残酷な今に立ち向かうためにも
ひどい有様だった。
荒らされた村。
略奪され、壊滅した。
あちこちに死体が転がっている。
それは村人だったり略奪者だったりする。
ここで争いがあったのだ。
略奪者に対して、弱者は武器を取った。
武器といっても農具。
戦いに暮れる男と、農業の男の戦い。
確かに弱者も身体能力では山賊に追従していた。
だが実戦はそれだけではない。
奪うことに躊躇がなく、日々が戦い。
そんな山賊達に負けるのは必然であった。
「死体を集めるのを手伝ってくれますか?」
皆が無言になるなか、リリーは口を開く。
「意外だな、本当に聖職者としてか?」
「死んでしまえば等しく肉塊、私は死には興味ありますけど、死体には興味ありません」
リリーは人が死ぬまでの過程には興味がある。
その業で悦を得ることもあるであろう。
だが死体には興味がない。
魂がない、ただの肉塊。
ならば聖職者として、肉を葬り、魂の安らぎを与えなければならない。
彼女はどこまでも邪悪で、どこまでも聖職者なのだ。
信仰はなくしてはいない。
「――火葬聖炎」
積み上げられた死体。
村人も山賊も関係ない。
リリーは魔法を唱える。
すると死体の周りから炎が発生する。
それは異端を焼く炎、人を焼く炎。
それとは性質が違う。
炎とは危ないものだ。
扱いを間違えれば全てを焼き尽くす。
武器にだって、攻撃魔法にだってなる。
だが本来持つ役目は安らぎ。
明るさ、暖かさ。
それらを与えてくれる。
この炎はその優しさを持つ炎であった。
「彼らは運命に抗い続けた」
リリーは追悼を捧げる。
「肉体を滅びるも、魂はどこまでも透明、死して立場はなく、平等であり」
リリーの隣でナナも祈りを捧げる。
ソーマはその後ろ姿にどこか虚無だと感じた。
「――かの魂に安らぎを、主よ、迷える魂を導きたまえ」
リリーは完璧に葬儀を終わらせる。
当然だ、聖女として何度も体験してきたこと。
村が山賊に襲われて壊滅する。
この世界ではよくあることだ。
そして、聖女はそのような村に出向き、祈りを捧げる。
そして火葬を行う。
神の教えでは火葬は好まれるものではない。
なぜなら、死後、魂は戻ってきて、肉に宿り蘇ると言われているからだ。
だがリリーは火葬を好む。
この辛い世界に戻ってくることはない。
神の住む世界が理想郷だとするならば、そこで安らぎを得たほうがいい。
これはリリーの中にある唯一の慈悲である。
時刻は夜。
明かりは月の光のみ。
その中、ソーマは村を歩き回る。
生存者はいない、滅びた村。
自身の故郷を思い出す。
ソーマの故郷は焼かれた。
村人は皆殺しだと聞いた。
その光景はこの村の光景と重なる。
故郷の有様を見てはいない。
だがこの村を見ていれば、容易く想像が出来る。
ソーマは無意識に手のひらを握りしめていた。
――俺は何が間違っていたのだろうか。
私欲のために滅びた、平和な村。
私欲のために滅ばされた、ソーマの村。
何が正しかったのだろうか。
生まれてこなければ良かった。
違う。
勇者にならなければ良かった。
違う。
どちらも間違っていないはずだ。
だが、現実はこうも否定してくる。
ならば、考えられるのは1つ、この世界が間違っている。
だからこその復讐だ。
「ここは明るいな」
そこは死体を焼いている広場。
不思議と異臭はしない。
この魔法の炎のおかげなのか。
今もなお燃えている。
この炎は異端を焼く炎と同じように一晩、燃え続ける。
そして燃やしたものを灰にまで還す。
「あれは……」
そしてその炎を見つめる人影があった。
ナナだ。
彼女は虚ろな目で炎を眺めている。
何を考えているのだろうか。
ソーマは少しだけ気になっていた。
「……いや、何も考えていないのだろうな」
何も考えていない。
何も考えれない。
ナナは悲しんだ。
そして悲しみの果てにたどり着く。
そこから先、どうすればいいのか。
その考えに至らなかったのだ。
このままでは野垂れ死ぬ。
それも仕方がないことだ。
だけどソーマはなぜだか放っておけなかった。
「……」
ソーマはナナの眼の前に立つ。
そして地面に剣を突き刺す。
ナナはそれでもなお、虚無の顔であった。
「……悔しいか?」
「……」
ナナは答えない。
「母と父は死んだ、愛する者は死んだ、村の皆は死んだ」
「っ!」
その言葉で初めて反応を見せる。
怖がるような、怒りをみせるような。
どちらとも取れない震えを見せるのだ。
そして涙を流す。
「私が生まれたから! 私が生きているから、皆は……」
狙われたのはナナの希少性。
村人は巻き込まれたのだ。
それは幼い子でも理解できる。
「いや違う、君は間違っていない」
「え?」
「間違っているのはこの村を襲った奴らだ」
当然の事。
言ってしまえば、なんてこともない。
希少だから手に入れたい。
だから奪う。
それが間違ってるだけだ。
生まれれたことが罪だなんてことはない。
「だけど、皆は殺されて、私はどうしたらいいの……!」
だけどそんな間違った事が起こるのが世界。
奪い、手に入れれる。
当たり前のように行われる出来事。
奪われた側は泣き寝入りするしかない。
いや、それは違う。
「剣を取るか、死を選ぶか」
「え?」
「その選択すら出来ないものもいる、だけど君は選ぶことが出来る」
ナナは地面に突き立っている剣を見る。
奪われて死ぬことなんて多々ある。
だが彼女は奪われて、生きている。
戦った所で取り返せるものではない。
だが戦うという選択は出来るのだ。
生きるためにだ。
「どれだけ嘆いていも現実は変わらない、あるのは生か死だ、好きな方を選べ」
ソーマはそれだけ言って、背を向ける。
道は与えた、それを選ぶのは彼女次第。
だがいくらなんでも今すぐに選択は出来ない。
そう思ったのだ。
だから今日はもう寝ようとする。
「……生きる」
だがソーマの目論見は崩れた。
ナナはゆっくりと立ち上がる。
フラフラになりながらも剣の前に立つ。
そしてしっかと剣の柄を持って、引き抜こうとする。
彼女の身長と同じくらいの剣。
それを引く抜くにはナナでは大変だ。
だが生への執着は凄まじい力を生む。
ナナはその剣を1人で抜ききったのだ。
「憎いか?」
「……憎い」
「辛いか?」
「……辛い」
「生きたいか?」
「……生きたい!」
彼女の目はもう虚ろではない。
生きたい。
どんなに辛く、憎かろうが、戦う。
生きるために戦う覚悟を決めた目だ。
しっかりと前を見ている。
「……そうか」
ソーマはナナの頭にポンと手を置く。
そして剣をするっと奪い取る。
「なら、君の復讐は俺が引き受けた」
そう言い残し暗闇の中に姿を消したのだ。