魔王を倒しても
「この力を使えば貴方は死にます」
女神はそう言った、一度でも力を使えば死ぬと。
それは間違いではない、この力を使えば俺は死ぬ、脳から1つ1つの細胞までもが警告を出しいている。
だがこのままでは俺のパーティは全滅する。そしてそれが意味することはただ俺達が死ぬだけではない、世界が闇に包まれることだ。
「……なら迷うことはないか」
そう迷うことはない、俺が力を使い果たして魔王は倒す。犠牲になるのは俺だけだ、それで世界が光に照らされるなら――
「迷うことはない!」
俺の体は光に包まれた、その時ほど体に力が湧いたことはなかった。だがそれでも魔王とは互角の戦いであった。
結果的に俺は魔王と相打ちという形になりながも倒したのだ。
世界は平和になった。
都では戦勝ムードで、1ヶ月経っても騒ぎっぱなしだ。
賢者のジュリアンは名声を欲しいままにしている。
魔法使いのエリーゼは全知全能と呼ばれ。
剣士のアベルは最強の称号を手に入れた。
そして勇者であるソーマは、裏切り者の烙印を押された。
「勇者様、ここにお花を置いておきますね」
ここは都から離れた病院。
今では俺専用の病院となっている。
結果的に俺は生き残った。
体もまともに動かせず、声や五感をほぼ失った状態を生きていると言えばだ。
「大丈夫ですよ、勇者様は正しいです」
外ではどうやら俺は裏切り者になっているらしい。
眼の前でお花を飾っている、聖女様が言うには、
魔王と互角の力を持っている俺を王が恐れた結果、迫害をしている。
だがそれはどうでもよかった。
問題は仲間がそれを許容したところだ。
否、許容どころか、進んでそれを広めている。
魔王を倒そうと集まったパーティ。
同じ志を持っていた仲間だ。
なのに彼らは俺を裏切り、名声を自分のものにしている。
だがそれもどうでもよくなっていた。
今や俺は役立たず、力がなければ食い物にされる。
嫌という程、見てきた摂理。
結局は求められていたのは俺ではなく、勇者という役割だったんだ。
それでも救いはあった。
目の前の彼女はそんな役立たずの俺の所に会いに来てくれる。
確かに彼女は聖女であり、魔王を倒す旅を支えてくれた1人だ。
「また来ますから」
彼女はそう言って病室から出ていく。
いつも来てくれる彼女はまさに聖女に相応しかった。
「勇者様、ジュリアンさんが結婚なさるらしいです……お相手は勇者様の幼馴染のレイナさんとか」
思考が止まった。
そんな事はあり得ないと、信じられなかった。
だが彼女は聖女。神殿で結婚式が挙げられるとなるとその情報は入ってくる。
「ソーマは将来、何になりたい?」
「俺か? やっぱり勇者かな……まあでも皆を助けれる正義の味方なら何でもいいよ」
「ふーん……そっか!」
遥か昔にそんなやり取りがあった。
彼女は笑って、俺のバカみたいな夢を応援してくれた。
旅立ちの日にずっと待っていると言ってくれた。
だからレイナが結婚するなんて信じられなかった。
「勇者様、泣いているのですか?」
俺は涙しているらしい。
声も出ない、涙の溢れる、落ちた感覚も感じない。
だけど俺は泣いているらしい。
「……すみません、今日は帰りますね」
聖女はそう言ってドアを開けて帰っていく。
確かに今は1人にしてほしかった。
結局の所、魔王を倒した所で俺は幸せになったわけではない。
魔王と相打ちで死んでいればこんな苦痛を味わう事はなかった。
死にたい、そう思っても不思議ではない。
といっても自分では死ねない。だからその日の夜、俺の目の前に現れた暗殺者は救世主になった。
「かつての勇者がこれとはな」
そうだとも俺は勇者だった。
「仲間に暗殺を依頼されるとは、結局、世の中は変わらないのかもな」
ああ、そうだ、俺は仲間に裏切られた。
「せめても慈悲だ、安らかに眠れ」
俺は死にたがっている、そのはずだ。
そのはずなのに俺の脳は生きたいと言っている。
この感覚には覚えがある。
魔王との戦いの時のことだ。
体が死ぬのを拒否して、警告を発生させる。
だがそれは意志によって打ち勝つことが出来る。
俺はあの時、希望を背にして乗り越えた。
だが今はどうだ? 俺が求めているのは怒りと嘆きだ。
この世界に怒りを抱き、黒い感情に支配されようとしている。
事、正義の味方で勇者ならばあってはならない感情だ。
だがそんな事はどうでもいい。
俺は復讐がしたい、破壊がしたい、殺したい、そんな破滅の思考が脳を支配する。
妙に心地よい、まるでお前の本質は初めからこうだと言われているようだ。
「……許すものか」
そうだ許してはならない、この世界もあいつらも。
「許すものか!」
俺の体を闇が包む。この時ほど力が湧いたことがない。
ただ己のために力を使う、なんと簡単な覚悟だ。
これだけでこれほどの力が得られるとは。
体に自由が戻る。
五感の感覚を取り戻し、見えないものまで見えるようになった気になる。
パフォーマンスは前よりも良い。
眼の前の暗殺者との戦力差は歴然としている。
俺は力を放ち、目の前の男を消滅させた。
廃墟となった病院。
燃える炎はソーマの怒りを示しているのか。
勇者が魔王を倒す物語は集結した。
その続きは正義の味方が世界に問いかける物語。
光に対して闇、ソーマという男が踏み入れる世界は闇だ。
ハッピーエンドなんて存在しない、修羅の道。
――ソーマは闇の中で、怒りの炎を燃やしていたのだ。