その賢者、届かぬ
私は気づいていた。
勇者は悪になりきれない、半端者だと。
その理由は分かっている。
彼は肯定する、善だろうが悪だろうが、正義さえあれば。
良い事も、悪いことも、正しさがあれば肯定するのだ。
だからこそ彼は私を認めた。
だからこそ彼は心を痛める。
剣士、魔法使い、幼馴染、誰しもが正義を持っていた。
ただそれがソーマという男の前に通じなかっただけだ。
彼は世界の敵になるという事を自身の正義としている。
その行為は立派な悪だ。
だからこそ優しさは捨てなければならない。
それを今日、彼は自覚するでしょう。
なぜなら、ここに居るのは悪意の塊ばかりなのだから。
「ジュリアン様、今日はとても良い天気であり神も祝福しているのでしょう」
「当然だ、なにせ俺は魔王を倒した賢者なのだから」
彼は傲慢だ。
リリーは口からお世辞をいっただけなのだが、つくずくこう思う。
神などやはり居ない。
いや、いるかも知れないがそれはとても残酷だと。
ならば私という人間がいる理由も分かる。
残酷な神に相応しい教え。
それこそが私の使命だと少し理解した。
「ふふ、では新婦の入場です」
リリーは合図を送る。
これで新婦が入場してくるのが段取りだ。
来場者の皆は今か今かと入場しているのを待ち望んでいる。
「ん?」
だが一向に新婦は入場してこない。
ジュリアンは疑問に思う。
その疑問は来場者までにも伝染していた。
一向に入ってこない新婦。
何かあったのかとざわつき始める。
だが次の瞬間、コツコツと大理石を歩く音が聞こえる。
来場者達はホッとする。
そして、拍手の準備をしようと構え始める。
だがその拍手が鳴ることは一切なかった。
「なっ!」
新婦は純白のドレスとヴェールに身を包んでいた。
その姿は可憐だ。
村娘にしておくのは勿体無いぐらいの美しさ。
ジュリアンが娶ったのも理解できるほどである。
万人をそう思わせる中、なぜ拍手が飛ばなかったのか。
それは彼女が、血塗られた神父に抱きかかえられていたからだ。
驚愕で来場者達は動けない。
だがその中で唯一動ける人種がいた。
王を守るための兵士だ。
ただならぬ出来事が起こった。
だから異様な人間を抑えようと一斉に襲いかかったのだ。
「邪魔だ」
その一言で神父の体から魔力が溢れて、兵士を吹き飛ばす。
それを見せられては、誰もが襲いかかる勇気はなかった。
それどころかパニックなって逃げ出そうとする来場者。
我先にと大扉に走り出す。
だが大扉より先は行けなかった。
空いている誰にも通れそうな出口。
だがそこに見えない壁が貼られていたのだ。
「皆様、式の最中です、ご着席ください」
それは聖女の結界だ。
リリーは何事もないように笑顔を浮かべる。
そして叱りつけるようにして来場者に呼びかけるのだ。
「聖女よ、これは一体どういうことだ!」
大声を出すのは王だ。
この中で最も偉い存在。
なんでも思い通りになると思っている。
そんな王にリリーは人指し指を向ける。
王はそれにビビり体を震わせる。
「ご静粛に、新婦を拍手でお迎えなさってください」
リリーは人差し指を口の前に立たせる。
静かにのジェスチャーである。
とびっきりの笑顔と共に王に命令しているのだ。
王は言う通りにするしかなかった。
なにせ力となる兵士は全て無効化されている。
無力なのだ、こうなるとこの場は無力だ。
そして神父らしき男は花嫁を抱きかかえて進む。
まるで周りを気にしていない。
そしてやがてはジュリアンの目の前に立ちはだかる。
「何者だ!」
ジュリアンは強気に食って掛かる。
「わからないのか?」
「わからない? ……その声、まさか!」
「ああ、裏切り者の勇者、ソーマだ」
それにはジュリアンだけではなく、来場者も驚く。
そして恐怖に包まれるのだ。
ソーマをハメたのは、ここにいる全員。
なにをされてもおかしくないと。
「なるほど、聖女に助けられたとでもいうわけか!」
「いえ、違いますよ」
「なに?」
「彼はある目的のために死の淵から蘇った、そうですよね?」
リリーはソーマに聞き返す。
「ああ、そうだ」
「何のためにだ!」
「お前たちの結婚を祝福するためだ、ほら、受け取れよ」
ソーマは亡骸となったレイナを差し出す。
「ふざけるな!」
「ふざける? お前の花嫁だろ?」
「俺がこんな女を娶ったのもお前への……」
