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僕とカフェダムールの喫茶店生活  作者: 兵郎
九章 坂原北高校文化祭
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七十七話 PR動画と水戸黄門ごっこ




梅雨も過ぎた七月のある日、すももさんが唐突にこんなことを言った。


「うちのPR動画を作ろうよ!」


「PR動画?なんだってそんなものを」


「そんなのいるのか?」


俺達にはなぜすももさんがPR動画を作ると言ったのか分からない。わざわざPRするまでもなく人は集まってると思うが。


「あ、その顔は信じてない顔だね。どうせ、うちもそこそこ儲かってるからPRとかいらないて思ってるんでしょー」


すももさんが前かがみになり俺達に人差し指をつきつけてくる。


「なによその上から目線、気にいらないわねぇ」


アリエが不機嫌そうに言う。上から目線ていうか馬鹿にしてそうな顔だ。


「まあまあ、そこは演出ってことで」


すももさんが指を振って受け流す。どうも鼻につく演出だな。


「でも、すももちゃんの作るPR動画なんてどんなものなのかしらー。気になるわ」


「ちょっと見てみたいわね」


清さんとアリエが言う。


「でしょでしょー、にっひー」


すももさんが腰に手を当て威張る。


「ところで、PR動画ってどうやって作るんですか?やっぱスマホ?」


珍しくバイトが休みな新井も会話に参加する。こいつはすももさんなど見ていない、見てるのはすももの胸だ。


「やだねー、スマホなんて使わないよー。見て見てー!ジャジャジャジャーン!ビデオカメラー!」


すももさんがビデオカメラを掲げて自慢する。背景に集中線が入りそうなほどのもったいぶった言い方だ。


「あー、それ前に俺とアリエを盗撮したやつですね」


PR動画と聞いて若干俺の気が上がった気がするが気のせいだった。映像を撮るという時点であの忌々しい盗撮カメラが出るのは明白。


「盗撮じゃないよ!こっそり撮ったって言うんだよ!」


言い訳を言うすももさん。


「それを盗撮て言うんじゃないかしら?」


アリエが追求する。


「う………ごめんなさい、悪かったから許して、ほんとごめんなさい」


カウンターに突っ伏して謝る。


「冗談ですよ、もうそんな怒ってませんし」


「ありがとう!葉月くん大好き!」


すももさんが感激して俺に抱きつこうとする。


「ちょっとー、あたしの葉月にくっつかないでよ」


アリエがすももさんを押し戻す。デートしてから妙にこいつの独占欲が増えた気がする。


「ごめんごめん。で、動画だけど………」


「とりあえず、中の仕事風景でも撮ったらどうかの?」


絹江さんが言う。


「おっけー、じゃあスイッチオーン」


すももさんがビデオカメラを操作する。


「待て姉貴、もう動いてるのかこれ?」


りんごが慌てたように言う。


「動いてるけど?」


「待ってくれ!まだあたしメイクしてないんだ!せめてメイクが終わってからにしてくれ!」


りんごが手の平を突き出してすももさんにお願いします。


「はい視聴者の皆さん、ここにノーメイクJKのスタッフがいまーす!」


というすももさんの言葉に俺達は思わずギャハハハハ!と盛大に笑ってしまう。


「お前らなー!」


りんごが顔を真っ赤にして怒ったので声には出さなくなったがやはり口元の笑みは止まらない。


「ふむ、ここはなにかポーズを取るべきでしょうか」


シャロンが思案する。


「ふっ、甘いわね。このわたしはそんなものなくとも常に美しいのよ」


アリアさんが気取ったようにファサッと髪をかきあげる。


「ちょっとアリアちゃーん、口にクリームの泡つけたままそういうこと言わないでよー」


すももさんがニヤニヤしながら言ったためまた俺達は笑う羽目になった。


「ちょっとお姉ちゃん…………恥ずかしいからやめてよね!」


アリエも笑いながら言ったため恥ずかしさゼロだ。


