第2話 取り引き
前回よりも文字数が1500文字ほど多くなってしまいました。あと、第一話の後書きどおり、投稿の間がだいぶ空いてしまいました。次話以降もこのような状況が続きますが、何卒『東方並行記』をよろしくお願い致します。
2018年 09月24日 18時57分 サブタイトルを一部修正しました。
終わった。
そう思った。そう思わざるを得なかった。
彼女は翼を広げたまま、こちらを見下ろしている。その顔には、笑みが浮かんでいた。
その笑顔に、俺は恐怖を感じた。体がまったく動かない。
「あやや?どうしましたか~、そんな深刻そうな顔をして。でもまぁ、それもそうですね」
彼女はそう言うとクスクス笑いながら、ほぼゼロ距離のところまで近づき、さらに顔を近づけて言った。
「だって…可愛い女の子が、翼を広げながら『自分は妖怪です』なんて告白したら、驚いちゃいますよねぇ?特に、あなたみたいな外の世界の人間にしてみればなおさら」
脳が必死に警告してくる。
――身の危険を感じる、すぐにそこから逃げろ!
それでも、俺の体は微動だにしなかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
彼はその場に座り込んでしまった。そんなにこわかったでしょうか、私の顔。
まぁ、こうやって誰かを追い込むのは私の趣味なので、もしかしたら少々こわい顔になっていたのかもしれませんが。
「……だろ?」
「ん?何か言いましたか?」
私はその場にしゃがんで、膝に肘をついて頬杖し、彼と目の高さを合わせた。
「今、何か言いましたよね?」
「だから、その……俺を…俺を、く、食うんだろ?」
声を震わせながら彼はそう言った。
「え?食うって…私があなたをですか?」
「だ、だって……妖怪って人を食うんだろ?前に、どっかで聞いたことがある。外見が人間なお前が、まさか妖怪だとは思わなかったけど…。それでも、外見はどうであれお前たち妖怪は人を食ってるんだろ?」
う~ん、なんか変な誤解をされてますね…。彼にとって、『妖怪』というものはみんな『人間を食べる存在』と考えているのでしょうか?
「ご心配なく。少なくとも私は人間を食べたりなんてしませんよ」
「……本当か?」
「本当ですよ、嘘ではありまっせん!むしろ私はこれでも結構人間と仲が良いんですよ。まぁ、自分から言うのもなんですが」
「じ、じゃあ…本当に人を食べないんだな?」
「もう、しつっこいですねぇ~。だいいち、もし私が本当に人間を食べているのなら、あなたもうとっくにこの世にいませんよ」
人差し指で彼の頬を突きながら、顔に笑みを浮かべた。
先ほどのこわい笑顔(別にこわくないと思うのですが)とは違い、今度は自然な笑顔を彼に見せた。
「あ……ぅ…」
「ん?どうかしましたか?」
「な、なんでもない…!」
そう言うと彼はそっぽを向いてしまった。
顔が少し赤くなっていた。そして、右耳はもっと赤くなっていた。
ひょっとして…いや、確実にこれは……チョロいやつだ。これは、まだまだイジりがいがありそうですねぇ……。んふふ…。
「ねぇ、私から一つ提案があるんですが」
「て、提案?何の…」
「私と取り引きをしませんか?」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「と、取り引き?」
「はい、取り引きです。少々お待ち下さい」
笑顔でそう言うと、彼女は一旦奥に行ってしまった。何か取ってくるのだろうか…?
それにしても……さっきのは反則だろ!なんだあの笑顔は!?超絶可愛いじゃないか!!
突かれた頬を左手で触りながら、先ほどの彼女の笑顔を思い出した。恐怖を感じていた時とは全く違う、なんと言うか、こう……清楚な感じの笑顔だった。
どっと全身の力が抜け、大きなため息が出た。
よかった…、とりあえず彼女は人を食べない。さっきまでの恐怖が嘘みたいだ。
「すいませ~ん、お待たせしました。中々見つからなくって…」
いきなり声が聞こえたので顔を上げると、彼女がもうすでに玄関に戻っていた。黒い物体が彼女の首にぶら下がっていた。
「あ、そのカメラ…」
「はい、あなたが持ってきたカメラです。そしてこっちが私のカメラ」
スカートの左ポケットから小さいカメラが現れた。全体的に黒いが、数か所白い線の模様がある。四角い箱にレンズとボタンをそのまま付けたような、とてもシンプルなものだ。俺が持ってきたものとはだいぶ違う。
「それで、そのカメラと取り引きと、何か関係があるのか?」
「まず始めにお聞きしたいことがありまして…あなた、このカメラの使い方分かりますか?」
「まぁ基本的なことなら」
「ふむふむ、なるほど……」
彼女はニヤリと笑って、両方のカメラを見比べた後、こちらに顔を向けた。
……な、なんか嫌な予感がするのは、気のせいか…?
