隣のストーカーさん
『二宮アリス。十七歳の女子高校生。アメリカ人の母親を持つハーフの少女。髪は金色。身長身長一五八、体重四十九。部活は入っていない。一人暮らしで、住所はメイクライム302号室』
俺は一人の女の子の情報が仔細に書かれた紙を机に置く。
なぜ俺がこんなものを持っているのか。
別に彼女の主治医だとか、あるいは俺が彼女の命を狙う殺し屋だとか、そんな面白い話ではない。
――俺は彼女のストーカーなのだ。
いや、勘違いしないでほしい。別に俺は彼女に嫌がらせをしている訳では無い。それどころか、彼女を狙う不審者を何度か撃退している。アリスちゃんは美少女なのに警戒心が薄いのだ。
ん、俺?俺はいいんだよ、別に……。
さて、俺がストーカーなんぞになった理由だが、原因は一年と少し遡る。
その日、二十も後半で会社をリストラされた俺は年甲斐も無く公園で泣いていた。職質に来た警察は、リストラされた!と叫ぶとドン引きして去っていった。
そんな時に現れたのが、アリスちゃんだった。彼女は泣き叫ぶ俺の話を、微笑みながら聞いてくれた。途中から八つ当たり気味になっていたのに、それでも愛想をつかすことなく聞いてくれた。
その時、俺は思ったのだ。ああ、天使がいる、と。
その数日後に彼女は高校に通うため、偶然にも俺の隣の部屋に引っ越してきたのだ。それから、バイトで食いつなぐストーカーになったというわけだ。
まあ、よくある話だろう。
さて、俺の朝は遅い。何せバイトは夜間がほとんどなのだ。夕方頃、家に帰るアリスちゃんを(陰から)見送り、その後バイトに向かう。
今やっているのは交通整備だ。背の高いビルに挟まれた小道の整備をしている。
「バイト君よ。お前さんもちゃんとした定職についたほうがええんでないか?」
「あっ、源さん。お疲れ様です」
源さんはバイト先の上長だ。土木一本で暮らしてきたからか、還暦近いのに体は衰えていない。
「ワシもこの仕事長いけどもやっぱ体使うのは、年食うとキツいで」
「心配してくれてありがとうございます。でも、俺は今、やりたいことがあるんです」
「そうかぁ……若いってのはいいなぁ……。まぁ、犯罪だけはせんようにな」
「……ええ、勿論ですよ!」
ああ、ごめんなさい。俺は今、盛大に嘘をついています……。
バイトを終えて家に戻ると、時間は深夜零時を少し過ぎる。
それから夕食を食べて、眠るのは二時をすぎるか。
昼前に起きて、その足でアリスちゃんの高校生活を見に行く。
……どうしようもない犯罪者なのは分かっている。だが、これが俺の生きる糧なのだ。
だからこそ、
――――絶対に見つかってはならない……。
******
「アリスー!今日の放課後時間ある?」
「ごめんなさい……。私、用事があって」
クラスメイトからの誘いを、私――二宮アリスは申し訳なく笑って断る。
花の高校生だもの。本当は遊びたい気持ちもある。けれど、それ以上に重要なことがあるのだから。
スマートフォンを取り出し、画面に写った『彼』の写真を見る。
ああ、いつ見てもかっこいい……。
初めて『彼』に出会ったのは、いつのことだろう。デパートで迷子になって泣いていた私を、両親の元に届けてくれたのが『彼』だった。
私は実家の、二宮財団の力を使って『彼』のことを調べ尽くした。
会社を調べ、『彼』をリストラするように仕向けた。
笑っている『彼』もいいけれど、泣いている『彼』はいつにもまして可愛かった。
高校に進学する時には、隣の部屋を借りて、いつも『彼』のそばにいられるようにした。
私は、それだけ『彼』を愛しているのだ。
本当なら、夜帰ってくる時にはおかえりと言ってあげたい。目が覚めた時にはおはようと言ってあげたい。
ああ、でも。きっともうすぐ。私の夢が叶うから。
――――待っていてくださいね。私の未来の旦那様。
お読みいただきありがとうございます。