久方ぶりの強敵の予感
リュミエール地方。
そこは中立地帯である。
中央にリュミエールの塔、
そしてどこまでも続く草原。
その端の端、
未だに草原が続くが、そろそろ終わりが見えてくる。
そんな地点で戦争は行われようとしていた。
といっても大きな戦いではない。
個と個のぶつかり合い。
だが、それは敵と敵。
小さいながらも、この戦争、初の戦闘になるであろう。
「……どうした、いつでも仕掛けてこい」
ソーマは挑発する。
睨み合いが1分は続いたであろうか、
リナトは未だに攻めれないでいた。
――スキがねえな。
参ったな、これほどだとは思わなかった。
俺の戦闘スタイルは攻めて、攻める事。
先手を取れば、戦闘の流れを支配するのはこっちになる。
どいつもこいつも俺は圧倒して、倒してきた。
国内で、それで倒しきれないのはゲンナディのじじいくらいだ。
そして、このソーマとかいう男。
この感覚は味わったことがある。
初めて、じじいと戦った時。
俺は自身が最強と思い、どんな敵にも無謀に突撃していた。
事実、その無謀な突撃にも対処出来る相手はいなかった。
それほどまでに俺は強くて、力押しが出来たんだ。
だが、じじいだけは違った。
俺の無謀な突撃は容易く防がれる。
それどころではない、そこから戦闘の流れを支配されて、
俺は手も足も出なかった。
そこから俺は考えるようになった。
自分より強い相手に、どうやったら勝てるか。
常勝だった俺にはあり得ない思考であった。
だけど、強者には力だけでは通用しない。
技量、戦術、魔法。
その全てをぶつけなければ勝てないんだ。
「だからと言って、待つのは趣味じゃねえな」
先手必勝。
自分の得意な分野。
それを捨てる事はない。
先の先を取る。
後手にまわるのは趣味ではない。
その考えのもと、リナトは踏み込む。
槍を持ち、刺突の構え。
槍という武器の強みはリーチの長さ。
近接武器ながら、射程は長く。
一方的に攻撃が出来る。
対処法は、射程の距離からの攻撃か、
懐に入り込むこと。
魔法、矢などの攻撃は槍ではどうしようもない。
それに懐に入れば、
先にのみ殺傷能力が存在する、槍にとって、
最も戦いにくい距離になるであろう。
そして、それをどうにかするのが、
使い手としての実力だ。
実力が互角ならば有利なのは槍使い、
どのように距離を詰め、
どのように射程を保つか、
それだけ武器のポテンシャルは高い。
「はっ!」
槍が届くギリギリのクリティカルレンジ。
そこからリナトは攻撃を繰り出す。
槍による、連続の刺突。
一発でも当たればひとたまりもない。
それをソーマは剣で叩き落とす。
その剣戟。
リリーとメルアには見えないぐらいには速い。
槍で突く、それを剣ではたき落とす。
やってるのはそれだけだ。
だが、その連続が猛攻となっている。
その中、ソーマは一歩も引いていない、
これほどの猛攻、押し切られるのが普通だが、
ソーマは力負けしていなかったのだ。
だからと言って、リナトに斬りかかる事はできない。
前に出ようと思えば突かれる。
それだけのプレッシャーと実力は認めている。
2人は膠着状態になる。
どちらも引かない、維持の張り合い。
こうなればどちらが息切れするのかの勝負だ。
「ちっ!」
リナトは敵に打ち込まれるたびに手に痺れを感じる。
槍を突く、それを叩き落とされる。
その度に衝撃を食らうのがリナトのほうだ。
一突き、一突きに適確に剣を打ち込まれる。
3秒で10の数を打ち込むがまるで当たる気がしない。
それだけではない。
一際、強く打ち込まれる。
槍は外側に大きく外されて、
懐までの道が空く。
勿論、ソーマはそれを見逃さない。
踏み込んで、剣を大きく振る。
