その勇者と聖女、邪悪なり
燃え盛る神殿。
かつては世界最後の希望とまで言われていた。
それは聖女の力によって、魔王から守られていたからだ。
その希望が今や燃え盛っていた。
犯人は他でもない聖女自身。
彼女が守ってきた神殿は彼女の手によって燃やされたのだ。
「報告します、神殿の火は鎮火しつつあります」
神殿を包む火は、異端審問の火。
大昔に異端に対して使われた魔法だ。
それは一晩経たねば静まらぬ炎。
かつてはそれで異端を火炙りにしてきた。
だが逆に言えば、一晩で鎮火する。
その炎は適確に神殿のみを焼いていた。
「ソーマとリリーの行方は?」
「……追っ手は全滅したと思われます」
王はあの後、助かっていた。
ソーマもリリーも手出しはしなかった。
焼ける神殿から逃げ出した後、
すぐに2人を始末するように追っ手部隊を出した。
結果は音沙汰なし。
恐らくは全員、殺されたのであろう。
「追加で部隊を編成せよ、あやつらを野放しには出来ぬ!」
王が命令すると伝令役はすぐに走り出した。
「相手は勇者と聖女様か」
「元だ」
部隊はすぐに編成された。
そして進軍は開始されている。
東西南北、全ての方角に部隊は捜索している。
2人の裏切りものを探すために。
「でもよ、実力は本物だろ」
「まあな」
「見たことあるぜ、勇者の実力を」
それは魔王討伐時代の話である。
「ひゃはっはっ! 燃えろ、燃えろ!」
相手は四天王と呼ばれた魔王の部下の1人。
獄炎と呼ばれた、その男はまさに天災だった。
そんな男が突然と都の近くに現れた。
そして暴れ始めたのだ。
都に進軍しつつだ。
当然のごとく、兵士達は迎撃に向かった。
「ここは絶対に死守せよ!」
今は勇者を追撃に向かう彼。
彼もこの戦場には勿論、参加した。
まさに国の総力戦。
相手は個人なのにこちらは国。
情けないと思うが、これで、なお劣勢であった。
それ程までに獄炎は強かった。
獄炎はまさに火そのもの、自然の力を体現していた。
彼が腕を一振りすれば、炎が一辺を包む。
戦場はまさに地獄。
勝ち目のない戦い。
でもなお、引くわけにはいかなかった。
なにせ後ろには王国がある。
王の命令だから引かないわけじゃない。
守りたいものがあるから引かないんだ。
恋人、家族、親友。
そのために彼も戦っていた。
「勇者さえ、勇者さえいれば!」
誰かがそう叫ぶ。
確かに勇者は希望であった。
魔王を倒すための希望。
頼りたくなる気持ちもある。
だがそれでも勝てるかどうか疑心暗鬼になる。
それほどに敵の絶望感は強かった。
彼は勇者を王宮で見たことがある。
至って普通な青年。
いや何か特別なものを感じていはいた。
だけど相手は人外。
理解の範疇を超える化物。
およそ勝てるものではないと。
「ああ、うざってえな!」
獄炎は苛立ったように炎を展開する。
兵士たちは炎の壁に囲まれるようにして逃げ道をなくされた。
それだけではない。
皆は息苦しさを感じていた。
炎によって、空気を奪われいたのだ。
彼の意識も薄れてゆく。
最後に思ったのは俺は戦うだけの価値もない。
化物にとって道端の小石にすぎないのだと。
だがその時だ、風が戦場を襲いかかる。
「動けるものは負傷者を、あいつの相手は俺がする!」
勇者だ! そんな声が戦場に希望をもたらす。
「生きてるな、逃げるぞ!」
そして彼に仲間の兵士が肩をかして、その場から去ろうとする。
去っていく戦場で見た光景は未だに忘れない。
炎から皆を守る、魔法使い。
けが人の救助を優先する、剣士。
2人はわきまえていた、自分の実力を。
そして、唯一、獄炎に向かっている、賢者。
確かに賢者の動きは良かった。
彼もそれは認める。
だがそれすら霞むほどの戦いを繰り広げる、勇者。
あの化物と互角、否、優勢であった。
国で対抗できなかった戦力にだ。
彼は思った、確かに勇者なら魔王を倒せるんだろうなと。
「ってことは、裏切り者の噂、信じていないのか?」
