旅の始まりは
「報告します、ジュリアン様の死体が見つかりました」
「なんと、やはり死んでいたか……まあよい、ソーマとリリーはどうした?」
「それが……これ以上の追跡は困難かと」
その報告を聞いた、王は顔を歪ませる。
2人が去ってからもう一週間。
事態は国から2人がいなくなったとは収まらない。
片や、魔王を倒した勇者。
片や、魔王を抑えれる聖女。
この国の2大戦力といってもいい。
それが、明確に敵意を残して去っていった。
新たな世界の脅威になるのは秒読みであった。
「これも、王よ、貴方が私欲のために勇者を貶めたからです!」
「ぐ、ぬぬぬ!」
国のNo2の男はここぞとばかりに王を非難する。
それに便乗するよう輩も出てくる始末。
王の威厳は既に地に落ちていた。
「まあ、待て、ここは王を非難する場ではない、対策を考える場だ」
「そうだ、控えよ!」
それに対してNo2の男は、静かに頭を下げてからさがる。
その余裕そうな態度に王はさらにイラつきを増す。
だがなんとか抑えて会議は進む。
「……5大国会議」
「なに?」
「5大国の間にある条約です、国が危機の時、我々はお互いに協力を要請することが出来る」
それは魔王が現存している時に作られた条約だ。
国が滅ぶ案件の時、お互いに助け合うための条約であり、一応、今も有効だ。
「我々が要請するのか!?」
といってもこの国は一度も要請したことがない。
なぜなら聖女を保持しているからだ。
国の安全は守られている。
それこそ獄炎が現れたようなイレギュラーを除けば。
それに勇者の出身国。
いつでも強気に出られた。
そんな立場なのに、こっちから下手に出る。
それは王にとって許せないものであった。
「勇者は第2の魔王となりつつあります、ご決断を」
「む、むむむむむ……」
とりあえずは今日の会議は終わりとなった。
クリーム色の長髪をなびかせる。
リリーは川辺に座り、休憩をしている。
足を浅い水の中に入れながら心地良い感触を味わう。
そして時折、涼しい風が吹く、良い休憩場所であった。
「こうしてみると普通なんだがな」
普通どころか、かわいい美しい少女。
リリーの見た目はそれに相応しい。
だがその中身には悪魔を飼っている。
人の内面など見た目で分かるものではない。
いやそれどころか、外見で罠を仕掛ける者もいる。
聖女という外見、だが中身は悪魔。
まさに彼女の外見は罠ということだ。
「あら?」
風によって微かに匂いが漂ってくる。
リリーはそれに気づいた。
「焦げる匂い、戦ってるな」
「みたいですわね」
ソーマも勿論、それには気づいていた。
ということは風上で誰かが戦っている事になる。
「それにしてもよく気づいたな」
微かにしか匂わなかった戦いの特有の匂い。
戦いの中で生きていた、ソーマは分かる。
だがリリーにとっては慣れないものだ。
「血の匂いがしたのですわ」
「血?」
匂いを今一度かいでみる。
だが、血を匂いはしない。
というかその程度の匂いはするはずもない。
「血の匂いには敏感なもので」
「……吸血鬼かなにかか」
「ふふ、そうかもしれませんね」
笑いながらリリーは答えた。
「はあ……はあ……」
少女は走る。
少女の後ろにはガラの悪い男たち追っていた。
笑いながらも、ジリジリと少女を追い詰める。
「きゃっ!」
少女をコケてしまう。
立ち上がって、逃げようとする。
だが男たちに追いつかれてそれは敵わない。
「追いかっけこは終わりかい?」
「大人しく捕まろうねえ」
男たちは囲んで逃げられないようにする。
そして傷つけないようにゆっくりと近づく。
1人の男が腕を掴んで拘束しようと腕を伸ばす。
それに捕らえられまいと女の子は必死に抵抗する。
「痛てっ!」
なりふり構わず、抵抗した結果、無意識的に噛む。
思わず手を伸ばした男は腕を引っ込めてしまった。
「てめえ、殺すぞ!」
思わず男は乱暴に手を伸ばす。