だがリナトとて、そうしてくるのは読んでいた。
距離を取るために大きく、後ろに下がる。
「遅い!」
ソーマは既に大きく踏み込んでいる。
回避されたが接近するには十分な距離だ。
右に、左に
左右から剣を振るう。
「くっ!」
リナトはそれを槍でさばく。
まるで自分の手足のように槍を扱う。
左右から襲いかかってくる剣を、
適確に受け流す。
ソーマの剣はそれによって、左右に流されるのだ。
「ほらよ!」
リナトは地面を強く踏みつける。
受け流してるとはいえ、
ソーマの猛攻撃に押されていた。
だが、これ以上、好きにはさせない。
幾度か打ち込まれた後に反撃する機を狙っていた。
そして、そのタイミング、
しっかり地面に両足をつけて、攻撃に転じる。
リナトとソーマは今一度、打ち合う。
といってもリナトは不利なのは理解している。
そのため、数度打ち合ったあとに、
大きく踏み込んで槍で突進する。
それは致命的な一撃であった。
ソーマは打ち上げるようにして、槍を弾く。
リナトの体勢は大きく崩れる。
当然だ、武器を大きく弾かれた、身を守るものはない。
ソーマはそのまま、懐に接近する。
ゼロ距離。
その領域はソーマの距離である。
後は剣を振るだけ、
すでに踏み込んだ時点でその体勢には、入っている。
だから、気づかなかった。
その罠に。
ソーマの目前に迫りくる拳。
それは置かれていたものだ。
相手が突撃してくると読んでの、リナトの行動。
といっても万全の体勢で放たれたものではない。
威力などたかがしれているもの。
このまま、剣で切り裂くほうが致命的だ。
肉を斬らせて骨を断つ。
この場合は肉を打たせて、骨を断つか。
ソーマは構わずに剣を振るおうとする。
そして、拳はソーマに触れた。
「ぐっ!」
その拳はソーマを吹き飛ばす。
とても吹き飛ぶように見えなかった威力。
だが、ソーマは吹き飛んだ。
「ふう……」
リナトは吹き飛んだソーマを見て、
満足そうに槍を構え直す。
剛掌。
魔力を纏わせた拳。
魔力自体に攻撃力があるので、
触れただけでも吹き飛んでしまうほどの威力を持つ。
勿論、速さがあれば威力も増すのだが。
「なるほどな、リハビリにはよさそうだ」
ソーマはすぐに立ち上がる。
それを見た、リナトは驚き、呆れてしまう。
「おいおい、クリティカルヒットのハズなんだがな」
それは闇魔法の守りだ。
目に見えない強固な壁。
それがソーマを守っている。
「やっぱり、しっかり打ち込まないと駄目か」
片手で槍を構え、
もう片方の手は魔力を込める。
剛掌による体術と槍術の融合。
それがリナトの戦闘法だ。
槍で最も対処しにくい至近距離は体術でなんとかする。
確かにその距離に持ち込まれた時点で、
素手で戦わなければならなく不利ではある。
だが、それこそ肉を斬らせて骨を断つ。
その覚悟は持っている。
――長らく、忘れていた感覚だ。
久しぶりに戦っている。
アベルも、エリーゼも、ジュリアンもこいつ程の力を持っていても良かった。
だが、あいつらは弱くなってしまっていた。
いや、分からない。
今はあの時のようにドス黒い感情、そして力が湧いてこない。
勇者の時もそういう事はあった。
眼の前の敵を殺すべき敵ではなく、倒すべき敵と認識している時だ。
どちらにせよ眼の前の男は強敵だ。
そして、この鈍っている体を目覚めさせるに相応しい相手だ。
ソーマは忘れていた感覚を思い出す。
自身の力で圧倒出来ない、
そして、潔い良い敵だと。
そこには殺意もない、悪意もない。
ただ敵意を向けている。
その敵意で死んだり、恨んだりする事もあるが、
どちらにせよ強敵には違いない。
だがソーマとて負けるつもりはない。
なにせ強敵に勝ち続けてきた勇者、それがソーマなのだから。