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追憶

作者: M.K.Shion

 何気ない日常は、留まることなく日々を流れ落ちていく。

 日常は積み重なり、やがて一筋の物語となる。

 物語は人を動かし、又、人は物語を形作っていく。

「人間生活」とは人と人同士の物語の交わり、各々を主役とした連続したドラマのようなもの、なのであろう。果たしてそれが、誰とも交わらない誰かにまで当てはまるのかは、不思議なところではあるが。


 すっかり色味を失った天井を眺めて、今日もまた人形となる日々を繰り返す。

 鳴り響くアラームを雑に止め、ただ機械的に関節を圧し曲げて今日一日を迎える。

 すべてこの生活は予定調和のものであって、一切の感情は含まれない。一切の干渉は無く、一切の残響もない。

 伸びた髭を剃り落とし、スーツへと腕を通し、膨らんだ鞄を携えて今日も家を出る。毎朝同じ時間に家を出て、同じ時間にバスに乗り、同じ時間に会社に到着する。ただ毎日同じ業務を同じ時間でこなし、怒鳴る上司の言葉を聞き流し、短針が一回りして九を指すほどを過ぎてから家に帰る。

 家に帰り、ポストを確認すると一通の知らせがあった。宛先は僕の名前を示している。

 部屋へと入りスーツも脱がないままその知らせを開き見てみると、どうやら高校時代の同窓会の知らせのようだった。

 輝かしい高校時代でもなかったが、ふとそれを振り返ってみると懐かしみを覚えた。

 別段高校時代にクラスメイトと仲が良かったというわけでもないが、美化され彩られた記憶が目の前に映し出される。


 あの時の仲間たちは、今、何をしているのだろう。


 そんな事だけを考えて、ただ「出席」の欄にチェックをつけた。




 同窓会は故郷で行われ、駅近くの大きなビルの中にあるレストランの中で行われた。

 僕の勤め先は故郷からそう離れてもいなかったので比較的すぐに着いた。

 早速会場内部へと足を運ぶと、既に何処かで見たような風貌の人たちで溢れていた。高校時代の知り合いたちだ。

 その中の一人が、僕を見つけるなり声をかけて来た。

 確か、同じクラスで比較的仲が良かった白木だ。


「よぉ!久しぶりじゃないか!ちょっとやつれている様だが元気してるか?」


 あぁ、思い出した。こいつは誰彼構わず話しかけるコミュ力の塊。クラスの中心人物でもあったな。

 よくもまぁ僕みたいな陰気な人間を覚えてもいるものだ。


「あぁ。ちょっと仕事が大変でな。お前は元気してるか?」


「この顔を見て、不健康そうに見えるか?」


「あぁ、そうだな。元気だ。」


 そうだった。白木みたいな人間は、そうする必要がないくらいに強い(・・)んだった。

 白木は、僕と一声交えた後は、同じように次々と話しかけていった。きっと、生まれ持っての何かが違うんだ。

 やがて時間となったのか、幹事が挨拶を始める。第何期生だとか、先生たちのいい思い出だとか、部活のあれやこれだとか、長話を聞き流し手に持った皿へと会食をよそいつつ、僕は淡々とした目で見回す。

 当時、別段親しくしていた二人がいた。そいつらを探しているのだ。比較的二人はすぐに見つかり、その二人の下へと歩き出した。既に長話は終わっていた。


「や、久しぶり。山口と武井だろ?」


 近くで寄って見ても、その二人はあの頃の面影をそっくり残していた。まるで高校時代へと遡ったかのような感覚に陥る。

 二人も僕を思い出したのか、一目見て「お、懐かしいなぁ」「久しぶり」等と返してくれた。どうやら間違ってはいなかったようだ。


「こうしてみると、みんなちょっと老けたな。仕事とか、どうだ?」


 と武井が聞く。それに対して反応したのが山口。


「そうだそうだ俺、ゲーム会社のプログラマーになったんだけどさ、プログラムしたゲームが今週発売されるのよ!」


 よっぽど嬉しいのか、若干興奮気味で話題を打ち出す。


「『Emotional blade』っていうゲームでさ!期待の新作なんだよ!いやぁ辛かったけど発売されるとなるとテンション跳ね上がってさ!」


 武井がその話に参加する。

 どうやら武井は広告会社に勤めていて、山口が言うゲームの広告の依頼が来ていたらしい。

 二人は意気投合して、僕を置いて楽しそうに語り合っている。

 その時、こちらにその話題が向いたのだ。

「そういえば、何か仕事の事で話題があるか」と。

 僕の体が回答を拒否するかのように、喉を締め付け呼吸を阻止した。

 刹那の間をおいて、何とか搾り出した言葉は「特に何も」だった。

 やがて二人は僕という存在を消し去り、二人だけの世界へとはまり込んで行った。

 皿へと運んだ食事が、まるで砂のような感触だけを残していた。




 同窓会が終わり、家へと帰ると、全身に力が入らなくなった。立てなくなった。泣きたくなった。でも泣けなかった。

 その日を境にして、予定調和は崩れ去った。

 朝起きて、会社へと出勤し、夜に家へ帰っても眠れなくなった。だから会社に長く残り、深夜日が過ぎてから家へ帰り、短時間だけ横になり、また会社へと移動する。

 それから一月が過ぎた頃だろうか。会社の同僚から心配される事が多くなった。眠れないなら睡眠薬をもらってきてはどうかという指摘も貰った。

 睡眠薬は飲んでいるが、それでも尚眠れない。

 そんな相談をしたら「量を増やせばいい」と安易な回答が返ってきた。

 こんな事にすら気付けない程、僕は疲れていたのか。そうだ、眠れないなら量を増やせばいいんじゃないか。




 量を増やしてから、僕は眠れるようになった。

 でも僕の顔色はいつにも増して酷くなっていったらしい。頬は痩せ、頬骨が浮き出ていて、眼球が飛び出そうなほどに隈ができているそうだ。あの怒鳴ってばっかりいる上司が腰を抜かすくらいなのだから、僕の顔はよほど人間離れしたそれなのだろう。

 その腰を抜かした上司が珍しい事に、一時間ほど外に出て風にでもあたって来い、と僕を社外に追い出したのだ。

 だから今は、付近を流れる小さな水路に沿って散歩をしている。小さな、と言っても車一台分くらいなら埋まるような幅と深さがあるが。

 今は五月に差し掛かったあたりで、吹く風がとても爽やかだった。樹木の緑も風に揺られてざわざわと音を立てている。


 あぁ、気持ちいいな。


 僕は腰ほどまでしかない子供転落防止の柵へと寄りかかり、一息ついた。

 瞳を閉じて、初夏の風と木々のざわめき感じる。そして僕は、落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章表現も構成もステキですね! [一言] 作風が大好きです!次回作も楽しみにしてます!!
[良い点] 冒頭の独白から始まる小さな物語、ラストの呆気なさ、この感じ好きです。 情景のディテールに以前より更に色彩が感じられました。社を出て風に当たりに出掛けるちょっとした時間、風景。主人公の虚しさ…
[良い点] 一切の感情もなく同じ毎日を過ごしてる主人公が、同級生との再会で自分に疑問が生じてしまったと同時に高校時代と現在の乖離を認識したというようなお話ですね。 友達は大きい仕事を任されているのに自…
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