動き始める世界
世界の中央に存在する、一際大きな塔。
リュミエールの塔。
かつて天を目指すために建造された。
そのために民族、種族関係なく、
全てが手を取り、協力した。
だがその塔は天にまで届かなかった。
神の怒りに触れたのだ。
「神の領域までに手を伸ばすとは、なんとも欲深く罪深い」
建造中の塔に雷が落ちた。
だがそれでも皆は諦めない。
そして諦めない度に雷が落ちる。
やがて、皆は諦めて。
徐々にいなくなって。
塔が完成されることはなかった。
そんな伝説がある。
「まったく暑いですね、ここは」
「ははは、我らの国が寒いだけじゃわ」
その塔に向かう、一団が1つ。
彼らの出身地はここより更に北。
万年雪が降る、極寒の地。
ケテンベルク。
彼らの国はそう呼ばれている。
「しかし、儂の引退前にまた、面倒な事になりよったわ」
「ひゃはは、ツイてねえよなあ、じいさん!」
右に誠実そうな男。
左に態度の悪い男。
年老いた男は2人を従えていた。
彼こそはケテンベルクの指導者。
最高国家魔術師の称号を持つ、老魔術師。
ゲンナディ・グランド・ウィザードである。
ケテンベルクは魔法国家だ。
魔法に才があれば誰でも指導者になれる。
そういう国家なのだ。
だから誠実そうであろうと、
態度が悪かろうと、
実力で評価されるので
誰でも上に登れる可能性はある。
「む、見えてきよったぞ」
彼らの目に遠目だが塔が見え始める。
「うお、バカでけえな!」
「天に手を伸ばすためにつくられた塔、あれで建設途中だと聞きます」
「未完成なのかよ!」
彼らの目的地はリュミエールの塔。
なぜならそこが5大国会議の開催場所として決められていたからだ。
「はっ、遠方からわざわざ貴様の顔を見るためにきてやったわい!」
「相変わらずだな、ゲンナディ!」
そこに居たのは、クロムベルトの王。
勇者を排出した国の王だ。
ゲンナディは真っ先に迎えていた王に喧嘩を売る。
それもそのはず、ゲンナディは彼を嫌っている。
勇者の出身国。
それだけ大きな顔をされる。
ゲンナディはそれが気に食わなかった。
「オーランド様、落ち着いてください」
王を嗜める。
その男はクロムベルト、No2の男。
フィリップス・ノードロップ。
彼は極めて冷静な態度だ。
「会議までは時間があります、待機室を用意しているのでご利用ください」
「おう、気が利くな」
兵士が出てきて、彼らを案内しようとする。
「儂よりも、貴様のほうが世代交代が早そうだな」
ゲンナディはその場から去るさえも、
捨て言葉は忘れない。
それにオーランドはわなわなと拳を震わせていた。
「なぜ、私がへりくだらなければならん!」
「今回の件はこちらからの要請、今までとは立場が違います」
今までは大体が要請されていた側。
それはソーマという勇者が居たからでこそ。
現在ではそれすらも失われている。
「王よ、とりあえずは休憩なさっては?」
「ああ、そうだな」
オーランドは忠臣の言葉を聞いて、
部屋に連れていかれる。
「まったく、困ったものだ、自分で撒いた種だろうに」
フィリップスはため息をつく。
これも私欲のために、権力、立場のために、
勇者を貶めようとしたからこうなっているのだ。
「これ以上は野放しに出来ないな」
フィリップスは心に決める。
この国のためにもこの問題は近々解決する。
そうしなければならないと思ったのだ。
「これはオットー様、遠方からわざわざ来ていただき、ありがとうございます」
「決まりだからな、してあの王はどこにいる?」
次に塔にたどり着いたのは、ステンパロスの王だ。
オットーはオーランドが居ないことに疑問になる。
「オーランド王は只今休憩中でして、案内しましょうか?」
「いや、いい、見たくない顔だからな」
大胆不敵な発言。
それを聞いた、見張りの兵士はいい顔をしない。
なぜなら、今回の主催国はクロムベルト。
見張りもクロムベルトの兵士で構成されている。
自身の国の王をけなされる。
いい気はしない。
「……オットー様」
「ん、どうした?」
従者である、アラヴィンは声をかける。
一応、ここは公の場であると。
不用意な発言は控えるべき。
そういう意図だ。
だがオットーは気づいていない。
アラヴィンは内心、ため息をつく。
そしてフィリップスに申し訳なさそうな顔を向ける。
それに気づいたフィリップスは微笑を見せる。
