悪になり、悪を正す
ここは都から外れた、廃村のとある一室。
リリーがあらかじめ逃げ先として決めておいた、場所である。
そこで、ジュリアンは四肢を縛り付けられていた。
「ジュリアン様、聞こえるでしょうか?」
「……………………」
「うーん、えい!」
反応がなくなった、ジュリアンの左手に思いっきり釘を打ち付ける。
だがジュリアンは一切、叫び声を上げない。
ただ、体をビクッと震わすだけだ。
「殺してくれ」
「それはもう聞き飽きました」
「殺してくれ」
「あのですね……」
何をしても、ジュリアンはそれしか懇願してこない。
ただ悲痛でもなく、激怒しているわけでもない。
ただ無心に無機質に壊れた玩具のように。
「もう、分かりましたわ!」
リリーは怒り心頭の表情になる。
そして研いだ刃をそのままジュリアンの首に振り下ろしたのだ。
「不満げそうだな」
ソーマは帰ってきた、リリーを見た感想を告げる。
「最初は満足でしたわ」
「ああ、笑い声がここまで響いていたぞ」
「え、私ったらはしたないですわね」
リリーは顔を赤く照らす。
何を今さらと思う。
だけど、おそらく彼女は気分が高まっていて、今は落ち着いている状態なのであろう。
「その割には今の君は不満げだ」
「そうですわね、人は肉体的苦痛を味あわせすぎるとつまらない反応しかしなくなります。やはり、精神的苦痛なのでしょうか、恐怖ばかりというのも駄目のようですね、これからは……」
「ああ、もういい君の拷問論は」
「あら、愉しくありませんでした?」
リリーはからかうような笑い声を出す。
「まあ、私からも1つ言いたいことはありますけど」
「なんだ?」
ソーマは疑問の表情を浮かべる。
何か落ち度があったのかと考えてみる。
だが、思い当たらなかったので疑問だったのだ。
「いいですか、あなたの復讐には爽快感が足りません」
「は?」
突然のダメ出しだ。
ソーマは思考が追いつかない。
「貴方は何ために復讐をしようと思ったのですか?」
「それは裏切られたのと、変わらなかったから」
「つまりは敵意、敵だったのです! なのに、なぜ貴方の方がつらい顔をしているのですか!」
「俺がつらい顔? そんなこと……ないと思う」
そのはっきりとしない、物言いにリリーは呆れる。
「はあ、復讐は何も生まない、と言う者も居ますがそんなのちゃんちゃら可笑しいのですよ」
「ちゃ、ちゃんちゃら?」
「自身を貶めた者を殺す、これほどスッキリすることはないでしょう?」
確かにその通りである。
何も生まないはずがない、虚無感が生まれようともその前にスッキリするであろう。
なのにソーマはそれを味わっていない。
「わからないんだ、自分でも」
「はあ、どうやら貴方はとびっきりのマゾのようですね」
「は? マ、マゾ?」
「いいですか? 世界のために命がけで魔王を倒す、誰がそんな役をやりたいのでしょう? そんな自傷行為、マゾという他ありません」
「そんなこと……」
ないと言う前に、リリーはソーマの手を持って肩に乗せる。
「ならこのまま私を押し倒して、抱けますか?」
「なに?」
「出来ませんよね、ですが私は貴方を押し倒して、誇って、征服したい、想い人を殺した直後の貴方をです」
とてつもないドS、それがリリーだ。
もはや聖女の仮面はつけていない、ただの悪。
女の表情でソーマを誘惑してくる。
「ああ、それも悪くないかもな、SにMか……お似合いかもな」
「ふふふ……」
堕ちた、リリーはそう確信して、背中に手を伸ばそうとする。
「な、わけあるか」
「きゃっ」
ソーマはデコピンをする。
突然の不意打ち。
リリーは生娘のような声を出す。
実際、そっちの方が相応しいのだが、屈辱的であった。
「俺の童貞はそう簡単にやれねえよ」
「むぅ」
「それに分かったさ、確かに俺はモヤモヤした気分があった」
復讐を行なう。
それ自体は勇者時代のソーマにとって許せないものだ。
だから、無意識に今までの行為から、復讐に躊躇いがあったのだ。
確かに爽快感は湧いてきた、最初は酷く殺してやろうと思っていた。
だけど、勇者としてのソーマが歯止めを効かせていたのだ。
「気付かされたよ、これから世界の悪になる俺にそんなものはいらない」
「あらあら」
「それに俺も君の悦の一部だとね」
「あらあらあらあら!」
油断すると食われる。
この女はそういう女だとしっかりと理解した。
「まあでも、困った時は導くのが聖職者ですわよ」
「堕落の道にか?」
「あら、堕落も最高の悦、悪魔的でしょ?」
「……そうだな」
ソーマは思った。
リリーに口では絶対に勝てないと。




