大爆発の後に残るは
リュミエール地方の草原。
どこまでも続く草木。
だが、その端の草原は、今や草木が燃え尽きた、
爆心地となっていた。
まさに巨大な爆弾が爆発した後、
そういっていいほどのクレーターと爆炎の残り火が、
草木を焦がしていたのだ。
そして、そのクレーターの中心、
そこだけは爆発の被害を受けていない場所が存在した。
聖女の結界、巫女の力、
それが合わさって、そこだけは守られたのだ。
「……水の力か」
「はい、水は火より強いですから」
それは属性の基本である。
火属性は水属性に効果が薄い。
その相性通りにメルアは爆炎を防いでいた。
リリーの結界に、メルアの水の力。
どちらもその分野では一級品である。
展開された結界だけでは強度が間に合わなかったが、
それに水属性を付与したので、リナトの自爆から守られたのだ。
そして水の結界は、ソーマ達だけではなく、従者たちも守っていた。
「メ、メルア様、なぜ……」
なぜ助けたのか、従者の1人は疑問になっていた。
今の自分達はメルアにとって、どうでもいい存在だと思っていたのだ。
だから、いつ切り捨てられるか怯えていた。
なのに、メルア様は私達を助けた。
メルアはいつもの笑顔を取り戻しながら従者達に近づく。
「私はソーマ様と相反するものを排除するだけで、アクアティリスの民ならば庇護の対象です」
その言葉に従者たちは幾らか安堵の表情を取り戻す。
「君の弟子らしく、人心掌握も上手だな」
人心掌握。
心をガッチリ掴んで、思うがままに誘導する。
一種の催眠術である。
リリーやメルアは言葉で誘導するのに長けている。
それは普段から心の弱いものを導く、
聖職者としての仕事をこなしていたからであろう。
神の教え、
そんな都合の良いものを信じ込ませるのが彼女たちの仕事であり、
心の弱いものは、そういうものにすがりたくなる。
自分に自信を持っている、強者には通用しないが、
そんなものは世界でも一握りほどであろう。
大多数は聖職者という、
神聖で、崇高な見た目を信じて、信用してしまう。
その奥にどんな悪魔を飼っていようとも、それは決して見えるものではないのだから。
いや、見えているかも知れない、
だが、人は盲目になる。
自分に都合が悪いものは見たくない。
そんな心理が働き、良いとこだけ見てしまうのだ。
「何はともあれ助かりました、メルア、貴方のおかげです」
「いえ、私だけでは防げませんでした」
メルアだけでは相性の差があるが、
それでも押し切られるレベルの爆発だったので防げなかった。
リリーの結界があってこその防御魔法だったのだ。
「…………」
「どうかしましたか、ソーマ?」
「いや、なんでもない」
ソーマは爆発の中心地を見つめる。
そこにはリナトは存在しない。
それどころか、形跡の後も跡形もなく吹き飛んでいる。
ケテルの信条としては、それは効果的だ。
なにせ、跡形もなく全て吹き飛ばすので、
何の痕跡も残さず、情報を渡さない。
「口惜しいですか? 相手も強敵だったので……」
「いや……それにまたどっかで戦うだろ」
「それはもしや……」
生きている。
リリーはそう言おうとしたが、
既にソーマは歩きはじめていた。
なのでそれは口からださずに、後を追う。
あの爆発、生きているはずはないと思うが、
ソーマだけは生きていると確信していたのだ。
「あー、生きてんな、あいつら」
爆心地から離れた、草原の地点。
そこにリナトは存在していた。
彼は生きていた。
自爆と思わせるのはフェイク。
それは爆発と転移を合わせた、本当の最終手段である。
爆発と同時に転移する魔法であり、3年分の溜め込んだ魔力が必要である。
ゲンナディ直伝の生き残るための手段である。
威力も凄まじく、離脱と同時に大打撃を与えれる魔法であるが、
転移する直前、結界と水の魔法が唱えられていたのを見ていた。
どちらも高水準なものであり、ゲンナディのじじいならともかく、
俺レベルだと防がれているなと推測していた。
「それに、やっぱかっこ悪いよな」
リナトは自身の左腕があった場所を見つめる。
あそこで自分は完全に負けていた。
左腕を失い、自分は生き残る、それも騙し討ちという手段でだ。
「馬鹿もの、生き残れば負けではないと言っているだろうに」
「じ、じじい! それにアレクも!」
そんなリナトの元に、ゲンナディとアレクサンドロがやってくる。
「生き残れば、次がある、それに使い捨てていい戦力ではないのですよ、リナトは」
アレクもゲンナディの言うことに賛成であった。
死ねば終わり、生き残れば次がある。
それに、命とは使い捨てるものではない、アレクの信条である。
「でもよ、左腕失っちまった、じじいの右腕失格だ」
「ふん、腕なんぞ替えはいくらでもある、いい義手の技師を紹介してやる」
「まじで!?」
命でなければ代わりはある。
失ったものは、補える技術をケテルは持っていた。
「で、どうだった? 勇者とやらは」
「……強えよ、俺の全力が通用しなかった」
リナトは素直に言う。
負け惜しみなど言えない、
それほどまでに実力の差があった。
「悔しいか?」
「そりゃ、悔しい」
「なら、強くなれ、そのための命だ」
ゲンナディの言葉にリナトは頷く。
確かに生きててよかったとも思った。
あんな強い敵にリベンジ出来る権利がある。
そして、まだまだ強くなりたいと思える。
リナトの表情はすでに、強く前を向いていた。
「追撃はどうします?」
「やめとけって、ありゃ半端な戦力じゃ返り討ちだ」
アレクはゲンナディに聞くが、問を返したのはリナトだった。
「まあ、そうだろうな、しばらくは様子見だろう、まあ、あの馬鹿王は知らんがな」
馬鹿王。
それを聞いて、リナトは誰のことかと思ったが、
アレクはそれをどこの国を指しているのか理解した。
そして、確かにあの王ならやりかねないとも思ったのだ。
「あやつは感情で動くからな、少しはブライトニアの姫を見習って欲しいもんじゃい!」
ゲンナディはローゼリアを評価していた。
明らかにローゼリアはソーマにつきたいと思っていた。
それはゲンナディも感じ取っている。
だが、最終的には一国の主としての判断を優先した。
「まあ、それで滅んでくれてもケテルとしてはいいがな!」
ゲンナディは笑いながら自身の国に向かい、帰還する。
それをリナトは、なんで笑ってんだと思いながら後に続き。
アレクもやれやれといった表情であった。