「信じるわけねえだろ、あの戦場を見たやつは誰も信じねえよ、魔王を倒せるのは勇者だけだ」
誰だって同じ感想を抱く。
だが現実は裏切り者。
兵士である彼らはそれに従わなければならない。
なにせ彼らは道端に転がる小石にすぎない。
国に逆らえば、どうなるかは明らかであった。
「で、俺達はそんな勇者を追っているんだがどう思う?」
「死ぬだろうな」
勇者を敵に回す。
それは獄炎の再来であろう。
それすら生ぬるいかもしれない。
「ははは、違いないな、逃げるか?」
「逃げれたらいいのにな」
だが彼らは逃げることは許されない。
王国には。愛するもの、大切なものがいる。
裏切りものとなればどうなるか分からない。
勇者の村が焼かれたというのは聞いていた。
あの勇者ですら、大切なものは守れないのだ。
ならば裏切るという選択肢はない、
「ん? 村が見えてきたな」
「地図によると、あそこは廃村らしい」
「ならばこそというわけだ、皆、気を引き締めろ」
隊長がそう言うと、皆の顔は一層、引き締まったものになる。
「気配はないな」
村は廃村らしく、不気味で気配は感じられない。
だが、道端にある焚き火の後。
それを隊長は確かめてみる。
「新しいな、潜伏している可能性がある、捜索せよ!」
隊員はバラバラになって、あちこちを調べる。
およそ10分ぐらいだろうか。
彼らの残した跡はすぐに見つかる。
「た、隊長!」
助けを求めるような大きな声。
隊長はすぐにかけつけようとする。
そこは一際大きな家であった。
入ってみるが、隊員の姿は見渡らない。
「どこだ!」
「ち、地下です!」
声の出処を聞いて、すぐに階段を降りる。
うす暗い部屋の中、その中心には台のようなものがあった。
そして、すぐに気づく腐敗臭。
その中心には辛うじて姿が確認できる死体。
「……ジュリアン殿」
それはジュリアンであった。
体中にあちこちに見られる、拷問のあと。
ここで拷問されて殺されたのは明確だ。
確かにジュリアンはソーマを貶めた張本人だ。
だが、ここまでするのかと隊長は疑問になる。
「……ここまでするのか」
隊長は状態を確かめるべく死体に触れてみる。
だがそれが罠だとは知らなかった。
突然、浮かび上がる魔法陣。
「え?」
隊員は現状を理解出来ていない。
だが隊長は理解できていた。
自分の部下を押し出して、階段まで押し飛ばす。
それと同時に結界が張られて、炎が発生する。
「くっ!」
「隊長!」
隊員は思わず、叫ぶ。
するとその声を聞いて、彼がやってくる。
「どうした? っ! 今、助ける!」
「無駄だ、聖女の結界、破れるものではない ……そうか、勇者ではなく聖女だったか」
全てを理解した、勇者ではなく聖女。
ジュリアンを拷問したのは彼女だと。
それも信じがたい現実ではあるが。
どちらにせよ勇者は元仲間が拷問されるのを良しとした、ということには変わりがない。
「た、隊長」
「お前たちは国に戻り、報告しろ」
「でも隊長が!」
「いいんだ、時期にここも火に包まれる早くいけ!」
それを聞いた、彼は隊員を連れて外に出る。
「ここまでやるのか! ……いや、ここまで追い詰めたのか」
こんな事をやる男とは思えない。
だが、そこまで追い詰めてしまった。
これからの未来を考えると、破滅しかまっていない。
彼はそう思わざるを得なかった。
「あの罠、楽しんでくれているでしょうか?」
「あの趣味が悪いのか? まあ、今頃踊り狂っているんじゃないか」
「あら、趣味が悪いのはお互い様でなくて?」
君には負ける。
と言いたかったが、どう反撃されるのか分からないのでやめておく。
ソーマとリリーは既にあの村を出ていた。
その道中、罠を仕掛けたことをリリーは思い出したのだ。
「だがやはり、趣味が悪いと思うがな」
「あら、体を焼いて、二度とこの地獄に戻ってこないようにと、はからってあげましただけです」
だからと言って、あんな形にする意味はないだろ。
という言葉は意味がなさそうなので引っ込める。
だがこの世界は地獄というのはソーマも同感であった。