「失礼、小鳥のさえずりに耳を傾けていたもので、で、なんでしたかな?」
それは言葉通りの意味ではない。
先程の発言を聞かなかった事にする。
そう言う意図だ。
それにアラヴィンは頭を下げる。
この場でのそういう発言。
それは国際情勢に関わりかねないものだ。
どう思っているではなく。
どう発言した。
王の言葉はそれだけでもの凄い影響力を持つ。
「おお、お主、なかなかやるな」
「オットー様!」
「ははは、すまん、すまん」
アラヴィンの気迫は凄まじい。
オットーは流石にこれにはタジタジとなり、
笑いながら誤魔化す。
「部屋に案内します、時間まで御くつろぎください」
「お、世話になる」
リュミエールの塔にはこれで3国。
後は2国だけであった。
「5大国会議だと?」
「ええ、噂になっていますよ」
時は少し戻る。
ここはとある小国。
そこでも5大国会議のことは広まっていた。
それをソーマとリリーは耳にしていた。
「そうか、結局は君の思惑通りか……」
それはソーマが結婚式を襲う前である。
「王は殺さないだと?」
「ええ」
リリーはそう言った。
レイナは殺す、ジュリアンは殺す、貴族達は殺す。
だが王は殺さない。
勿論、それにソーマは不満げだ。
始まりはジュリアン、それは間違いがない。
それに便乗したのが一部の貴族とレイナと仲間達。
彼らに復讐することは決めていた。
そして王、彼こそが国に広めた張本人だ。
民衆は踊らされる、国の情報操作に。
知る人がいれば、3人で魔王を倒せるとは信じない。
ソーマが裏切るとは信じない。
だが民衆には遠い出来事の存在。
ソーマは勇者で強い、常識だ。
ジュリアンは賢者で、都でも有名。
アベルは剣士、エリーゼは魔法使い、どちらもその分野で最強。
民衆が知る、情報など、これぐらいだ。
つまりは誰しもが強い力を持っている、それこそ勇者に匹敵するような。
そう想像してしまう。
勇者は知っているが、ソーマは知らない。
ソーマの正確な力、人柄、そんなものは知りようがない。
余りにも遠い存在が故の弊害だ。
そんな民衆を操るのは容易い。
勇者が裏切った、そんなあり得ないことすらも、90%ぐらいの人間は信用する。
それが王の言葉としての力だった。
「……許すことは出来ない」
「ええ、分かっています、ですが貴方の復讐は全てを殺せば終わりなのですか?」
「なに?」
「世界を変える、世界に復讐する、貴方はそう言ったはずです」
ソーマの復讐。
それは仲間だけではない、幼馴染だけではない、国だけではない。
世界の全ての悪意にだ。
「王にはショーを満喫してもらう、そして私達の事を知ってもらう、そうすれば必ず5大国会議が開かれるでしょう」
「なるほどな、だがそれは違う王でもいいはずだ」
確かにリリーの言うことは一理ある。
だが、その王はオーランドではなくてもいい。
ソーマはそう思っていた。
「ソーマ、もしオーランドが死んだら、誰が王になると思います?」
「それは、オーランドの血縁……はいないな、となると優秀な貴族か?」
オーランドの妻は死んでいる。
そして新たに妻を娶る気はない。
子供もいなくて、親戚もいない。
となると、次の王は極めて優秀な貴族。
「フィリップス・ノードロップ、国のNo2と呼ばれている、貴族です」
「知らないが……それが何か問題でもあるのか?」
「彼は極めて優秀、一度、お話したことがあるのですが……彼は決して豚ではない、牙と爪を隠している百獣の王、といってもいいでしょう、そして彼は必ず王になる」
王が死ぬ。
そしたらどんな手を使ってでも玉座に着く。
そんな男なのだ。
「それならば豚を頂点に置いたほうが事が進みやすいというもの、そう思いませんか?」
オーランドを盤上で操ることなどリリーには容易だ。
なにせ、動きや行動が分かる。
思惑通りに動いてくれる駒だからだ。
対して、フィリップス。
これはリリーでも想像が出来ない。
操るどころか。
自分勝手に動き回る駒。
そしてその動きは予想が出来ない。
盤上がどうなるか分からないのだ。
「分かった、君の言うとおりにしよう、だがいつかは殺す」
「ええ、その時はぜひ私に拷問を!」
「……ああ」
目を輝かせるリリーに若干引くソーマ。
「お膳立てはすんだと言ったところか」
「ええ、ここから先の盤面は私にも分かりません」
「なら動かしにいくか世界を」
こうしてソーマとリリーは塔に向かい始める。
世界とソーマ、ぶつかる時は近い。