七話
11時過ぎ、暇だ、さりとてやることもなくソファーを転るだけの時間が過ぎていた。
出掛けるか、そう思った俺は不思議と例の喫茶店に向かっていた。
「いらっしゃい」
中からパーカーにエプロンを羽織ったショートヘアの女子高生ぐらいの少女が出迎えた。
馬鹿な、すももさんじゃないだ!お婆さんの方でもないしいったい何者だ。
店を間違えたか、俺は一旦外に出るがそこには間違いなくカフェダムールの看板があった。店を間違えたわけじゃない、やはりどういうことだ。
「なに慌ててるか知らないけど中に入ったら?」
「お、おう………」
促されて中に入る、朝一だから他の客は誰も…………いや、一人いた。カウンターの端で白髪に白い髭を蓄えた老人がコーヒーを飲んでいた。しかもブラックだ、何のコーヒーだか知らないがあの老人、出来る…………。
老人が俺に気づいてニイッと笑う。俺も笑みを返す、同じ喫茶店の客同士何かを感じた気がした。
いつもの席に座りメニュー表を見る。今日は何を飲もうか、苦みのあるブレンドもいいが違う味も飲んでみたい。
「なに飲む?ブレンド?」
少女がカウンターとの間にあるキッチンの物置スペースに肘を置きながら聞いてくる。
「いや、今日はこのカフェモカというのを飲んでみたい」
「あいよ、カフェモカね」
少女がそばつゆが入りそうなお椀に入ったコーヒー豆から機械に投入し挽き始める。なぜそばつゆの入れ物にコーヒー豆があるんだろうと疑問が湧く。
「ああ、これ?焙煎したてのやつ、まだ今日店初めてそんな経ってない時はこれ使ってる」
「そうなんですか。へー、焙煎ってなんです?」
ガクリッ!
俺の疑問に少女が肘から崩れ落ちた。
そんなに驚くことか?
「あんた喫茶店通ってるのにそんなことも知らないの?」
「わりぃかよ」
「焙煎っていうのはコーヒー豆や茶葉を乾燥させて水分を抜くことだよ」
カウンターのお爺さんが教えてくれた。
「それをやるとコーヒーやお茶の味が引き立つんだよ」
「へー、そうなんですか。ありがとうございますー」
この親切なお爺さんに自然と頭が下がってしまう。
「コーヒー初心者にコーヒーの知識を教えるのは先駆者としては当然だよ」
お爺さんがグッと親指をだしていい笑みを浮かべる。俺も笑ってグッと返す。やはりこの男とはどこか分かり合えるものがあるようだ。
やがてコーヒーが注がれその中にミルクやチョコレートのシロップを入れ最後に冷蔵庫から出した生クリームが乗せられる。
「ほい、完成だ」
カウンターにカフェモカが置かれる。
「これがカフェモカ…………」
俺はカフェモカを見る、生クリームの乗った飲み物という珍しいものに興味を離せなかった。
「あんたやっぱ知らないで頼んだろ」
少女が言ってくる。
わりぃかよ、俺はまたもそう思ったが今度はそれを口にすることはなかった。
「あ、ケーキとか食べる?コーヒーだけじゃ寂しいでしょ」
「別に、これで充分だけど?」
女子はコーヒーをつまみにデザートを食すとよく聞くが俺はコーヒーが主食ゆえそんなものは必要ない。
「いいのかい?ここのケーキおいしいよ」
お爺さんがいちごのショートケーキを食べながら勧めてくる。客側が食べるのを勧めるほど美味いのか。
人に勧められるとどうも誘惑が強くなってしまうな。しかも目の前で実際にそのスイーツを食しているとなればなおさらだ。ううむ、どうしようか………。
俺が迷っていると少女が耳元でささやいた。
「愛しのすももお姉さんのお手製だぜ?」
衝撃の言葉に俺はガバッと少女を見上げた。
「さあどうする?」
ゴクリ、俺の喉が欲情を示すように鳴った。すももさんお手製のケーキ、そう言われては当然食わないわけにはいかない………。
「食べる、食べます!」
俺は叫ぶように言った。
「あいよ」
冷蔵庫に向かう少女、そこからお爺さんが食べているのと同じいちごの乗った白いケーキが出てきた。小皿に乗せられフォークが添えられるケーキ。
「たーんと味わって食えよ」
カウンターにケーキが置かれる。
「お、おおお…………」
俺はもう言葉が出なかった。まさか、まさかまさか、憧れの女の人の手料理が食べられるなんて……………。もう、感激だぜ!
フォークを取りおそるおそるケーキに切れ込みを入れる。うわ、もったいねえ、切るのが忍びないぜ…………。
「いいから食えよ」
少女がジト目で睨んでくる。
確かに食べ物を食べないのは逆にもったいない。よし、食べよう、口に入れてしまおう。
バクっ。う、うまい………。思わず頬がたるんだ。ああ、俺はこんなうまいものを食えるなんて、なんて幸せ者なんだ…………。
一口一口を噛み締めるよう丁寧に食べ進んでいく。この口は一週間すすがないぞ。
「お会計頼むよ」
「かしこまりました」
お爺さんが立ち上がって会計を済ませる。
「今日もおいしかったよ、ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
お爺さんに言われ少女が照れ臭そうに返す。
「また来るよ」
店を後にするお爺さん。
その後も俺はゆっくりケーキを食べ進め、いちごの乗った部分だけになってしまった。
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