だがそれを見た、リーダーの男は剣を首元に伸ばす。
「殺されてえのはてめえだろ、俺は傷つけるなって言わなかったか」
「へへへ、言葉のあやってやつで……」
それに汗をかきながらも男は笑ってごまかす。
それを見たリーダーの男は剣を引く。
そして、全員、少女に向き直る。
「いいか、上玉なんだ、傷をつけるな、商品としての価値が下がる」
「は、はい」
男たちはジリジリと再び少女に詰め寄る。
傷をつけないように慎重に。
大の男が詰め寄ってくる光景は少女に恐怖しか与えない。
「ひっ!」
少女は怯える。
といっても男たちが詰め寄ってくるから怯えたわけではない。
「ん? リ、リーダー、本当に斬るこた……」
何かがボトッと落ちた音がした。
そして、雨が落ちるような感覚が襲いかかった。
思わず、隣を見てみるとその男の頭はなかった。
地面にはその男の頭が転がっている。
そして雨は血の雨だと理解した。
「馬鹿、俺じゃねえ!」
男たちは一斉に後ろを振り返る。
そこには白い髪の赤目の男が立っていた。
一瞬、魔族と見違えるほど。
その禍々しさと外見的特徴。
だが、魔族だろうと人間だろうと関係ない。
男が持つ剣の刃は血塗られていたからだ。
「こんにちは、悪党ども」
「てめえ!」
仲間がやられたことに激昂して、飛びかかる。
それをソーマは冷静に胴を一閃。
一撃で絶命だ。
「こ、こいつ」
「一斉にかかれ!」
今度は3人。
だが3人だろうとソーマには問題ない。
向かってくる初めのやつの腕を斬り落とす。
そして、呆然としていた男の首を断つ。
やぶれかぶれとなった男の心臓を一突き。
わずか、5秒たらず。
ソーマが3人を殺すのにかけた時間だ。
「てめえ、ただ者じゃねえな」
「お前たちが他愛もないだけだ」
「抜かせ!」
リーダーの男は飛びかかる。
この中では最も優秀な男。
剣を抜き、ソーマに斬りかかった。
剣を振り上げ、振り下ろす。
その間にソーマは何度、斬りつけれるだろうか。
だがあえて、剣は抜かない。
その一撃を受け止める。
「ど、どうなってやがる!」
棒立ちで受け止める。
アベルもジュリアンも突破できなかった魔力の壁。
勿論、突破できるはずもない。
「つぶれよ」
ソーマは拳を握るようにして魔法を発動させる。
すると、リーダーの男に闇が襲いかかり。
そのまま、潰そうとする。
「や……」
やめろ。
それも言えずに闇に飲まれて消滅する。
彼はソーマの魔法の実験台になったのだ。
「ひっ!」
残る、男は1人だけ。
襲いかからずに仲間がやられるまで見ていた、臆病者。
だが生き残るのは例にもれず臆病者だ。
勇敢な者は真っ先に死んでいく。
そして、その臆病者はソーマから逃げるようにして去っていく。
「……かわいそうに」
ソーマは追うことはしない。
なぜならその選択は間違い。
強者から逃げる。
それしかないような選択であるが、ここでは最も間違い。
「ぎゃあああああ」
すぐに悲鳴が聞こえる。
そして、男は燃やされていた。
即死しない範囲でだ。
地面にのたうち回り、火を止めようとするが止まることはない。
それがその魔法の性質だからだ。
火力ではなく、消えないことを追求した炎。
異端者を焼く炎。
それはリリーの魔法であった。
「息をすれば喉が焼けますよ?」
リリーは笑顔でそんなことを言いのける。
彼は焼かれながら後悔していた。
剣で斬られていれば、すぐに死ねただろう。
こんな苦しみを味わうこともなかった。
俺が仲間を見捨てたばかりにこうなったのだと。
そして男の意識は途切れた。
「ああ、人を焼くってのもなかなかですわね」
「獄炎みたいなことを言う」
かつて戦った、魔王の側近。
彼もそんな事を言っていたなと思い出す。
「さて、これからどうするかだな」
狂乱するリリー、無表情のソーマ。
そして、震える少女。
この場に残ったのはこの3人だけであった。