「当てつけか? なら残念だったな、レイナを奪ったのは俺、結局はレイナは一生お前の物にはなりえないという事だ!」
「ソオォォォマアァァ!」
ジュリアンの最も触れられたくない所に触れる。
彼は雄叫びを上げて、帯刀している儀式用の剣を抜く。
その表情は嫉妬に狂っている。
リリーは恍惚の表情を見せる。
王は驚愕の表情で見守るしかない。
そんな中、ソーマだけは表情を変えない。
ガキィンと音がする。
儀式用の剣は刃がない。
いや、刃があったとしてもソーマには効かないが。
とにかくもソーマは花嫁を抱きながらそれを弾いていた。
「ぐっ、化物が!」
「結構だが、些か邪魔のようだなお前と俺の間には」
それはレイナの事を指している。
ソーマは花嫁をリリーの後ろの大きな十字架の前に置く。
「ああ、忘れてました、これを」
「これは……一体どういうつもりだ」
リリーは剣を取り出す。
それは聖剣であった。
元々はソーマが使っていた剣だ。
それをジュリアンに渡す。
ジュリアンは困惑する。
聖女は勇者と手を組んでいたと思っていたからだ。
「神の教えとして、人は皆、平等でなければならない、聖剣を持った賢者、丸腰の勇者、これで対等でしょ?」
それは侮辱だった。
丸腰の相手に対して、聖剣を持って、なお対等だと言っているのだ。
怒りが込み上がる。
「ふざけるな!」
ジュリアンは聖剣を抜く。
そして斬りかかる。
ただし、その目標は勇者ではなく、聖女。
それを見たソーマはジュリアンの顔面に一発を入れてやる。
「ああ、悪い、あまりにもスキだらけだったのでな」
怒りに身を任せた攻撃はあまりにも雑。
そしてスキだらけ。
カウンターは思いっきり入り、転がりながら吹き飛ぶ。
「ソーマ!」
だが死にはしない。
立ちがって剣を構え直す。
今度こそ標的をソーマに見定める。
聖剣を振るう。
その剣はアベルが持つ剣と段違いだ。
勇者のために作られた、最高の一振り。
魔王を倒すための剣。
だがそれを持ってしても、ソーマに傷一つ、つけれない。
「なぜだ、どうして貴様はそんなにも――」
そこから先は言えなかった。
言ってしまえば、認めてしまうことになる。
そんなはずはないとがむしゃらに剣を振る。
「……人は平等じゃない、それだけの話しだ」
ソーマは聖剣を葉っぱを掴むようして止める。
それには皆が驚く。
そんな容易く止めれるものではないはずだと。
「俺は奪った、お前の全てを……俺の力で!」
「ああ、俺は奪われた」
「なのに、お前はなんでこうも強い!?」
「さあな……」
「さあな、だと!」
ジュリアンは聖剣を無理やり動かす。
そしてまた無駄な攻撃を続ける。
ジュリアンは生まれた時から栄光を約束されていた。
人間の中では、強い分類であった。
勿論、始めは魔王の討伐の中心メンバーであった。
ただ、神のお告げが彼を変える。
「魔王を止めれるのは勇者だけです」
その男はジュリアンより強かった。
そして善かった。
ジュリアンが生まれて始めて劣等感を抱いたのだ。
「はあ……はあ……、なあ教えてやろうか? レイナの奴は俺を求めてきた」
――悔しがれ。
「それで?」
「あいつは抱いた時は可愛かったもんだ、お前の事は眼中になく、俺しか考えていなかった。」
――恨みやがれ。
「それが?」
「あいつは確かに俺のものだったんだよ!」
――なぜそんなすました表情してやがるんだ
「いいか、もうそんな事どうでもいいんだ」
「がっ!」
ソーマはジュリアンの首を締めながら持ち上げる。
カランと聖剣が落ちる音がした。
「俺が悪と見定めた者を壊す、それだけだ」
――なぜ俺はこいつに勝てない!
俺は貴族だ。
こいつは平民だ。
俺は皆を認めさせた。
こいつは皆から認められていた。
なぜだ、なにが違う!
俺は、名誉を奪った、力を奪った、女を奪った。
なのにこいつは名誉に固執しない。
力も取り戻す。
挙句の果てには女まで完全に俺のものにならねえ。
あいつに俺は体を求めた。
すぐに男を切り替えたような尻軽だ、簡単に差し出すと思っていた。
だがあいつはそれだけは拒否した。
正式に結婚するまでは、それが口癖だった。
だから今日、結婚が終われば俺は完全に勝利するはずだった。
なにのこいつは俺の目の前に立ちふさがる。
そして女すら取り戻しやがった。
――なぜだ、なぜ俺はこいつに勝てないんだ!
幾度も自問自答を繰り返す。
そしてそのままジュリアンの意識は途切れた。




