定した。
リリーが守り、ソーマが攻める。
余りにも単純だが、それが最も良い戦術であった。
今まで国力に勇者と聖女に頼っていた、ツケ。
皮肉にも彼らの手によって、精算されようとしていた。