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少女の涙


 剣は突き刺さる。


 だが山賊のお頭の頭や胸。


 そこを突き刺してはいなかった。


 突き刺さるのは地面。


「う、えっぐ……出来ないよ」


 ナナは泣きながら地面に座り込む。


 それと同時に剣を手放す。


 相手は大切なものを奪った人間。


 だがそれでも命を奪えなかった。


 幼いナナには当然の事かもしれない。


「……戦うって決めたのに」


 戦うって決めた。


 生きるって決めた。


 だけど1番憎い敵を殺すことは出来なかった。


 なぜ、ナナは殺すことが出来なかったのか。


 簡単だ、人はそんな簡単に変われない。


 普通の娘。


 彼女には道徳がある。


 普通に過ごしてきたからこその道徳だ。


 人が死ぬ。


 それは世界にとっては些細な事だ。


 だが彼女にとっては、大きな問題。


 1人死ぬだけでも悲しむ。


 そんな彼女に人殺しは出来ない。


 ただ、それだけである。


「……そうか」


 ソーマはそれだけ言って、頭に手を乗せる。


 失望なんてしなかった。


 それが当然なんだから。


 ソーマはナナを家の中に連れて行った。


 すると彼女は力尽きたように横になり、眠ってしまった。




 戻ってきた、ソーマは山賊のお頭に向き直る。


「な、なあ、俺は逃してくれるんだよな!?」


 あの少女は殺さなかった。


 だから助かると思ったのだ。


「あら? そう言って何人殺してきたんですか?」


「そ、それは……」


 命乞いをする人間。


 彼はそれを笑いがらも何人も殺してきた。


「約束が違うぞ!」


「俺はそんな約束をしていない、それに悪党を逃がすとでも思っていたのか?」


「や、やめ……」


 ソーマは剣を刺す。


 背中から心臓に伸びた刃。


 当然、即死だ。


「まあ、慈悲だな」


「むぅ、つまらないですわ!」


 置いてけぼりにされ、


 そして玩具さえ奪われた。


 そんな彼女は無邪気に顔を膨らませる。


「あの子も、刺してしまえばよかったのに」


「そしたら戻れなくなる」


「それがいいのではありませんか……はあ」


 子供相手にも容赦がない。


 あともう少しで堕ちたというのに。


 彼女の感想はそれだ。


 殺すというのは基準となる。


 1人、殺す。


 それで心が壊れるものもいれば、慣れるものもいる。


 もし彼女が殺せば、どう転ぼうとさぞ面白いものが見れた。


 だからこそ踏みとどまった彼女に不満げなのだ。


「どちらにせよ、ナナの世界は地獄だ」


「ふふ、そうですわね」


 嬉しそうなリリー。


 やはり、趣味が悪い。


 そう思う、ソーマであった。



「ん? 誰か来るな」


「え? 本当ですか?」


 ソーマは微妙な足音を感じ取る。


 どちかというと駆け足気味に近づいてくる。


 ソーマは山賊の残党かと警戒する。


「あれは村の人間か?」


 それは一般人の見た目であった。


 この村の惨状に気づいて駆け足で向かってきていた。


「なんということだ……」


 駆けつけては思い、思いの所に向かう。


 自身の家、家族、大切なもの。


 恐らくはこれから悲痛な声があちこちであがるであろう。


「あんたらは?」


「修行中の修道女と騎士です、この度はお悔やみを申し上げます、私共としても祈ることしか出来なくて……」


 よく口からそう出まかせを言えるなと感心する。


 ソーマが色々と考えている内に既にリリーのペースだ。


「そうか皆は山賊に襲われて、貴方様が追悼してくれたのか」


 リリーは事の顛末を話す。


 嘘は言っていない。


 村が山賊に襲われて、リリーが追悼をする。


 身分以外は全部本当だ。


 だがそれだけで納得させるリリーの話術。


 そして高貴さを感じさせる雰囲気。


 騙すには最強だなとソーマは思った。




「そうか、ナナちゃんは無事だったか」


 ソーマとリリーはナナが眠る家に村人達を案内していた。


「つらかろうに、母と父に先に旅立たれて」


「恨まないのですか?」


 ソーマは気になったことを聞く。


 ナナがの目のおかげで狙われた。


 妻や夫を失ったものも居る。


 ならば怒りの矛先がナナに向いてもおかしくはない。


「恨まないさ、皆、承知でナナちゃんを受け入れたんだ」


 彼は語った。


 ナナがラッキーアイなのは皆が知っている。


 そのために狙われるかもしれないことを。


 そしてナナの家族は1度村を去ろうともした。


「こんな時代だ、皆で力を合わせないと生きてはいけない」


 だが村人達は彼らを呼び止めた。


 群れから外れた弱者が生きていける道理はない。


「それにしても、勇者が魔王を倒せば世界は変わると思っていたんだがね、ひどくなる一方だよ」


 その言葉はソーマに突き刺さる。


「……ごめんなさい」


 俺は悪くない。


 悪いのは世界。


 そう思っていたのに自然と謝っていた。


 だがその呟きが聞こえたのはリリーだけ。


 村人に悪気はなかった。


「でもね、勇者は希望を見せてくれた、ならこの先の世界を作っていくのは私達……いや子供達だと思う」


 村人はナナを見る。


 ナナは希望。


 彼らに残った希望なのだ。


「……ん」


 ナナは目を覚ます。


 そして信じられないものを見たような顔になる。


「み、皆、生きてたの!?」


「私達は都に出稼ぎに出ていたんだよ、忘れてたのかい?」


 そう言って村人達は笑い合う。


 皆、辛いけど、心配させまいと笑っていたのだ。


「私は1人じゃないの?」


「そうだよ、皆はナナちゃんの味方だ」


「うっ……うわあああん!」


 ナナは泣き始める。


 それは今まで1番、涙を流していた。


 それを見た、村人たちはナナを囲み始める。


 ソーマはそれを見て、自然と笑顔になっていた。


「羨ましいですわね」


「何がだ?」


 突如、リリーが呟く。


 それを聞いた、ソーマは聞き返す。


「貴方は今、この光景を見て幸せを感じている」


「ん、……まあな、久しぶりに朝日を浴びた感覚だ」


 久々の光。


 ソーマはそれを味わっていた。


 全てが闇というわけではない。


 ただ闇が目立つだけ。


 それは分かっている。


 一筋の光が存在することは分かっているのだ。


「それが羨ましい、私にはそれがないから」


 今こそ開きなおっているが、


 彼女だって普通であろうとした時期がある。


 しかも人一倍、聖人であろうとした。


 だがそれでも結局は光の中に喜びを得られない。


 彼女が喜ぶのは闇の中だけ。


 人を拷問して喜ぶ。


 人を焼いて喜ぶ。


 人が苦しむのをみて喜ぶ。


 およそ人間の所業ではない。


「やはり、私は壊れているのですね」


 1人、殺した時、人は何を思うか。


 壊れるのか? 慣れるのか?


 彼女は喜んだ。


 それは最初から壊れていたからなのか。


 その時こそこの世に生まれて、最高の喜びを得たのだ。


 ああ、生きてて良かったと。


「……前にも言っただろ、俺はお前を肯定する」


「今でもそう言えますか?」


「勿論だ、……まあ、たまに引くこともあるがな」


「ふふ、貴方も壊れているのかもしれませんね」


「当然だろ、そうでなければ――」


 ――この壊れた世界でやっていけるものか。

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