「それでは、取り引きの内容をお話します」
「ようやくか…」
「あなたはこのカメラの使い方を知っているんですよね?」
「え?あ、あぁ…まぁな」
「このカメラ、見た感じ結構良い写真を撮れる気がするんですが、一体どんな写真を撮ることが出来るんですか?」
「えっと…本当にざっくり説明しちゃうと、自分がみた景色やものを、そのまま写真に反映させることが出来るんだ」
「ほう、みた景色をそのまま…」
「…いや、ていうか取り引きの内容を話してくれるんじゃなかったのかよ?」
「あやや、失礼しました。…そうですねぇ、まぁ単刀直入に申し上げてしまうと、私の助手になって欲しいんですよ」
「え?助手?」
「そうです、新聞記者である私の助手に」
…これは……なんて唐突なお願いだ…。
「つまり…あれか。そのカメラの使い方を知っている俺がここに居る上、それを使えば、良い写真を新聞に使える…と考えたわけか?」
「あや、意外と察しが良いんですね」
「まぁ、俺もバカじゃないんでな。だけど、たとえバカであっても、これだけははっきりと分かる」
「はい?」
「これ……取り引きじゃなくね?」
「え?」
「いやだってさ、これじゃ俺にメリットなくないか?お前は良いよ、写真を撮ってもらえるわ、その写真を自分の新聞に使えるわで、メリットが有りまくりじゃないか」
こんなの『取り引き』じゃなくて、ただの『要求』、いや『欲求』でもあるか。何はともあれ、こんなの誰もOKしな……
「何を言ってるんですか?むしろそちらの方がメリットたくさんあるじゃないですかー」
「……え?」
彼女はまたニヤリと笑った。その時の顔は、いわゆる『ゲス顔』だった。
…やばい……まさか、さっきの『嫌な予感』が現実に……?
「私は『人間は食べない』と言いました。もちろん、他にも人間を食べない妖怪は存在しますよ。でも……『人間を食べる』妖怪も実はいるんですよねぇ~」
「……ぇ…?」
人間を食べる妖怪もいる……?た、確かに『妖怪はみんな人間を食べない』とは言ってないけど……。
「それに、人間は食べなくても『人間を嫌う』妖怪もいるんですよ。本来、『妖怪の山』はあなたのような人間どもが軽々しく立ち寄って良い場所ではないんですよ。まぁ、私はなるべく争いを避けたいと思っているので、こうやって保護したわけですが。それで、侵入してきた人間を基本的には山の外に追い返しているんですが、無理に抵抗した人間は場合によっては殺してしまうことも……」
「こ、殺すって……」
『殺す』という言葉を聴いて、俺の体がまた動かなくなった。
も、もしかして…こいつもその気になれば、俺を殺すことが……。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ふふ…まぁたそんな顔になっちゃって。分かりやすいですねぇ、本当に。
でもまぁ、人間を殺したことなんて一度もない上に、そもそも普通の一般人が妖怪の山に侵入することなんてめったにないことは、一先ず黙っておきましょう。
「大丈夫ですって!私は絶対にあなたを殺しませんし、逆にあなたをお守りしてあげますから」
「ま、守る?」
「はい!私、こう見えて実は結構強いんですよ。それに、めちゃくちゃ速いです」
「速い…?」
「まぁとりあえずこの話は置いといて、取り引きの内容を整理しましょうか」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
そう言うと彼女は、もう片方のポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き出した。書き終えると用紙を一枚破り、それを俺に渡した。用紙には箇条書きで各々の数々の「貸し借り」が書かれていた。
「それを見てもらえば分かるように、あなたにはこんなにも借りができるんですよ。1つ目に『射命丸文に助けられたこと』、2つ目に『私に守ってもらえること』、3つ目に『私の家に住まわせてもらえること』、そして最後4つ目に『可愛い私と一緒にいられること』です。」
「よ、4つも…」
「そうです、4つもあるんです。対して私は、『カメラ・写真に関して協力してもらえること』と『助手として一緒に働いてもらえること』の2つのみ。それ以外は特に何も求めません」
「うーん……」
これは確かに悪い取り引きではない。もしこれを断ってしまったら、俺は妖怪の危機に晒されてしまうことになる。
それに、4つ目の『可愛い私と一緒にいられること』は大いに納得出来る。……と、とにかく……。
「分かった、協力するよ。特にデメリットは無さそうだし、それに……」
「それに、何ですか?」
「ぃや、なんでもない…」
4つ目の内容が頭の中で何回もリピートされていく。いや、別に変な事を考えているわけではない。……考えてない。
「まぁ、とりあえず成立というわけですね。ありがとうございます!では早速、契約書にサインと拇印をお願いします」
「もう契約書つくったのか…」
「さぁさぁ、早く早く」
「分かったよ」
彼女の右手に契約書が、そして左手の掌にはペンと、いつの間に用意したのか朱肉が置かれていた。
俺は契約書を受け取り、サイン等の必要事項を記入し始めた。
「あ、そういえば」
契約書に必要事項を記入している際、彼女が何かを思い出したのかのようにそう言った。
「あなたの名前、何ていうんですか?」
「俺も契約書を書くまで忘れていたよ。あ、別に名前を忘れていたわけじゃないけど…よし、拇印OKっと。はい」
「ありがとうございます。えーっと、どれどれ……」
彼女に契約書を渡すと同時に、俺は自分の名前を言った。
「川口楓。どうぞよろしくお願いします」
こんにちは、山本風斗です。この度は『第二話 取り引き』を読んでいただき、ありがとうございました。
小説中の『+++』は、登場人物の視点が変わるときに間に置いてあります。この小説は基本的には一人称視点で進めていく予定なので、ご了承ください。
あと、前書きでもお伝えしましたが、今後文字数が多くなったり、少なくなったりすることがあるかもしれません。そちらの方も、すみませんがご了承ください。