「そういうあんただって口にクリームついてるじゃない!」


アリアさんの反撃でまたギャハハハハ!という爆笑が起きた。


「葉月までなに笑ってんのよ!笑ってないでクリーム拭きなさいよ!」


アリエが顔を真っ赤にして言う。


「はいはい、分かりましたよ」


俺は手近な布巾を取りアリエの口を拭いた。


「あら素敵、周りに花が咲きそうだわ」


清さんが感激した声で言う。


「キャー!バカップルよバカップル!バカップルが現れたわ!」


すももさんがはしゃいで言う。


ぎ、ぐ、ががが、俺は無意識に顔のシワが寄ってくのを感じた。馬鹿にしやがって…………たかだが客の口の汚れを拭いただけじゃないか、確かにアリエとは付き合ってるがなんかあの言い方気に入らねえ、気に入らねえ。


「ほんと馬鹿にして、腹立つわね」


アリエも頬を膨らませて言う。


「お、おう………」


彼女の反応を見て俺の怒りが沈んで行くのを感じた。


「じゃありんごー、笑ってー。あれ、りんごは?」


すももさんがりんごを探すがりんごは見当たらない。


「リンゴなら自分の部屋に行きました、メイクをするそうです」


シャロンが言う。


「うそでしょー、あの子普段からメイクとかしないのに。じゃあ、シャロンちゃん代わりに何かポーズ取って」


すももさんが口を尖らせる。


「はい!」


シャロンが張り切って色んなポーズを取る。ビシッ、ビシッ、ビシッ。やってるのは忍者とか侍とか日本風のポーズだ。忍術を使いそうなポーズ、手裏剣を投げるポーズ、居合切りのポーズ、扇を持ってそうなポーズなどなど。


「にしても色んなポーズ出るなー」


「なんで忍者とか侍風のポーズ限定なのよ」


アリエがシャロンのポーズに疑問を出す。


「日本好きだからな」


「そ、そう………」


やや引いた感じのアリエ。


「この紋所が、目に入らぬかー!」


常連のジジイ三人組が立ち上がって叫んだ。


「あなたは………」


シャロンが驚く。もちろん印籠を出してそうなジジイの手には杖しかないし他のジジイ共含めて金の和服も青い和服も着てない、普通の洋服だ。そもそもあの三人はいつも一緒に店に来てるわけじゃないし店でよく話すぐらいの仲である。であるがなぜかいきピッタリに現れて見えない紋所を差し出している。


「徳川副将軍、水戸光圀公であーる!頭がたかーい!ひかえおろうー!」


青い和服、ではなく洋服を着たジジイが叫ぶ。助さんと格さんどっちが印籠を出すか分からないが今はこのジジイが印籠を出す動作をしている。


『ははー!』


店にいた俺、すももさん、シャロン、清さん、絹江さん、爺さん婆さん全員が椅子から降りて頭を下げた。椅子があるのに誰も座ってない、客なのに座ってない、普段から見たら異様な光景だ。


「ちょっと何やってるのよあなた達!なんで急に頭下げてんのよ!」


「そうよ!なんでおじいさん一人にみんな従ってるのよ!」


アリエとアリアだけが椅子に座ったままで叫ぶ。


「お前水戸黄門見てないのかよ!」


「は?なによそれ、茨城の県庁所在地がどうしたのよ?」


話が通じないアリエ。く、だめか…………。


「いいから座れ!じゃない!降りて座れ!」


俺は必死に説得する。


「わ、わかったわよ、降りればいいんでしょ………」


わけが分からずも従うアリエ。


「お姉さんも早く!」


「は、はあ………」


アリアさんも同じような表情になったがなんとか椅子から降りてくれた。


「お前はわしらのものである喫茶店を私利私欲に利用し、代金でもないのに客からいくらもの金を無理矢理払わせた、分かっているのか!」


黄色いTシャツの上に紫のシャツを羽織ったじいさんが威厳のある声で言いながら絹江さんに近づく。プロの俳優でもないのによくこんな声出せるな、地声か。


「ははっ、誠に申し訳なく………申し訳なく思っております。なにとぞ、なにとぞ、お許しください!」


うわー、すげー、小芝居とはいえあの絹江さんが一人様に土下座してるー。中々見れないぞこれは。その間すももさんはビデオカメラの視線をジジイ三人組から絹江さんにしっかり映す。


