正義と悪の
会議の場は異様な空気になっている。
当然だ、議題に上がるべきソーマが現れた。
予想出来なかった事態であろう。
誰もが凍りつくその中で、
オットーはソーマと肩を組む。
「やはり、お前だったか!」
嬉しそうに肩を組む様子。
2人はまるで親友のようだ。
事実、そうであり、今でもオットーはそう考えている。
当たり前のように肩を組んでいるが、空気はぶち壊しであった。
「変わらないな、オットー」
「まあな、お前は変わっちまったようだがな、なんだ、その容姿? まるで、魔王みたいじゃないか!」
オットーは離れて、上から下までソーマを見る。
その白い髪、赤い目。
その変わりようはものすごい。
「本当にソーマなのですか?」
「ええ、ローゼリア様」
それにローゼリアは胸をズキンと痛める。
公の場では、ソーマは昔もローゼリア様と呼んでいた。
それは今も変わらないが、
なぜだがとても距離が離れている。
そんな感覚を覚えていた。
「貴様、裏切り者のくせに、よくもノコノコとこの場に!」
オーランドはソーマを非難する。
そして、ソーマを捕らえるために兵士に命令をする。
「お待ちを、この場での戦闘は認められません」
「なにを!」
ここは中立の場、戦闘といった武力での解決手段は認められていない。
そのために光の民は待ったをかける。
「その通りだ、オーランド、この場での戦闘行為は、全世界への宣戦布告と見なされるぞ」
「ぐ、ぬぬぬぬぬぬ!」
オットーの言葉。
それを聞いた、オーランドは拳を引っ込める。
ここで4大国を敵に回すわけにはいかない。
「俺には勇者の権利がある、この会議に参加する権利はあるはずだ」
「なにを今更!」
ソーマ……勇者には色々と権利がある。
その中の1つ、5大国会議の参加権。
それを行使すると言っているのだ。
「はっはっはっ、一本取られたな、確かに認めざるをえないの!」
「そんな馬鹿な!」
ゲンナディは笑いながら感心する。
「ステンパロスは異議なしだ」
「……ブライトニアとしても異議はないです」
「アクアティリス、勿論、異議なしです」
ゲンナディに続き、他の3人も承諾する。
そうなってしまえばオーランドは何も言えない。
ここで異議を申し立てても意味はない。
5国の内、4国が承諾して、なおかつ光の民が認めれば意見は通る。
そういう決まりだからだ。
「私達も異議はない、勇者の参加を認める」
こうしてソーマも会議に加わった。
「さて、会議はどこまで進みました?」
「貴様の処遇についてだ! 第2の魔王め!」
「これはこれは、大層な称号をどうも……あながち否定は出来ませんが」
それに反応するのは、ローゼリアだ。
「貴方は魔王になるつもりですか?」
「世界が望むなら」
ローゼリアは絶句という表情であった。
勇者が魔王になる。
そんな事、聞いたことがない。
「いまいち、話が見えてこんな、クロムベルトを倒して終わりではないのか?」
「いえ、ゲンナディ様、私は世界に復讐をするのです」
クロムベルトを倒して終わり。
ゲンナディはそう思っていた。
「具体的に言うとどんなものだ?」
復讐。
それは余りにも抽象的だ。
具体的にどうやって、復讐するのか?
世界とはどの範囲なのか?
オットーはそれが知りたくて、質問する。
「そうですね、この際だ、俺の目的を話しておこう」
皆は息を飲む。
魔王を倒した男の目的。
それが夢物語だとしても、
ソーマには叶える実力がある。
「俺はこの世界を破壊する」
そう、こんな風にすさまじい事でもだ。
「正気ですか! ここに居る全ての国を敵に回すということですよ!」
ローゼリアは悲痛な声をあげる。
そんな事を不可能だ、
ソーマは魔王ではなく、人間。
勇者とはいえ、人間なら不可能だと。
事実、魔王でさえ軍を持っていた。
沢山の配下がいたのだ。
「ではわかりやすく、私はここに居る皆さんに宣戦布告を行う」
そう言われてはローゼリアは何も言葉を出せない。
オットーでさえ、無言で険しい顔になっている。
「本気ですか? 勇者殿」
そんな中、語りかけるのは光の民だ。
「ああ」
「私達は勇者の称号を剥奪しなければなりませんが」
「それでいい」
それを聞くと、光の民は皆に向き直る。
「クロムベルトは異議はない!」
「ステンパロス、異議なしだ」
「まあ仕方あるまい、ケテンベルク、異議はない」
「……ブライトニア、異議はないです」
悲痛な思いでローゼリアも承諾する。
これで勇者の称号が剥奪されるのは決定した。
「異議ありです」
「なっ!」
誰もが賛成する中。
その中で違う反応を見せるものがいた。
メルアだ。
彼女だけはそれに反対する。
つまりはアクアティリスは異議を申し立てる。
「ソーマ様は魔王を倒し、世界を救った人、勇者という言葉は彼に相応しいです」
「その彼が世界の敵になっているのですよ!」
ローゼリアは必死に呼びかける。
ここでメルアが異議を申し立てる。
