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西の彼方、姫騎士は


 世界の西。


 そこは様々な国々が陸つなぎで存在する。


 そうなると当然、小競り合いが起こる。


 この地域は世界で最も戦争が多い地域だ。


 といっても小さいものばかりだが。


 そんな群雄割拠の中。


 最も覇を制する国。


 それがブライトニアであった。




「姫さま、かの者よりの親書、どうしますか?」


 ここは会議室。


 円状の大きな机。


 国の重鎮達はそれを囲いながら座る。


「姫というな、5大国会議か……確かに取りやめはしていないが」


 勇者が魔王を倒す。


 その間に色々と5大国の間で結ばれていた条約。


 それはお互いの国が忙しくて放置されていた。


 だから一応、今でも有効だ。


 5大国が危機の時、他の大国は協力する。


 会議とは言っているが、それは要請だ。


「といっても、我らも忙しい身分、見送るという手も」


「いや、彼がこうなった以上、放ってはおけない」


 彼とはソーマ。


 ソーマとは勇者。


 魔王を倒したもの。


 それが世界の敵になりつつある。


 ブライトニアも他人事ではない。


「ふん、勇者などローゼリア様に及ぶわけもない」


 この国の人間は勇者をよく思っていない。


 勇者というよりソーマをだ。


 ローゼリア・マクレーシア


 前国王の娘だ。


 彼女は才に溢れている。


 剣技、魔法、勉学。


 すべてが高水準だ。


 そしてその精神。


 国の中で誰が最も騎士道精神を持っているか?


 そう聞かれたら万人はローゼリアの名を出す。


 そして歴史上誰一人抜けなかった聖剣を抜いた勇者。


 それがローゼリアなのだ。


 光魔法を使え、聖剣を持ち、誇り高い精神。


 誰しもが彼女が勇者だと思っていた。


 それは彼女自身も思っていた。


 私は魔王を倒すために生まれてきた。


 彼と出会うまでは。




 女神は勇者は遠方で生まれている。


 そう言った。


 勿論、ローゼリアはそう言われて、いい顔はしない。


「認めません、私が見るまでは」


 そしてその勇者はローゼリアの前に立つ。


 見た目は普通。


 覇気はなく、甘そうな雰囲気。


 至って平凡。


 勇者の器ではない。


 それがローゼリアの第一印象であった。


 だがその印象は剣を持つソーマを見て、すぐに取り消すことになる。




 その剣は決して綺麗ではない。


 その戦いは決して美しくはない。


 人が見惚れるのはローゼリアのほうだ。


 だが人を引きつけるのはソーマであった。


 そしてローゼリア自身も引きつけられていったのだ。



「彼の力を侮るな」


 ローゼリアはピシャリと黙らせる。


 会議の場からソーマの陰口がなくなる。


「……ふむ、聖剣も返してもらっていないしな」


 この国に伝わる伝説。


 女神から与えられた、聖剣。


 その聖剣は今もソーマの手にある。


 抜いたのはローゼリアだ。


 誰も抜けない聖剣を抜いた。


 だからこそ彼女に相応しい。


 だが、それがソーマの手にある理由。


 それを思い出していた。



 ――あれは魔王との決戦の前だ。


 場所は夜の謁見の間。


 誰もいない、玉座。


「ローゼリア様、私を呼び出した理由は?」


「そう他人行儀にしなくてもいい、これは公務ではないのだから」


 決戦の少し前、私はソーマを呼び出した。


 理由は1つ、彼に手を貸すためだ。


「四天王は、全員、倒したと聞きました」


「はい」


「残るは魔王か」


「……はい」


 ソーマの顔は覚悟に満ちあふれている。


 だがそれはまさに死地に向かう、男の顔だ。


 こんな顔はしなかった。


 いつも、真剣だがここまでの覚悟はしていなかった。


 何かあったのか?


 そう思ったが、それを聞くのは無粋だと思った。


 男の覚悟に水を差してはいけない。


「ソーマ、これを」


「これは……、う、受け取れません!」


 私が差し出したのは自身の聖剣だ。


 ソーマは勿論、受け取れないと言う。


 まあ、それは想像出来たことだが。


「聖剣はどの剣よりも強い、魔王を倒すにはこれくらいは必要です」


「だが、これはローゼリア様の剣であり、ブライトニアの宝物ではありませんか!」


 その通りだ。


 私が手にしたものであり。


 ブライトニアにとっての宝だ。


 決して、人に渡していいものではない。


 渡そうとも思わない。


 ただ、ソーマには手にする資格があると感じた。


「議会の連中は黙らせた、それにこれぐらいしか私は手を貸してやれない」


 魔王と戦いたい気持ちはある。


 最初は国を捨て、魔王と戦うつもりであった。


 だが、今は代わりの勇者がいる。


 私よりも遥かに強い勇者がだ。


 ならばそれに希望を託すのは必然であろう。


「四天王がいない今、ただの魔族や魔物ごとき聖剣がなくても十分、持っていってください」


「……分かった」


 ソーマは聖剣を受け取る。


 恐らく彼にも使いこなせるであろう。


「ただし貸すだけです……だから必ず生きて帰るように」


 その一言。


 それだけでソーマの表情は崩れる。


 そこで私は理解した。


 こいつは死ぬ気なんだと。


「……ああ」


 相変わらず嘘をつくのは苦手なようだ。


 目を合わせずに手が若干震えている。


「ソーマ、私の愛称を呼んでくれませんか?」


 気づけば私はそんなことを言っていた。


「急にどうしたんだ?」


「いや ……駄目ですか?」


 私も急に自分が分からなくなった。


 だけど愛称を呼んで欲しい。


 そんな思いに駆られたのだ。


「……ロゼ」


 ああ、胸が締め付けられるようだ。


 全身は歓喜に溢れる。


 私の愛称を呼ぶことを許している人は少ない。


 その中でもソーマに言われるのはなによりも嬉しい。


 そんな気持ちになる。


「ソーマ、もし生きて帰ってきたら――」


 その先は言えなかった。


 彼には故郷で待っている女性がいる。


 私よりも先に待っている、女性だ。


 ならば、私にその先を言う権利はない。


「どうした?」


「いえ、無事に、それだけです」


 こうして私とソーマは背中合わせに離れる。


 そしてソーマは結局帰ってこなかった。



「勇者は瀕死でなんとか生きながらえていると聞きましたがな」


「そもそもが難癖つけて聖剣を返却しなかった国だ!」


「大体、なぜ勇者が裏切る? そこもまたキナ臭い」


 会議は混沌としてきた。


 1人、1人が思い思いの事を言っている。


 収拾がつかないとはこの事である。


「静まりなさい!」


 ローゼリアは一際、大きな声をあげる。


 それだけで騒ぎはピタッと収まった。


「会議には出席します、真偽を確かめるためにもこの目で見なければ」


 それを聞いて大臣共はうねり声をあげる。


 迷っているようであった。


「……異議なし」


 大臣の1人がそう言うと。


 皆も異議なしと続く。


「では、この会議はこれで終わりです」


 ローゼリアはドアを開けて、部屋から出ていく。


「ソーマ、貴方は本当に変わってしまったのですか?」


 親書に書いてあった、裏切り者の勇者。


 それは信じられるものではない。


 本当に変わってしまったのか。


 そして、もし変わってしまっていたらローゼリアはその時――


「彼に剣を向けれるのでしょうか?」


 世界に暗雲が立ち込める。


 そんな気がしてならなかった。

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