「うむ、わかったか。反省したならよし、許そう。ここはみんなの憩いの場じゃ。これからお主には、みんなが心から癒される場所を作るのじゃぞ」


「ははー!」


どうやら水戸光圀公からの許しが絹江さんに出たみたいだ。


「じーんせい、らーくありゃ………」


話が終わったと判断したシャロンが水戸黄門の主題歌を歌い始めた。すると周りのじいさんばあさんも歌い初め、俺やすももさん達も歌った。しかも手拍子つきだ。


「ねえ、これ何の歌?」


アリエがノリについていけず首を傾げる。


「水戸黄門だよ」


「水戸黄門?」


「後で教えるよ」


「はあ………」


とりあえずアリエも手拍子をやることにしたらしい。


でもこれ、OPの方なんだよな。劇が終わった後にやる歌じゃないんだよな、まあいいや。


「な、なんだなんだ?!水戸黄門?」


歌を聞きつけて上の階から頬がいつもよりピンクだったり唇が赤かったりまつ毛が濃いりんごが現れた。


「えっと…」


慌てたが咄嗟に俺達に合わせてきた。



「ふぅ、こんなものでいいかな」


寸劇が終わりすももさんがビデオカメラの画面を畳む。


「すもも、メモリーカード出しな」


絹江さんが言う。


「あ、はい」


カチッと音をさせすももさんがSDカードを絹江さんに渡す。絹江さんが奥からパソコンを取り出してみんなの見えるところに持ってくる。


「ホームページ?」


パソコンの画面にはカフェダムールのホームページと思しきものがあった。あのお洒落な看板が載っていた。写真を切り取ったのだろうか、あの濃い茶色の木目の前にカフェダムールの字がアルファベットで書かれている。


「ばあちゃん、いつの間にこんなの作ってたのか」


りんごが関心して言う。


「今どきホームページくらいどこも作るじゃろー」


「お、おう」


年寄りのばあさんがホームページを作るなんて俺も驚きだ、なにしろ年寄りはネットに疎いイメージがあるからな。しかもホームページを作るなんてもってのほかだ。


SDカードがパソコンに入り、読み込まれる。


「これをこうしてっと」


カチャカチャとパソコンが操作されYouTubeの画面が出る。


「わいおーゆー、なんじゃこれは?」


おじいさんの一人が言う。最初のローマ字は分かるが読み方は分かるらしい。


「YouTubeじゃよ、映像が見れたり見せたりできるんじゃ」


「チューブ?水を通すやつかえ?」


「チューブだけど違うわよ!ゆぅちゅー?よ」


別のおばあさんが言う。


「チュー?ネズミかえ?」


「ネズミじゃない、ネットだよネット」


「いやテレビと聞いたはずじゃが?」


「ばーかもん!両方じゃよ、ネットで見れるテレビじゃっつうの!」


一部のおじいさんとおばあさん達があんまり勘違いを騒ぐもんだから絹江さんが一喝した。


YouTubeには既にアカウントがありそこに初の動画が設置される。タイトルは「喫茶店で水戸黄門ごっこやってみた」


「やってみた?」


思わず俺はそのワードに声を上げる。これってYouTubeでよく流行ってるワードじゃないだろうか。


「なんじゃ、駄目なのか?流行ってるじゃろ、やってみた」


絹江さんが自慢する。


「そ、そうですね……」


YouTubeにも精通してるとは、やるなこのばあさん。


この動画が流行るかどうかは、神のみぞ知る、だがな。

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