それは即ち、ソーマに賛同していることになる。
「ソーマは世界を壊そうとしている、もう私達が知るソーマは……」
「それが? ソーマ様は世界を救ったのでこの世界を壊す権利を持っていると思いませんか?」
絶句だ。
それは全員が同じ感想であった。
狂っているとしか思えない、言動。
ローゼリアは絶句を通り越して放心している。
「アクアティリスよ! それは私達に喧嘩を売っているということ他ならないぞ!」
「では、アクアティリスはこれよりソーマ様の傘下に入り、宣戦布告をいたします」
場の空気は更に凍る。
「め、メルア様!」
「どうしましたか?」
「い、いくらなんでも、民の承諾を得てからでないと……」
お付きの従者は流石にストップをかける。
「反対なのですか?」
「は、はい」
「分かりました、こちらへ」
メルアは笑顔になり、その従者を近くに寄らせる。
従者は何事かと思いつつも、
思いとどまってくれたと思い、側に近づく。
「がっ!」
そして近づいた瞬間に口から血が溢れる。
メルアが水の魔法で心臓を貫いたのだ。
「め、メルア様……」
従者は目から光がなくなり。
死に絶える。
メルアはそれをただ笑顔で見つめていた。
そうなってしまえば、残りの従者達も怯えて、
なにも言えなくなってしまう。
メルアは笑顔のままソーマを見る。
「よろしいですか?」
「ああ、俺は構わない、だが本当にいいのか?」
「ええ」
「……俺はお前を愛せないかもしれないぞ」
「……ええ、貴方の側に居ることが私の喜びですから」
愛せない。
愛されることはない。
それは初めから分かっていたこと。
一方通行の愛でもいい。
ソーマと同じ道を歩きたい。
それは隣じゃなくてもいい。
ただ後ろからついていく。
それでいいと思っていた。
「メルア! 邪の道に堕ちるのですか!」
「私の道はソーマの道、邪の道だろうが、善の道だろうが、構いません」
ローゼリアとしては友を救いたい。
だがそれも叶わぬ。
彼女の覚悟を見て、打ちひしがれることになった。
「……勇者の称号は剥奪、加えてアクアティリスとソーマ、それを全世界敵勢と決める」
全世界敵勢。
それは魔王のように、世界が滅びる要因。
それが出てきた時、宣言されるものであった。
つまりソーマとアクアティリスは世界の敵。
これから全世界から狙われる存在となったのだ。
「そしてここに世界連盟の設立を宣言する」
そして世界連盟。
要はその敵に対して、手を取り合い協力しましょうということであった。
「ソーマ、俺はお前がクロムベルトに復讐、もしくは静かに暮らすのなら俺は手を出さなかった、だが世界を滅ぼすというのなら俺は抵抗しなければならない」
苦しそうにオットーは宣言する。
世界連盟に加入して、ソーマと戦うことを。
友と戦う、それは苦しいものだ。
だが一方、ソーマは不敵な笑みを浮かべる。
「お前と本気で殺ってみたい、一度、お前は言ったな」
「あ、ああ、そういえばそんなこと言ったな」
「なら苦しそうな顔をするな、今こそ、その夢が叶う時だろ」
そう言われては、オットーの気は溢れる。
それは王ではなくて、戦士としての顔だ。
「おいおい、お前は相変わらず俺が好きな言葉を選ぶな、分かった、殺りあおう」
オットーの顔は不敵な笑みに変わっていた。
「ふん、儂としては好きにしろと言いたいが、世界を壊すとなれば止めねばならぬ立場だな」
そしてゲンナディも了承する。
後はブライトニアだ。
「……私は」
迷っていた。
ローゼリアは友を2人、敵に回す事。
それに躊躇していたのだ。
「ああ、そういえば、これを返さなければ」
ソーマはそう言って剣を取り出す。
それは聖剣。
ローゼリアから託された聖剣だ。
「俺には相応しくないからな」
「っ!」
その聖剣。
魔王を倒すに使われたであろう、聖剣。
それを持って、倒した男が自分には相応しくない。
そう言った。
「もう、戻れないのですか?」
「戻る道は捨てた」
「やり直せないのですか?」
「それには罪を重ねすぎた」
戻る道を断ったのは自身だ。
選択したのはソーマだ。
彼が歩くは既に修羅の道。
そこから逸れることなどは許されない。
「……分かりました」
ローゼリアは覚悟を決める。
――涙は流さない。
かつての友は悪に堕ちた。
ならば、それを討つのが私の使命。
それが私の運命なら。
受け入れる。
そして戦う。
「ローゼリアの名の元に貴方達を――」
というのは本心ではない。
本当は嫌だ。
こんな聖剣なんて手放したい。
私も加わりたい。
悪に堕ちれば楽になるなら、堕ちてしまいたい。
だけど私の後ろには民がいる。
必死に生きているものだっている。
それも滅ぼすというならば、
私は剣を手にしなければならない。
それが聖剣を抜いた時からの私の宿命だからだ。
「――滅する」
ローゼリアは聖剣を掲げる。
ソーマはそれにかつての自身を見た気がした。




